第10話
「アキラっ!」「真島くん!」
倒れ込んだアキラのそばに二人がきてくれた。
「大丈夫か!」「すっごい血が出てる…」
額から血を流すアキラの姿は結構ショッキングだ。
「ハヤト、ナベちゃん…。俺、終わったわ…」
「はあ!?怪我がやばいのか!?タオルやるから、頭抑えとけ!」
ハヤトが自分のバッグから取り出した白いタオルをアキラの額に押し当てた。
「サンキュー。…怪我はちょっと頭痛えくらいだけど、罪もないおっさんをチャリで撥ね飛ばした上に、顔面に膝蹴り、ぶち込んじまった…」
ハヤトとナベちゃんが顔を見合わせている。
「マジか」
「あれ、真島くんがやったの!?」
「これ、警察に捕まるよな…。学校も退学かな…」
「いやいやいや…。アキラ、落ち着いて聞けよ」
「なんだよ…」
「あいつ、通り魔、らしいぞ」
「………はあ?」
「うん。むしろ感謝状とか貰えるんじゃない?」
「………はあ?」
呆然としているアキラを見た二人はちょっと相談を始めた。
「だめだコイツ。猫ミームみたいになってる」
「…これ、この状態の真島くん、一人にしたら不味くない?」
「オレ、コイツと病院行くわ。ナベっち、悪いけど、オレの自転車をあそこの駐輪場に入れておいてくれない?」
「オッケーだよ。鍵も預かっておくね」
ハヤトがアキラを見つめて言った。
「警察とか救急とか学校とか親御さんとかには、オレがうまく説明してやるから、お前は無我夢中だったからよくわからないとか言っとけ!わかったか!?」
「………よくわかんねーけど、わかった」
アキラがおっさんを見ると、確かに数人の警察官が血まみれのおっさんに手錠をかけて連行していた。
こちらにも警察官が一人来たが、ハヤトが何か話している。
少しすると救急車が来た。
救助隊員が怪我人を次々と救急車で搬送していく。
「ほら、お前もいい加減立てよ」
ハヤトが右手を差し出してきたので、アキラも右手で掴んで立ち上がる。
アキラが左手のタオルを額に当てて少しふらついていると、ハヤトがそのまま肩を貸してくれた。
ナベちゃんが荷物を持ってくれている。
「あー、こういうの『男前になった』っていうんだっけ?」
肩を組んだハヤトがアキラの顔を見て何か言っている。
「え?宮木くん、何のこと?」
「『何とかも
「…『水も滴る』だ。血じゃねえよ。バカヤロウ」
突拍子もないハヤトの言葉に、ナベちゃんが吹き出した。
釣られてハヤトも笑いだす。
アキラも額も体も痛かったが、つい笑ってしまった。
救助隊員に促され、アキラは額の傷をタオルで抑えながら救急車に乗った。
救急隊員からの「付き添いはいますか」の問いかけに、ハヤトが手を上げた。
ナベちゃんに見送られ、救急車が発車した。
車内のベッドに横たわったアキラが呟いた。
「普通さあ、こういうのって、意識失っちゃって、気づくと病院のベッドだったってパターンじゃねえの」
「知らない天井だ。ってヤツ?」
「そう。それ」
「あれは主人公キャラのみに許される芸当だからねえ。アキラっちは…ちょっと厳しい、かな」
「んだよ、それ。あとさ」
「なに?」
「…アキラっちじゃなくて、前みたく、アキラにしてくれ」
「…りょーかい」
救急車が到着したのは、南町の総合病院だった。
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夕方の病院に運び込まれたアキラを治療してくれたのは、顔見知りの老医師だった。
若手の医者は別の緊急患者の対応に追われているようだ。受け答えがはっきりしているアキラは見かけは酷いがさほど重症ではないと判断されたらしい。
「お、正明んところの坊主じゃねえか。こりゃ盛大にやったな。喧嘩か?勝ったか?」
「じいちゃんセンセー、俺、ケンカなんてしないっすよ。事故っす、事故」
「なんだ、つまらんなあ。どれ、タオルどかせ。見てやっから」
アキラが額にあてていたタオルを外すと、出血は意外なくらい抑えられていた。
「ここが切れてるな。ま、テープ貼って2週間も安静にしてりゃ大丈夫だろ。結構強く頭ぶつけたか?」
「事故だけど、知らないおっさんに頭突きかました…」
「ああ?やっぱり喧嘩じゃあねぇのか?」
「違うってば…」
「吐き気とか、フラフラするとか、ねえか?いつもとなんか違うとかあればちゃんと言えよ」
「全身痛えっす」
「そりゃ打撲だ。よかったな、触診だけど骨は大丈夫そうだぞ。とりあえず、MRIとCT撮ってやるから、その血まみれのシャツから着替えろ。着替え出してやろうか?」
「着替えのシャツ、バッグの中にあるからそっちに着替えるっす…」
老医師はアキラの頭の傷口の洗浄と手当を手際よく済ませてくれた。
幸いなことに傷口は浅く、太い血管が傷ついていることもなかった。
「人間てのはなあ、額のあたりに細かい血管が多く集まってるんだよ。髪の生え際辺りとかな。だからそこら辺を怪我するとびっくりするくらい血が出ることがあるんだ」
「そうなんすね」
「髪の毛が生えてる場所が切れると上手く縫えねえから、医療用のホッチキスがあるんだぞ。せっかくだから記念に何発かやっとくか?男前が上がるぞ〜」
「勘弁してよ…」
「ま、それも必要ないくらいだから心配すんな!」
老医師はガハハと笑って続けた。
「お前さん、プロレスとか見に行ったことはないか?あの業界じゃあ昔は『ジュース』なんて言って、わざとカミソリなんかで額を切って出血させて試合を盛り上げることがあったんだぞ」
「あんま、よくわかんないっす」
「そうかぁ…。若い時はそんなん見ると血が騒いだもんだが…。まあいいや。あと脳の検査して問題なければ1〜2週間もすれば完治するだろ」
「ありがとーございます」
「まあ、頭だと心配だからな。何日か泊まってけ。個室用意してやるよ」
「じいちゃんセンセー…」
「どした?」
「スマホ使ってても、大丈夫っすか?」
「おう!個室なら構わねえぜ!wifi使えるしな!充電器も貸してやるよ。だから、とりあえず着替えちまいな。汚れた服はこん中に入れておけや」
アキラは、脱いだブレザーと赤く染まったワイシャツをもらったビニール袋に突っ込んだ。
そして、バッグから取り出したTシャツに着替えた。
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診察室で治療を終えたアキラが出てくると、父の正明と母の陽子が来ていた。
ハヤトが電話して呼んでくれていたらしい。
時々アキラの家に遊びに来ていたのが幸いしたか。
「アキラ!大丈夫なの!?」「大丈夫か?」
「あ、うん。大体、大丈夫」
「本当に大丈夫なのね?」
「さっきじいちゃんセンセーに診てもらったよ。このあと、MRIとCTスキャンだって。大丈夫だと思うけど、一応何日か日入院しろって」
「村山先生か。ちょっと父さんはご挨拶して説明を聞いてくる」
正明が診察室をノックして中に入っていった。
陽子がアキラの体をペタペタと触りまくっている。
ちょっと痛い。
「宮木くんから大体の事情は聞いたわよ」
「あ〜、えーっと、ブレザー汚しちまった。これ頼むわ。あと、チャリ壊れたっぽい」
先ほど脱いだ制服を入れた袋を洋子に渡した。
「そんなのは良いのよ」
「………ごめん」
「何言ってるの!女の子を助けたんですってね!母さん、嬉しいわ!」
「………はあ?」
「そりゃあねえ、息子が怪我をしたのはびっくりしたけど、通り魔に立ち向かうなんてなかなかできないわ!さっき警察の方から「勇敢な息子さんですね」なんて褒められちゃったわよ!それにね、さっきから私のお友達のグループラインで、商店街の通り魔を逮捕したお手柄高校生って真島さんの息子さんですよねって連絡きちゃった!あと、なんか新聞の人が話を聞きたいらしいわよ!どうする?」
待合室の外れにハヤトが立っていた。
アキラと目が合うと、ニヤリと笑って、サムズアップしてきた。
上手くやるとは言っていたが、あの野郎、何を話しやがった。
いっそのこと、気を失いたい。
全く薄れてくれない意識の中、アキラはそう思った。
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