第12話
「………はあ?」
アキラは今見たものが上手く脳内で処理出来なかった。
画面には、爽やかな笑みを浮かべた汗だくのイケメンが炭酸飲料を飲み干して商品ボトルを突き出したCMが流れている。
「にゃんだか、良くないことが起きてる気がすりゅ」
思考停止状態のままテレビを見つづけていると、CMが終わった。
さきほどのMCが何やら喋っている。
『この度ですねえ、当番組の取材班はベイロード商店街の防犯カメラの映像を入手いたしました!
「え゛」
画面が商店街の幅6mの歩道全体を斜めに見下ろすアングルの動画に切り替わった。
そういえば結構いろんな場所に防犯カメラがあった気がする。
画像はそれほど鮮明ではなく音声もない。
最近の技術ではある一定値以上の画素があれば後から画像解析できるらしいし、これでも良いのだろう。
これならアキラが映っていてもすぐに顔バレすることはなさそうだ。
フレームレートは意外と高いようで、結構スムーズな動画に思える。
画面の左手から、包丁らしき刃物を手にしたおっさんが周囲を威嚇しながら歩いてきた。
少し後ろを警察官が追っているが、おっさんが刃物を振り回すので接近できないようだ。
おっさんは、時折急に走ったり立ち止まったりしながら画面の右手に消えていく。
画面が違う映像に切り替わった。さっきとは別のカメラ画像のようだ。
たくさんの人が画面右手に向かって走っている。
どうやらおっさんから逃げているらしい。
画面中央で女の子が一人倒れ込んだ。
もう一人の女の子が駆け寄って助け起こそうとしている。
画面左手からおっさんがきた。
二人の女の子の後ろに立ったおっさんが包丁を振り翳した。
「やばっ!」
思わずアキラが言葉をこぼした時、おっさんの動きが止まった。
画面右手の違う方向におっさんが向きを変えた次の瞬間、見覚えのある自転車に乗ったヤローがおっさんに突っ込んできた。
おっさんが自転車の前かごに手をかけて止めようとしたが、運転者のヤローはおっさんの顔面に強烈な頭突きをぶち込んでいる。
「うわあ…、い、痛そう…」
おっさんもヤローも自転車も吹っ飛んで転がっている。
二人とも動かない。倒れた自転車の車輪が回っている。
ヤローが立ち上がった。
フラフラと女の子たちのところに向かい、立たせている。
画面奥に倒れていたおっさんが起きあがろうとしている。
周囲を見渡して何かを探しているが、目当てのものが見つからないようだ。
今度はハーフパンツのサイドポケットに手を突っ込んでいる。
そこにさっきのヤローがダッシュで突っ込んできた。
綺麗な助走から少しジャンプして、右膝をおっさんの顔面に叩き込んだ。
そのまま転倒して画面の外へ消えていった。
おっさんが、崩れ落ちた。
画面の左側から走ってきた数人の警官や近所の商店の店主らしき男性たちがおっさんを取り押さえた。
「すっげえ見なかった事にしてえ………。つうか、どうしてこうなったんだよ!!!」
アキラは慟哭した。
画面がスタジオに切り替わった。
MCが何か喋っている。
『この学生の行為ですが、過剰防衛に当たりませんかね?』
元警官だというコメンテーターがさっきの画像をフリップにして解説し出した。
『いやあ、それはないと思いますよ。最初に突っ込んだ時はあきらかに刃物を持ってましたし、2回目のこのシーンですが、ポケットから違う刃物を取り出そうとしていますね』
『ええ!?本当ですか?』
『警察の発表でも他に3本ものナイフを所持していたとありますし、間違いないでしょうね』
『つまり問題ない行為だった。そういう事ですね』
『非常に危険ですし、あまり一般人の行為としては褒められたことじゃありませんが、今回は良くやったと言ってあげて良いんじゃないですかね』
観覧の客からおおーっという声があがったが、MCとしては欲しいコメントではなかったらしい。
『そうですか…。では次に格闘技の専門家からの意見を伺いましょう!元MMAファイターの岩坂さん、いかがでしょうか?』
切り替わった画面に映った岩坂というゴツいおっさんが話し出した。
『多分だけど、この子は格闘技経験は無いんじゃないかな。でも、あれだけ派手にぶつかってそれでもしっかり立ったっていうのは、良い体幹してるね』
『はあ…』
『ガタイはヒョロイけど良い根性してるよ。彼が自分より大きくてガタイのデカい男を倒せた理由がわかるかい?筋肉でガードされていない顔面に、鍛えなくても硬い額の骨と膝の骨をぶつけたんだ。これは効くよ。あとの鍛えなくても強い部位は、ヒジやカカトだね。弱くても頭を使って最大限の攻撃をした良いファイターだ』
MCが再度尋ねた。
『岩坂さんならこのような場面に遭遇したらどうしますか?やっぱり得意の高速タックルで1発ですか?』
『逃げるね』
『はい?』
『それか棒みたいなリーチが長いものでぶん殴るしかないね』
『と、言われますと?』
『路上の喧嘩だと組み技は危険だからね。タックルしてマウントとっても、下からナイフで刺されりゃおしまいだ。どうしても素手でやらなきゃならないなら、前蹴りとかで距離とって、かな。そのあたりはこの子を誉めてやれないな。ちと危ないよ』
強面のいかついおっさんが笑っている。
それを見ていたアシスタントらしき女性が別の話題に切り替えた。
『岩坂さん、ありがとうございました!次はこんなものも用意しました!』
アキラの自転車と同じママチャリが、スタッフによってスタジオの中央に運ばれてきた。
「マジか。チャリまで用意したのかよ…」
アキラは流石に呆れてしまった。
メガネをかけたおっさんがアシスタントの横に出てくる。
『はい!これがさっきの自転車と同じモデルの自転車です!ここからは自転車評論家の武田さんにお話を伺いますね!』
『これはYAMANBAから4年前に発売されたシティサイクルですねえ。ハンドルが手前に曲がっているセミアップハンドルなので、楽に手を添えられて、低速でもハンドル操作でバランスを保ちやすく、安定感が高いタイプでね。操作性が良く幅広い年齢の利用者がいるシリーズですよ』
『私も学生時代に似たような自転車に乗ってましたぁ』
『基本に忠実なジツに良い自転車でねえ…。開発者の思想がよく分かるよねえ。見てごらんなさい。このスポークの角度など…………』
もう訳がわからない方向に話が進んでいる。
結局なんでも良いので、いじるネタが欲しいだけなんだろう。
「…アホくさ」
パタリ、とベッドに倒れ込んだ。
ちょっと頭の傷が痛んだ。
アキラは気付いていなかった。
これは、始まりでしかないことに。
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