第25話
落ち着いた雰囲気のBGMが流れる室内で、2人の青年と6人の女性が同じテーブルに着いていた。
テーブルにはそれぞれホットコーヒーが並んでいる。
2人の前に横並びに座った6人の女性たちは俯いたままでコーヒーに手をつけていない。
重苦しい空気の中、ハヤトが口を開いた。
「本日こちらの部屋を貸してくださったマスターからのご厚意で、コーヒーポットにおかわりもいただきました。美味しいコーヒーなので、少しでも構いません。召し上がっていってください」
水川さんが立ち上がって頭を下げた。
「先日はせっかく時間をいただいたのに、わたしの身勝手な行為で皆さんに不快な思いをさせた挙句、真島さんを傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」
「…サキ」「サキちゃん…」「姫ちゃん…」
「また、真島さんにも直接謝罪をさせていただくきかい…」
「今日、アキラは呼んでません」
「え?」
「っハヤトくん?」
ハヤトがコーヒーを一口飲んだ。
「さっきのみんなの反応でも思いましたが、今の状態だと到底会わせられません」
「…僕も同意見だよ」
「渡辺さん…」
「健太くん…」
「…はい」
「この間水川さんたちと神社で会ったとき、正直オレは失敗した、と思ったんだ。アキラが会わなくて良いって言ってたのに、余計なことをして、会わせない方がよかった人とわざわざ会わせてしまった。そう、思ったんだ」
「なんで、ですか?」
「水川さんがアキラを見つめる目つきに、見覚えがあったから」
「何それ」「どんな目つき?」「ちょっと言い過ぎじゃない」「流石にハヤトくんでも…」
「ストーカーの目つき」
場が一瞬固まった。
「サキ、帰るわよ」
「サキちゃん、行こう」
「コーヒー、ご馳走様」
「流石にさあ、それはないよ」
「相手、姫だよー。ないわー」
女性陣が席を立つ中、水川さんだけが椅子に座ったままハヤトを見つめた。
「すいません。お話の続きを聞かせてください」
「わかった。ああ、帰りたい人は出ていっていいよ。別に鍵も何も掛かってるわけじゃないんだから」
一向に立ち上がる気配を見せない水川さんの姿に、他の5人も渋々席に戻った。
「みんな知ってると思うけど、オレはアルバイトでモデルをしている。ありがたいことにそれなりに人気もあって仕事をもらえている」
「それなりって、かなりメジャーな雑誌とか出てるじゃん」
「そうだな。で、人気が出てくるとトラブルも起こるようになってきた。雑誌のインタビュー記事とかに過剰な反応をするファンが出てきて、そのうちファン同士で対立したり、妨害したり、しまいにはオレの警護という名目で自宅にまで着いてくるようになった。ただ、うちの事務所はそういった人たちへの対応に慣れているから大ごとにならないように対処してくれている」
「それとサキがなんの関係があるっていうのよ」
「さっき見せてもらった婚姻届、結婚雑誌の付録のヤツだろ。オレも何通かもらったよ。うちの事務所に結構届くんだ。変な色の…血の判子が押されたやつとか。ご丁寧に履歴書付きでさ」
「嘘…」
「今の事務所に入ってモデルを始める時、弁護士とか顧問に講習を受けさせられた。ファン心理とストーカー心理について。君たちは皆、オレから見ても外見のレベルが高いし、相当美人だ。だから大なり小なり似たような経験をしていそうだと思ったんだけどね」
「………」
「ちょっとしたお遊びで、気になるあの人と付き合ってる未来を想像する。
たまたま手にした雑誌の付録の婚姻届を書いてみる。
わたしはあの人のことをこんなに想っているのに、なぜあの人はこちらを振り向かないんだろう。
あの人の周りの人がいけないんじゃないだろうか。
あの人が想いを寄せているヤツがいなくなればこちらを振り向くんじゃないか。
あの人がわたしを見ないのはあの人の心が変わってしまったからだ」
「オレは、そんな手紙を直接手渡されたことがあるよ。その子の目は、真っ直ぐオレを見てるのに、オレじゃあなくて、何か違う物を見ていた。多分、その子の作り上げた理想のHAYATOに対して話しかけてたんだと思う」
「芸能人とか、すごそうだよね。…ハヤトくんもそういう経験があったんだ」
「その子もきっかけは些細なことだったんだと思うよ。別に妄想することは悪いことじゃあない。そういうファンの子に支えてもらっている部分は確かにあるんだ。でもすごく単純なことだけど、自分がされて嫌だと思うことを他人にしてはダメだろ」
「………」
「あなたたちも初対面の人から告白されたことがあるんじゃないかな?その時思わなかった?こいつは何と付き合いたいと想ってるんだって」
「うん…」「…はい」「………」
「今回、水川さんは間違えを犯した。と思う。ただ、それより良くないのは周りのあなた方だ」
「え?」「…はい」「………」
「だって姫が泣いちゃったんだよ?」
「岸田さん、それは違うよ…」
「健太くん、ごめん。ハヤトくん続けてください」
「水川さんは多分何かのきっかけで視野が狭まって、物事を冷静に考えられなくなってしまったんだと思う。それが今回はアキラに対する好意の感情だった。その好意の感情から出た『付き合いたい』という思いを実現するために何をしたら良いのか考えた時、今まで自分がされたインパクトがある行動、もしくはより発展させた行動を取るべきだと思ったんじゃないかな?」
「…思い当たる節はあります」
「最初、水川さんがアキラの額に触った時、皆絶句していた。あれはなぜ?」
「…サキが自分から、ほとんど初対面の男性に触れるなんて見たことがなかったから」
「サキちゃんが真島くんにキスしそうなくらい近づいてたからです」
「まず男性をあんな距離に近寄らせる筈がないの」
「え?真島に触っただけであんな感じだったの?」
「みんなが黙ったから見たらよくわかんないことになってたから、真島が何かやらかしたんだと想った」
「つまり水川さんの普段の状態を知っている清心の3人からすると、水川さんの自発的な行動が信じられずにアキラを問い詰めたということだね。そして、よくわかってないのに乗っかったウチの二人の暴走、ということだね」
「はい」「そうです」「ですね」
「まあ、うん」「悪かったと思ってます」
「君たちは水川さんの行動が明らかに普段と違うことに気がついていた。けれども誰も彼女の行為の内容の異質さを確認して、それが間違った行動だという指摘をしなかった。彼女を守りたいという一心からかもしれないが、代わりに行ったのはアキラへの攻撃だ。水川さんは悪くない。だから悪いのはこの男だろうってね」
「………」
「これまで水川さんが男からどんなことをされて、あなたたちが彼女を守るためにどれだけ頑張ってきたのか、それはオレたちにはわからない。並大抵ではなかったのだろうとは思うけどね。ただ、もう一度言わせてもらうけど、自分達がされて嫌だったことを他の人にしちゃあダメでしょう。すごく大変だし難しいことだけど、友達が間違えてしまったら指摘してあげるのも、友情ってヤツじゃないかな」
「…ごめんなさい」
「そうね。理解したわ」「うん」「勝手に決めつけてしまって御免なさい」「ごめんて」「悪かったよー」
「あと何にせよ、アキラが記憶を封印したくなるくらい追い詰めたのは、マジでナイ。岸田と須藤、お前らがオレとナベっちに『男が多いと話しにくいことがある』とか『絶対変なことにはならない』って追い出したんだ。アキラには週明けでもちゃんと謝れよ」
「うん…」
「二人も信頼してくれたのに、ごめん」
「まあ、オレの言いたいことはこんな感じ。正直どの口が言ってるんだって自分でも思うから、うまく伝わっているかわかんないけどな。コーヒー、飲みなよ。オレはおかわりするけど…、川口さんと岸田は…飲むんだね?他は?いらない?」
ハヤトがカップに残ったコーヒーを飲み切っておかわりを注いだ。
自分のカップに注いだついでに、川口さんと岸田にも注いでいる。
「じゃあ、次は僕の番かな?」
ほとんど黙っていたナベちゃんが口を開いた。
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