第9話
「(神様、仏様、お猫様!誰でも良いから助けてくれ!)」
交差点に目をやると、幸いなことに自分の進行方向である激坂から商店街につながる方の信号が青になっている。
咄嗟に左右を見たが、車は走っていないようだ。
とりあえず、車との衝突事故は避けられた。
だが、本格的にヤバイのはここからだ。
この時間の商店街には、特にたくさんの人で賑わっているはずだ。
ベイロードの看板が見えてきた。
アーケードの入り口に人だかりが出来ている。
「やっっっっっべええええええええ!!!」
ここで自転車を倒れ込ませたら、そのままの勢いで自転車ごと人だかりに突っ込むことになるだろう。
急に前の方でワッと何か騒ぎが起こった。
老若男女、多くの人がこっちに向かって走り出した。
「あぶねえっ!退いてくれえええ!!!!」
大声を出して警告する。
人混みが少し割れた。
「(ヤバいがこの人たちを全員避けるしかない!抜けたところで踏ん張って止めるしかねえ!)」
おばちゃんの顔が見える。
右に避けろっ!
小学生くらいの男の子。
左ぃ!
小さい子供連れのお母さん。
絶対避けろ!右っ!
綺麗な女子大生。
お姉さんスキーとして、死んでも避けなければならん!ヒダリィィィィィ!!!
坂高の男子。
勝手に避けてくれた。ありがとー!
メガネをかけた神経質そうなおっさん。
あ、コイツ、この間バイト中にわけわかんねークレームを30分以上つけてきて、最終的にコイツの勘違いだったのに一言も謝罪しないでバックれたおっさんだ。…逝っちゃって良いんじゃあないのか?………やっぱダメえ!!ミギッッッッ!!!
数々のゲームで鍛えた動体視力と反射神経が功を奏したのだろうか。
アキラはこちらに向かって走ってくるたくさんの人たちにぶつからずに走り続けた。
まさに奇跡と言えるだろう。
なんとか人混みをすり抜けると、急に誰もいない空間に出た。
前方には座り込む二人の女子高生。それと、その子たちの横に大柄なおっさんが突っ立っている。
ダンサーか、パフォーマーか、レスラーか、何かわからんが、でけえおっさん。
あと座った女子高生。
流石に女の子はヤバい。頑張って女の子を避けたら、おっさんの方にすっ飛んだ。
おっさん、悪い。なんとか避けてくれ。
両手を振り上げた格好のそのおっさん目がけ、アキラの自転車はものすごいスピードのまま突っ込んで行った。
アキラには、叫ぶことしか出来なかった。
「どっっっっっっけえええええええええええええ!!!」
おっさんがこっちを振り向いた。
「(あ、だめだ、このおっさん、全然どかねえ!)」
驚愕の表情のおっさんは、咄嗟に両手を前に突き出して、アキラの自転車の前かごを掴んだ。
衝突を避けられないことを悟ったおっさんは、正面からアキラの自転車の前かごを掴んで「自転車」を止めようとしたのだ。
おっさんは立派なガタイに見合った力があったようで、猛スピードの「自転車」を停車させることに成功していた。
「自転車」だけ。
では、運転者のアキラはどうなったのだろうか。
彼の身体は、慣性の法則とやらに律儀に従った。
つまり頭から前に向かって吹っ飛んだのだ。
アキラの正面に何があっただろうか。
両手で自転車の前かごを掴む「おっさんの顔面」である。
自転車のハンドルを握りしめたアキラは、「おっさんの顔面」の真ん中である鼻下あたりに強烈な頭突きを叩き込んだ。
ちなみにこの場所は『人中』と呼ばれる急所なので、不意にぶつけたりしないように気をつけた方が良い。
ハヤトやナベちゃんがこの姿を目撃していれば、スト6のとあるキャラの必殺技を連想しただろう。
『相撲を「わあるどわいど」にするため闘う力士』こと、『エドモンド本田』の『スーパー頭突き』にそっくりだった。
ドグシャア!!!!
「グワァッ!!!」
人体には普段は発揮されないため認識していない能力がいくつか備わっている。と言う。
事故などの突発的な危険状態に陥ったとき、「見えた景色がスローモーションで展開しているように見え、時間が長く感じられた」という現象は「タキサイキア現象」と呼ばれるそうだ。
アキラはこの現象の名前こそ知らなかったが、身をもって体感することとなった。
アキラは自分の額がおっさんの顔面にめり込んでいくのがわかった。
「(うわああああああ!おっさん!!すまん!!!)」
ガラガラッ!!
自転車とおっさんが、ぶっ飛んだ。
ドスッ!
バタンッ!
アキラの身体も吹き飛ばされて転がった。
咄嗟に受け身をとっていたらしく、きれいにタイルで舗装された地面にファーストキッスを捧げることは無かった。
体育の柔道の首上げと受け身の練習、サボらないでちゃんとやって良かった。
ゆっくり目を開けると、どうやら生きているらしい。
全身痛いが、なんとか立ち上がれそうだ。
さっきの交差点で車と衝突していれば死んでいたかもしれないのだから、それに比べれば軽傷だろう。
「
左のこめかみあたりが痛む。
手で押さえながら立ちがった。
周囲を見渡すと、座り込んだ女の子が二人、呆然としているのが見えた。
自分の自転車も倒れて転がっている。
「(やっべえええええ!俺、女の子に怪我させちゃったかもしれねーーーー!)」
頭を押さえながら、その子たちに駆け寄った。
「(見た感じだと、外傷はなさそうだけれど…)」
座ったままだとよくわからない。
立ち上がることはできるだろうか。
とりあえず手を貸して立ってもらおう。
「ご、ごめん。大丈夫っすか?怪我とか、してませんか」
一人目の子は、アキラの手を掴んですんなり立ち上がってくれたものの呆然としている。そのままもう一人の子に手を貸して立ってもらったものの、立ち上がるのに時間がかかってしまった。
この子は足を挫いてしまったようだ。
「大丈夫っ!?痛くないっ!?」
「え、ええ…。あなた、一体…」
女の子たちに怪我がないか聞いていると、後ろで誰かの声がした。
「お、おい、あいつ立つぞ!」
アキラが振り向くと、さっきのおっさんが上体を起こしたところだった。
「(つうか、あっちのおっさんの方が絶対重症じゃん!!早く謝りに行かんと、俺、おわりゅ!!!!)」
アキラはふらつきながらもおっさんに向かってダッシュした。
おっさんの手前に壊れた自転車のパーツが転がっていることに気づかずに。
フラフラしながらも無理にダッシュした状態で、転がっている自転車のパーツを踏みつけたアキラは、勢い良く前につんのめって、すっ転んだ。
いや、すっ転びそうになった肉体は、これ以上の痛みを許容できなかった。
坂道で鍛えた体幹をフルに発揮させ、バランスを取り、体勢の立て直しを図った。
足のスタンスを大きく取り、前のめりになった上体をグッと胸を張るようにして引き上げた。
要は、不意につまずいたので、おっとっと…と大股になってしまった。と言うだけのことだ。
おっさんに向かって。
ハヤトやナベちゃんがいれば、声を合わせて叫んでくれただろう。
「「ニーバズーカ!!!」」
アキラは、スト6の名キャラ『祖国の平和のために闘う米空軍軍人』こと『ガイル』顔負けの綺麗な飛び膝蹴りをおっさんの顔面に叩き込んで、勢い余ってそのままぶっ倒れた。
「う、ぐあああ!!!」
おっさんの叫び声がアーケードに響き渡った。
アキラの膝にはおっさんの鼻がグッチョリ逝ったときの感触が残っていた。
もう、立つ気になれない。
ただでさえ、罪もないおっさんをものすごいスピードのチャリで轢いた上、頭突きを喰らわし、挙げ句の果てには、膝蹴りを顔面に叩き込んでトドメまで刺してしまった。
たくさんの人が見ていたはずだ。
きっと、証人も腐るほどいる。
「事故だった」「救助のつもりだった」なんて弁明は誰も聞いてくれないだろう。
たくさんの人がおっさんに駆け寄っていく足音が聞こえる。
おそらく介抱しに向かったのだろう。
アキラは寝転がったまま、天井のアーケードを見上げて呟いた。
「…これ、完全に傷害事件だよなぁ。少年院とか、いくのかな…」
顔を横に向けるとボロボロになった自転車が見えた。
あの状態では処分しないとダメだろう。でも、自分にはもう関係ないか…。
ぼんやりしていると、向こうからハヤトとナベちゃんが走ってくるのが見えた。
どうやらアキラを追ってきてくれたようだ。
「高校生活もおしまい、かあ…」
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