第16話

「…うし、これで終わり」


 金曜日の放課後の教室で、アキラは課題を片付けていた。


 担任の松原から以前告げられたように、体育の時間に空いている教師が補習授業をしてくれているものの、全てをフォローしきれているわけではない。

 通常であれば休んだ生徒の自己責任で努力するしか無いのかもしれないが、今回は事情を考慮し、それぞれの科目を受け持つ教師たちが授業範囲をまとめたレジュメと課題プリントをわざわざ作成してくれている。

 ほとんどアキラ専用のレジュメと課題なので、正直、面倒くさいよりも申し訳ないという気持ちの方が強い。書店でバイトを始めてから、自分が原因で他の人に余計な仕事をさせることに対して罪悪感を持つようになったのかもしれない。誰だって余計なことはやりたく無いだろう。


 あとは職員室に行って課題を押見先生に確認してもらえばいい。






 職員室から2−Aの教室に戻ってくると誰もいなかった。普段騒がしいからか、妙に静かに感じる。


 ナベちゃんは、所属のサークル『e-sports研究会』に行った。

 須藤も部活に行った。授業中はダウナーな感じなのに、部活にはダッシュで行くやつだ。

 ハヤトは週末はずっと仕事らしい。都内で撮影と打ち合わせがあるとのことで、ホームルームが終わるとすぐに帰って行った。今回は泊まりで仕事らしい。


 アキラは部活もサークルも入っていない。

 しばらくはバイトもできないし、大人しく帰るか。


 教室を出て下駄箱に向かうと、1階の廊下ですれ違った後輩の男子グループから声をかけられた。

「あ、ホンダ先輩!帰るんですか?」

「動画見ました!カッコ良かったっす!」

「気をつけて帰ってくださいね〜」


「…ああ、ありがと。でも俺の苗字、真島だからな」

 返事をしたが後輩グループは一向に話を聞かず、どこかへ行ってしまった。



 靴を履き替えて校舎を出ると、まだたくさんの学生がいた。

 帰宅する生徒のグループもいくつか見える。

 今の時間だと帰りのバスは混み合うかもしれない。



 ぼんやりと考えていると、後ろから結構な勢いで肩を叩かれた。

 地味に痛い。


「お!ミスターホンダじゃあないか!」

 振り向かなくてもわかる。同じクラスで柔道部の田中だ。


「うっせえよ。力強くて痛えんだよ!この、ゴリラ!」

「ゴリラは良いぞ〜自分の目標だ!」

「つうかさあ…、ホンダ呼びするのやめろって言ってんじゃねーか」

「格好良いじゃあないか。みんなお前の頭突きが気に入ってるんだ」

「お前らみたいな脳筋バカどもが俺を『ホンダ』って呼ぶから、さっきなんか後輩にまでホンダ呼ばわりされたんだぞ!特にお前は無駄に声がでけえから目立つんだよ!」

「この数日ですっかり定着したな。まあ、気をつけるわ」

「絶対わかってねーだろ…」

「で、帰るのか?」

「ああ。でもなあ、今の時間帯はバス混んでそうなんだよな…」

 立ち止まって田中を見る。

 普通にシャツとスラックス姿だ。

 ただ、サイズはでかい。



「そういやお前、部活は?」

「今日は顧問が出張なので休みだ。軽く走り込みだけして解散してきた」

「じゃあ、お前も帰りか」

「いや、これから神社にお参りに行こうと思っているんだ。試合が近いからな」

「神社か…、俺も行こうかな。ヴァイたちに会いたいし」

「それはいいな!一緒に行こう」



 少し珍しい取り合わせだが、これも悪くない。

 田中と連れ立って神社に向かった。

 話しながら歩いていく。


「それにしても、良い頭突きだったな」

「もう勘弁してくれって」

「いやあ、自分も頭突きの練習をしようか考えたくらいだ」

「え?柔道って頭突きってダメじゃないのか?」

「厳密に言うと禁止はされていない筈だ。お互いに相手の襟首を掴み合って投げを打ち合うのだから、偶然バッテイングしてしまうことはある」

「そりゃそうか」

「ただし『柔道精神に背く行為、相手を故意に痛めつける、傷つける行為』にはなるだろうから、故意と判断されれば反則をとられるだろうがな」

「ダメじゃねえか…」

「うむ。柔道部の1年に頭突きの練習を持ちかけたが、逃げられてしまった」

「馬鹿か!可哀想だろ!やめて差し上げろ!」





 そんな話をしていると神社にたどり着いた。



 相変わらず広くて静かな雰囲気の境内と、大きくて立派な神社だ。

 境内の敷地に足を踏み入れると、歩いてきた道路より少しだけ温度が低いような感じがする。

 清廉な空気、と言うのだろうか。



 田中はそのまま本殿に参拝に行くようだ。

 アキラは社務所のところに神主様がいたので挨拶してヴァイたちに会いに行こう。

「俺、社務所行ってくるわ」

「では、自分もお参りが終わったらそっちに行こう」




 社務所に向かうと、白装束の神主様が箒を持って掃除をしていた。

「神主様、コンニチハっす」

 神主様に挨拶すると驚いた表情でアキラに近づいてきた。

「真島くん!もう大丈夫なのかね?聞いたよ。大変だったらしいじゃあないか」


 少し照れくさい。

「えっと、お陰様で。すいません。なんかお騒がせして。神主様のところまで伝わってたんすね」

「ああ、びっくりしたよ。この前ウチに遊びにきた帰りだったそうじゃあないか」

「あ〜、ちょうど神様にお参りした時に、健康祈願的なことお願いしたので、それが良かったのかもしれないっすね」

「まあ立ち話もなんだ。お茶でも飲んでいくかい?」

「いえ、ちょっとヴァイたちに会いにきただけなんで。友達も一緒ですし」

「あ〜…、今日はもうオヤツは他の子があげてくれたんだ。本殿の方にいるみたいだよ」

「そうなんすね。じゃあ、行ってきます」

「またいつでも遊びに来なさい」



 神主様に頭を下げて本殿の方に歩いていくと、田中が熱心に参拝している姿が見えた。


 近づいていくと、振り返って階段を降りてきた。

「おお、待たせたか?」

「いや、大丈夫だ。ヴァイたちはこっちの方にいるって神主様が言ってたんだけど…」


 あたりを見渡すと少し先に数人の女子高生と遊んでいる三匹の猫が見えた。

 ウチの女子もいるが、他の学校の子もいるようだ。


 あのチェックスカートにベストの夏服は、清心学園か。

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