第17話

 近づいていくと坂ノ上高校の女子ギャル四人組が車座に座り込んで黒猫の背中を丁寧に撫でているのが見えた。


 そのグループの中に見知った顔を発見した。

 C組の岸田ほのか。たまにウチのクラスまで来て須藤と話しているのがきっかけで、話すようになったギャルだ。


「あ、岸田さん、ちーっす」

「お、ホンダさんじゃあないですか。柔道部のゴリもいるし、ウケる」

「ゴリラが猫を襲いに来た〜」

「ヴァイ〜あれはダメな動物だからね〜」

「ホンダもヴァイくんを虐めたら、ぶっ殺すよ」


 このギャルの集団、タチわりい。

「いじめるわけねーじゃん。つうかホンダ言うな」

「自分も猫を襲ったことはない!」

「やべえ。このゴリ、それ以外は襲ってるっぽい」

「やだ、襲われる〜」

「柔道部、試合近いんだろ〜不祥事起こすと1発退場だぞ〜」

「今日はハヤトくんはいないの?」


 もう何を言ってるか、よくわからん。

「ハヤトは今週末は撮影だと。泊まり込みで都内に行ったよ。ていうかヴァイに触らせてくれ…。俺には癒しが必要なんだ…」

「あ〜なんかアンタ大変だったもんね〜しゃーないなー」

「もう、しゃーないなー」

「特別だぞ〜」


 女子高生たちが撫でるのを止めると、黒猫は「終わりか?」とばかりに伸びをしてアキラの方に歩いてきた。



 アキラの足に体を擦り付けてくる。

 背中を撫でようとしてかがみ込もうとした次の瞬間、黒猫がアキラが背負ったリュックを駆け上がり、そのまま肩に飛び乗った。


 中腰状態になったアキラは一瞬固まってしまったが、肩に乗った黒猫の尻尾で顔面を叩かれたので、そのままゆっくりと立ち上がった。

 耳元でヴァイが「ナァ」と鳴いた。多分、合っていたんだろう。



「ええ!なんで肩に乗ってるの!」

「ホンダの分際で生意気!」

「ヴァイはチュールあげても背中しか撫でさせてくれないのに!」

「自分、シュラとマナは触らせてくれるけど、ヴァイは撫でようとすると叩かれるんだが…」

「ゴリラは黙ってろ!」

 ギャルとゴリラがなんか騒いでいる。

 ちょっと楽しい。


 少しあたりを歩いてみる。

 どうやって肩の上でバランスを取っているか分からないが、黒猫は背筋を伸ばして遠くを見ているようだ。



「ハヤトに言わせれば、俺はヴァイの子分なんだとさ」

「ハヤトくんが言うなら、そうかも」

「あーホンダはヴァイの乗り物だったんだねー」

「あんた頭突きで飛べるようになりなさいよ。ヴァイちゃん、喜ぶかもしれないし」

「ヴァイ様〜あなたの子分、この間通り魔を倒したんですよ〜褒めてあげて〜」

「自分の背中とか、乗ってくれんかな?」


 田中が俺の前で身を屈めて背中を見せた。

 黒猫に乗ってほしいみたいだ。


 ちらっとそれを見た黒猫は、「にゃ」とだけ短く鳴くと、田中の背中に飛び移り、そのまま地面に降りていった。

 …タラップの代わりか。

 それでも田中は「ちょっとだけど乗ってくれた!」と、嬉しそうにヤバめのことを口走っている。


 そのままどこかにいってしまうのかと思ったのだが、黒猫はこちらを振り向くと「ニャー!」と大きな声で鳴いた。


 そしてどこかへ歩いていってしまった。

 本日のサービスタイムは終了のようだ。


「ヴァイが大きい声出した〜」

「初めて見たかも!」

「可愛い!」

「ちょっと感動〜」


「でも、ゴリが余計なことしたからどっか行っちゃった〜」

「ゴリラ、処刑だな」

 ギャルの視線が田中を貫いている。



 アキラには、ヴァイが「よくやった」と褒めてくれた気がした。

 なんとなく、嬉しくなった。






 ================






 本殿横の石段に座ったアキラが、四人のギャルたちがゴリラの胸ぐらを掴んでいる光景を微笑ましく眺めていると、先ほどまで白猫たちと戯れていた清心の女の子たち四人組が話しかけてきた。


「あのぅ、すいません」

「え、俺?…あー、ごめん、騒がしかった?」

「いえ、そうじゃなくて。さっき、こちらの会話が聞こえてきちゃったんですけど、あの、この間の通り魔事件の時、犯人を倒してくれたのがアナタって本当ですか?」

「あ、あー、それねえ。一応、そんな感じになってます」

「一応って、どっちなんですか!?」


 清心の女子に詰められて困っていると、ウチの女子がアキラの状況を面白そうに見ながら戻ってきた。


「ホンダくーん、何してんの?」

「なに?清心の子にセクハラ?」

「処す?処す?」

「ちげえよ。あと、怖えよ」

 向こうでゴリラが一匹倒れているのはこの際無視しよう。


「なんか、この子らがこの間の通り魔の件で…」

「すいません!さっきこの方が通り魔倒した人って聞こえました!本当ですか?」

「あ、それね。うん。ホントーよ」

「ほらほら、この動画と一緒に見てみればよくわかるよ〜」

「マジでやめろ。俺の前にその動画を出すな」

「こっちの動画の方がマシよね〜ハヤトくんがいるからかしら」

「むしろハヤトくんだけで良いよね!」

「確かに動画だと血まみれでちょっとカッコ良いけど、実物だとこうなんですね!」

「無自覚に人を傷つけるの、良くないと思う」

 アキラは少しだけ涙が出そうになった。


「で、どうしたの?」

 岸田が尋ねた。


 動画を見て騒いでいた清心の子たちが顔を見合わせた。

「あ!すいません!私たち清心学園の女バスの1年です!」

「通り魔に襲われていたのが、ウチの部の2年の先輩とお友達なんです」

「色々動画も見たんですけど、本当に危ないところだったんですよ」

「すごく尊敬してる大好きな先輩で、もしあのままだったらどうなっていたか…」


「「「「先輩を助けてくれて、ありがとうございました!」」」」

 彼女たちが声を合わせて言ってきた。


 アキラは咄嗟になんと返せば良いか分からなかった。


「ほら、ホンダくん、ちゃんと答えなさいよ」

 岸田に背中を叩かれた。


っ!まだ完治してねえんだから、勘弁してくれよ…。えっと、ほとんど偶然というか事故みたいなもんだったんですが、俺があなた達の先輩達を助けることが出来たのであれば、良かったです。わざわざ伝えてくれて、こちらこそ、ありがとう」


「おー良い子たちだった」

「やっぱ清心の子は可愛い」

「先輩のためにお礼言えるなんて偉い子だねえ」

 ウチのギャルどもが、清心の子を撫でくりまわしている。





 清心の女子の一人がアキラに尋ねた。


「そういえば、その先輩達からお礼を伝えたいって話が出てウチの学園から坂ノ上高校にご連絡差し上げたんですが、『当然のことなので、礼には及びません』と辞退されたって伺ったんですが、そうなんですか?」



 ちょっと待ってくれ。とアキラは思った。

 松原には断ってくれとしか言わなかったはずだ。


 なんだろう、ウチのギャルの視線が痛い気がする。

 田中ゴリラに視線を向けるが、目を逸らされた。

 役に立たねーケモノだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る