第18話
『特別な意図はなくて、あまり、大ごとにしたくなかっただけなんです…』
アキラが玉砂利の上に正座させられている。
「と、このように容疑者は弁明しておりますが、裁判長、判決を」
「死刑」
「待ってくれ!せめて
「あそこでプロテインドリンク飲んでるヤツが弁護士で良いのね?」
「悪い。決まった時間通りにタンパク質を摂取しないといけないんだ」
「チクショウ!選択肢がねえ!つうか境内で飲み物飲むな!」
「神主様には確認済みだ。ちゃんとOKをもらってる」
「ここって広いから、熱中症とかならないようにドリンクオッケーなんだよね」
「おら、女の子がお礼を言いたいって言ってるんだから、それくらい受け取るくらいの甲斐性を見せろや」
「そうだそうだー」
「学校経由で来られたら無理だって!校長室とか使ってウチの教師と清心の教師が同席の上、ありがとーって言われるのは無理だって!」
「あー」
「それは、わからんでもないが」
「ちょっと嫌かも」
「あ、あたしもそれ無理だわ。めんどくさい」
「よし!許された!」
アキラが歓喜している。
「坂ノ上高校の方って、すごいんですね…」
清心の1年がちょっと引いている。
「学校経由じゃなければ良いんでしょ?」
岸田が余計なことを言い始めた。
「実際、事件の時ってこいつだけじゃなくて他にもウチの男子がいたのよ」
「そうそう。ハヤトくんとかね」
「あと誰だっけ?」
「ほのかの友達の彼氏?」
「そっちも合わせての方がいいでしょ?」
「…え、何が?」
「お礼を言ってもらうの」
「いや、もう良いって。十分言ってもらったから!」
「うるさいわね。あんたの都合じゃないのよ。先方の気持ちの問題!黙ってなさい」
「そうだぞー。ほのかに任せておけ〜」
「可哀想だけど、こうなったほのかは止まらないわよ〜」
「…せめて、人が少ないところにしてくれ。これ以上目立つのはムリだ…」
気づくと暗くなった境内に、田中と二人取り残されていた。
週末に岸田が先方と連絡を取ってスケジュールを調整してくれるらしい。
俺が直接…と言ったが、どさくさに紛れて清心の女子の連絡先を聞き出そうとはふてえ野郎だ!と凄まれた。岸田達に。
怖かった。
田中とバスに乗って帰った。
暗い夜道に現れたバスには、ほとんど人が乗っていなかった。
週末は一度病院に顔を出しに行った他は、ずっと自室でJOJOを見ていた。
面白かった気がするが、あまり記憶に残っていない。
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月曜日の放課後、アキラ・ハヤト・ナベちゃん・須藤・岸田の五人は駅の南口近くの喫茶店に集まっていた。
レトロな喫茶店でヒゲのマスターが経営している。アキラやハヤトは小さい頃から来ているのでスタッフとも顔見知りだ。
落ち着いた雰囲気のフロアー席以外にも10人くらい入れる個室も備えているので、近所の会社が会議室がわりに貸し切っているのを見かけることがある。
本日のお代はなぜかハヤト持ちである。
バイト代が出たばかりらしく、非常に珍しいことになんでも好きなものを頼んで良いと言っている。
全員遠慮せずケーキセットやらサンドイッチやら頼んでいるが、当の本人はブラックのアイスコーヒーだけで良いらしい。
「…で、ほのかっちは清心の子に頼まれて、お礼を言う場をセッティングしたいってことね」
「ハヤトくん、ごめんね。勝手に決めちゃって。でも向こうの子の気持ちもわかるから。時間をもらっても良いかな?」
「あー、別に大丈夫だよ。色々気を遣ってもらってありがとうね。えっと…木曜なら空いてるよ」
「渡辺くんもごめんね」
「ううん!全然!木曜はサークル休みの日だしね。でも、僕はたまたま一緒に居ただけで何もしてないんだけど、構わないのかな?」
「先方も三人いたって知ってたから、むしろ居てもらいたいの」
「あたしはなんで呼ばれたのよ」
「カンナにはその場に一緒に来て欲しかったの。というか、変な子は来ないと思うけど、念の為、ね」
「りょーかい。ありがとー」
「あのさあ…」
「ホンダくん。あんたは強制参加だから、一応メインだし当たり前でしょ」
「わかったから、せめてちゃんと名前が真島だって言っておいてくれよ…」
「覚えていたら伝えておくわ」
一応、打ち合わせは済んだようだ。
今度の木曜日の放課後、神社の本殿の裏で会うことになりそうだ。
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「あ、わるい。アキラと話があるから、みんな先に帰ってくれて良いよ」
ブレンドコーヒーを飲み切って喫茶店を出ようとしたら、ハヤトに呼び止められた。
「ご馳走様〜」と手を振って、ナベちゃん達三人が帰って行った。
「んで?どうしたん?」
コーヒーのお替わりを頼んでハヤトの正面に席を移した。
「アキラ、自転車どうなった?」
「どうもこうもねえよ。何日もベイロードに放置するわけにも行かないだろ?俺が入院してる間に父さんが回収して南口の自転車屋に持っていったよ。フレームが歪んでるって言われたから処分を頼んだってさ」
「そうか」
「それで?何よ」
「週末に都内で仕事しただろ?」
「ああ、なんか打ち合わせがどうこう言ってたな」
「この間オレが自転車を買い替えた時、仲良くなった自転車メーカーのお偉いさん経由で安くしてもらったって話をしたよな」
「なに?俺が買うときも安くしてくれるの?」
「最後まで聞けって。土曜の午前に雑誌の撮影やって、午後が学生向けの通学用自転車のパンフの写真撮りだったんだよ」
「ああ。自転車に乗っている爽やかな学生ってヤツか」
「そうそう。で、現場で撮影してたら、その人に『君たちのおかげで売り上げが一気に増えた』って喜ばれてね。金一封、もらったんだよ」
「はあ?」
「まず、あの動画でオレとお前が友人関係にあることは知れ渡っていた」
「まあ、あんだけ肩組んで笑ってて他人だったら怖いわ」
「それをメーカーのお偉いさんも見たってことだ」
ハヤトがアイスコーヒーを飲み干した。
「お前の乗っていた自転車とオレが買った自転車のメーカーは、同じYMB社だ」
「そうだったか?」
「あの動画の最後にお前の壊れた自転車が映っただろ。メーカーロゴがバッチリ映ってるぞ。あと、ワイドショーで連日、同じモデルの自転車の安全検証実験とかやったもんだから、広告宣伝効果が物凄かったらしい。安全性能の高い素晴らしい自転車だってな」
「俺はブレーキ壊れて死にそうになったけどな」
「そう言うなって。全国ネットの番組で毎日タダで宣伝してくれてりゃ売り上げも上がるだろう。しかも動画に自社のパンフのモデルが出てる。それでだ。こういうものを預かってきた」
ハヤトが何かの封筒を取り出してアキラに手渡した。
中には自転車のカタログがたくさん入っている。
「YMBの社長が特に喜んだらしくてね。お前の自転車が壊れたって話を聞いて、『勇敢な高校生にご褒美をあげよう!』って事らしい。まあ、今バズってるお前が自社の自転車に乗ってくれるならチョットは宣伝になるって踏んだんだろうけど。どれにするか選んでくれれば来週には自宅まで届けてくれるってさ」
アキラは手にしたカタログを眺めた。
高いものだと40万くらいする自転車のカタログまで入っている。
「ま、マジでなんでも良いのか?」
「あ、カタログの本体価格プラスパーツ代合わせて15万までだって。それ以上かかる時は実費請求」
「チョットせこい!でも十分すげえ!マジで嬉しい!」
「明後日までにはどれにするか決めてくれ」
「おう!」
「注意点が一つだけある。この自転車をもらうなら、トラブルは絶対にだめだ。メーカーの宣伝車みたいなもんだからな。って言っても普通に乗ってるなら問題ない。ただ、前の自転車のブレーキの話はトップシークレットだ」
「わかった!誰にも言わないって。俺とお前とナベちゃんしか知らないしな」
「あ、もう行くわ。ナベっちにはオレから話しておくから気にすんな。あと、ここの会計支払っておくからゆっくりしていけよ」
「サンキュー!もうチョットカタログ見てから帰るわ!」
満面の笑みでカタログを眺めるアキラを後に、全員の飲食代を支払ったハヤトは喫茶店を後にした。
金一封がいくらだったのか明らかにしていないが、今のハヤトにはこの程度の会計は『微々たるもの』だったらしい。
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