第19話
「たっだいま帰りました!」
帰宅したアキラは、元気にリビングのドアを開けた。
母親の陽子がソファに座り、テレビを見ながら煎餅を齧っていた。
「なに?暑苦しいわね。もう一度頭の検査してもらおうかしら」
何を言われても今のアキラは動じない。
何せ最大15万円の自転車カタログチケットを入手したのだから。
陽子に意気揚々とハヤトから聞いた話を説明し、カタログを見せた。
だが、話は予想外の方向に向かうことになる。
「よかったわ。私もちょうど自転車買い替えようか考えてたのよ」
「………はあ?」
「だから、あんたは…。そうね。この1万5000円くらいの自転車にして、残りの13万くらい使って、私の電動アシスト自転車もらおうかしら」
「え?」
「なに?」
「ハヤトは自転車本体とパーツ代合計で15万って言ってたんだけど」
「じゃあ、私が2万円くらい出してあげるから、それで自転車買ってきなさいよ」
「………はあ?」
この論争は、父の正明が帰宅するまで続いた。
「陽子ちゃんの言うことはわかるけど、今回はアキラのための自転車だけにしないとダメだよ」
「えーなんでえ?」
「メーカーの人の目的は、自社の自転車に『通り魔を撃退した高校生』が乗れば宣伝になるからプレゼントしてくれるんだし、アキラが乗らないと意味がないんだよ」
「だってえ…」
「ハリアーは使いにくい?」
「ご近所さんのところに行く時は自転車だから。そろそろ私の自転車も痛んできちゃったし」
「じゃあ今度のボーナス出たらプレゼントするね。一緒に見に行こう」
「本当?嬉しい!」
ダイニングで何かやってるが、触らないのが賢い選択だ。
「あのさ、この辺りの自転車にしよーと思うんだけど…」
リビングでカタログを見ていたアキラがちょっとお洒落なシティサイクルを指差した。
本体価格12万円の電動アシストタイプ。
27インチ、3段変速付きのブラックカラー。
走行性能と高剛性を両立したダイヤモンド型フレームが特徴的だ。
前かごと荷台はついていない。
ライトも別売でセレクトするようだ。
「僕は別に良いと思うけど」
「前かごと荷台はオプションでつけられるんでしょ?だったら付けなさい。あとライトは取り外せない固定式ね。チェーンロックもあるなら一緒に貰って」
「…荷台とか、いらなくねーか?」
「バカね。あんたが高校卒業して乗らなくなったら、正明さんが乗るかもしれないんだから、これは必須よ」
「そうだね。カゴだけじゃなくて荷台があれば荷物が多くなっても安心だね」
「そういえば、昔、正明さんと二人乗りしたことあったわね〜」
「そうだね。懐かしいなあ」
「今は取り締まりが厳しくなって出来ないんですって」
「いや、やってるヤツは少しはいるよ…」
「あら、そうなの。でも彼女がいない奴には関係なかったわね!」
陽子は笑ってキッチンの方に去って行った。
正明がちょっと苦笑している。
「まあ、父さんと母さんの要望はわかったね。出来れば自転車メーカーの方にお礼を伝えたいから、ハヤトくんにそう言ってもらえるかな。あとは制限金額内でまとめてみなさい」
「わかった。あ、母さんを説得してくれてありがとう」
「母さんも本気で言ったわけじゃあないさ。自転車で怪我をしたばかりだから心配なんだろう。それと防犯登録は別途必要なようだから、届いたら南口の自転車屋さんで登録手続きをしなさい。千円もかからないはずだから忘れないようにな」
「りょーかい」
自室にカタログを持ち帰ったアキラは、その夜遅くまで理想の組み合わせを検討し続けた。
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翌日、教室の自分の席でカタログを広げ、ノートに何やら数字を書きつけては消し、また書きつけるアキラの姿があった。
隣の席の須藤が呆れている。
「あんた、いつもそれくらい勉強してたらトップいけるんじゃない?」
「…心配されんでも大体学年20位以内に入ってるから、別にいーや」
「微妙に頭いいからムカつく。結構アホなくせに」
「オレ、キズツイタ。ナベチャンニナキツコウ」
「健太くん巻き込んだらコロすから」
「どーして俺の周りの女の子はみんなして俺に厳しいんだろーか…っと、まあこんなもんかな」
「何書いてたん?」
「自転車のオーダーシート」
「そういやあんたのチャリぶっ壊れたんだっけ」
「バス通学は楽なんだけど、ガン見されて写真とられたり、ホンダ先輩って呼ばれるのに耐えきれねえ…」
「それ、どうすんの?」
「ハヤトが来たら渡すんだよ」
「ハヤトくんの知り合いの店とかで頼むの?」
「そんな感じ」
「ふ〜ん」
そんなことを話していたらハヤトがやってきた。
珍しいことに岸田も一緒だ。
「ウィッス。岸田さんも一緒なんてどしたん?」
「ほのか、ハヤトくん、おはー」
「カンナ、ホンダくん、おはよー」
「須藤さん、オハヨー。アキラ、もう出来たの?」
「あ、これでよろしくー。あとウチの親父が先方に挨拶したいって言ってたんだけど…」
「ウチの事務所で対応しているから気にしないでくださいって伝えて」
「りょーかい。あと岸田さん、俺の名前、真島だからな。忘れてそうで怖いわ」
「………オボエテルヨ」
「そのカタコトがマジっぽいわ!」
「でえ?ほのか、どうしたの?」
「あ、そうそう。木曜に来る清心の子の名前がわかったから伝えにきたの。でも渡辺くんは?」
「少し遅れるみたい。さっきメッセージもらったから」
「え?須藤、いつナベちゃんと連絡先交換したん?」
「うっさいわね。いつでもいいでしょ。で、誰なの?」
「アキラの見舞い行った時かも〜」
「言わないでよ!」
「えっと、付き添いが二人と当事者が二人の四名」
「それで?」
「付き添いが葉月アイと川口風香」
「あれ?葉月って女バスの?」
「そうそう」
「で、当事者が吉野麻衣と水川沙姫」
「はあ!?」
「そうなるよねえ。オレも聞いた時びっくりしたもん」
「え、誰っスか?」
盛り上がる三人にちょっと着いていけなかった野郎が一人いた。
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