第22話
「お腹いっぱいなのはちょっと困るかも。これを食べて欲しかったの」
微笑みを浮かべた吉野さんがショッピングバッグから何かを取り出した。
白い紙製の大きな折り箱だ。
全体に『cheveux afro』というロゴと黒いブロッコリーのような絵が散りばめられている。
須藤と岸田が反応した。
「「『シュヴー』の箱!」」
ナベちゃんとハヤトも知っているようだ。
「あ、あそこのお店美味しいよね」
「チーズケーキが有名だね。でも結構お高いんだよねえ」
「なんそれ?」
一人知らない奴がいるが無視だ。
岸田が吉野さんから慎重に紙箱を受け取った。
どうやらケーキ屋さんの箱らしい。
石の階段に箱を置いて、封印として貼られていたシールを丁寧に剥がし、開封した。
「やっぱり!スティックチーズケーキ!しかも1、2、3…、20本もある!」
「今日何人いるか分からなかったから、少し多めにしたんだ〜」
岸田の隣にきた川口さんがニコニコしている。
「ホンダ君、じゃなかった真島くんは甘いものは大丈夫?」
「ああ、うん。好きだよ。有名な店のやつなの?」
葉月さんに尋ねられたので、答えた。
「ベイロードの中頃のカラオケ館わかります?あの横の路地を入って少し行ったところにあるんです」
「基本的に予約を受けてないから、こんなに買えない筈なんだけど…。僕なんていつ行っても売り切れてる」
「しかも1本500円するからねー」
「え゛。これ一箱で1万円!?ごめん!」
慌てるアキラの横で、ハヤトがにっこり笑った。
「オレたちだけじゃ多いし、清心のみんなも一緒に食べようよ」
「あー、そうだな。かえって申し訳ないし。でも、境内は食事ダメだから社務所のスペース借りようぜ。あ、神主様と巫女さんたち、今日5人くらいいたんで、ちょっと多い分を差し入れにしても構わないっすか?」
清心の子たちも了解してくれたので、社務所に向かうことにする。猫たちもちゃんと着いてきてくれた。
一般に解放している部屋があるのでそこを借りれば良い。
猫たちも足をタオルで拭いてやれば部屋に入れてやることができるので、一緒に連れて行っておやつをあげれば、猫たちも清心の子たちも喜ぶだろう。
社務所に着くと神主様と巫女さんの姿が見えたので声をかける。
「神主様ー、社務所の部屋借りてもいいっすか?」
「真島くん、今日はなんだか珍しい組み合わせだね。もちろん構わないよ」
「ありがとうございますー。あ、今日来られている方って何人くらいいらっしゃいますか?」
「うん?今日は私を含めて5名だねえ」
「ちょっと頂き物で悪いんすけど、チーズケーキのお裾分けっす。お皿とか貸していただければと思ったんすけど」
「おや、アフロのチーズケーキかい?ウチの女性陣も大好きなんだ。もちろん私もね。せっかくだから、みんなでありがたくいただこうかな?そうだ!奥で食べるならお茶を出してあげよう。紅茶でいいかい?」
皆でお礼を言って社務所の奥に通してもらうことになった。
玄関で靴を脱ぎ下駄箱にしまって木目板の廊下を進む。
お香の匂いだろうか。ほのかに白檀系の香りを感じる。
二十畳ほどの畳敷きの部屋には、一枚板で作られた大きなローテーブルがあった。
10人程度であればテーブルを囲んでも全く問題ないサイズだ。
一番初めに社務所に着いたアキラだが、猫たちの足を綺麗に拭いてあげていたので、部屋に着いたのは一番最後だった。
神主様が紅茶のティーバッグとお湯がたっぷり入ったレトロな魔法瓶を出してきた。
ティーカップだけでなく、小さなお皿とフォークのセットも用意してくれたようだ
アキラが少し大き目のお皿に5本のスティックチーズケーキを取り分けて、表にいる顔見知りの巫女さんに持っていくと、ちょっと大袈裟なくらい喜んでくれた。
「あ、アキラちゃん。差し入れありがとうね。このチーズケーキ久しぶりなの!いつ行っても売り切れでね〜。嬉しいわ〜。みんなゆっくりして行ってね!」
アキラが知らないだけで、かなりの人気商品だったらしいということを再認識した。
部屋に戻るともうお茶の用意が整っていた。
結局男性陣にはそれぞれチーズケーキを1本。女性陣は2本ずつ。ということに落ち着いたらしい。
甘いものは好きだが、アキラの場合1本食べれば満足できそうだ。
数の割り当てについては、どうせ岸田と須藤が押し切ったのだろう。
下手に突っ込んだら碌なことにならないことは目に見えている。
沈黙こそ、坂高男子の生きる道なのだ。
「そういや神主様がアフロって言ってたけど、なんの話だ?ってこれ、
チーズケーキを口に運んだアキラが問いかけたが、疑問が一気に吹き飛んでしまった。
濃厚でぎっしりと詰まったチーズの味と香り、そして絶妙な加減に調整された甘さがとても後を引く美味しいケーキだ。
神主様が出してくれたティーバッグの紅茶もちょっと有名なブランドのものだったらしい。
砂糖なしの状態でケーキと合わせると、とてもバランスが良かった。
「ヤバイよね!これ!」
「オレ、都内の有名店のチーズケーキも食べたりするけど、やっぱここのが好きだなー」
「そんなに喜んでもらえると嬉しいよ〜」
「このお店、風香の親戚がやってるの」
「それでちょっとお願いしたんだ〜」
「うわぁ、川口さん、マジ神じゃん」
「こんなに可愛いのに神だ」
「俺バイト休んで迷惑かけちゃって、今度菓子折りでも持っていこうと思ってたんだけど、焼き菓子とかも置いてる店っすか?」
「あるよ〜。ちょっと値引きしてもらうように頼んであげるよ!」
「あ、それは無しで!普通に買いに行くっす!」
「あたし、特別扱い好き!」
「あたしも!」
「ほのかちゃんとカンナちゃんはしょーがないなー。一人3個くらいなら頼めると思うよ〜」
「ホント?」「神だ!」
「急には無理だよ〜。数日前までに連絡ちょうだいね〜」
最初こそ少しだけギクシャクしたものの、一緒に美味しいものを食べたり、猫たちにチュールをあげたりしているとすぐに仲良くなることが出来た。
女性陣がみんなで連絡先を交換している。
アキラはお皿に残しておいたティーバッグに再度お湯を注いで、お茶のおかわりを楽しんでいた。
清心の子にはわざわざお礼に来てもらってしまって申し訳なかったが、普段食べられない美味しいものが食べられたし、良い店も教えてもらえたので、とてもありがたい。アフロがなんだったのかちょっと気になるから後で聞いてみよう。
あぐらをかいて座っていたところに黒猫が飛び乗ってきた。
アキラが手を差し出すと黒猫はしばらく指先の匂いを嗅いでいたが、満足したらしくあぐらの中で丸まった。撫でろ。ということらしい。
子分が親分の命令に従い丁寧に背中を撫でていると、何かの気配を感じた。
顔を上げると、すぐ間近に水川さんの綺麗な顔があった。
艶やかな黒髪がサラサラと溢れている。
いつの間にかアキラのすぐ左に移動してきたらしい。
ぱっちりとした切れ長のアーモンドアイが、長いまつ毛のしたで、どこか不安そうに潤んで搖れているのが見て取れた。
水川さんとの距離が近すぎて、普段アキラが気付かない事にまで容易に気付くほどの近さだった。
は?とアキラが思った時、水川さんが手を伸ばし、アキラの前髪をそっとかき上げてきた。
「良かった。もう傷口は塞がったんですね」
「あ、うん。つい一昨日だけどね」
「たくさん血を流されていたみたいだったので、心配しました」
「えっと…、ご心配おかけして、すんません?」
「でも、ここに傷跡が残ってしまったんですね…」
「あ、なんか、頭突きした時に犯人の歯だか、鼻の骨だかにぶつかってキレたらしいっす…」
「そうなんですね…」
アキラの前髪をかき上げた手をそのまま傷跡に当ててゆっくりと撫で続けている。
アキラはパニック状態になっていた。
助けを求めてハヤトたちに視線をやると、皆、こちらを見つめて絶句していた。
アキラの膝の上の黒猫が大きなあくびをした。
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