第7話

 ロングホームルームがやっと終わった。

 一緒にゲームセンターに行く約束をしていたナベちゃんのところに行くと、彼は担任の松原と話していた。


 アキラに気づいた。


「真島くんごめん。先生に美化委員の仕事頼まれたからちょっと時間かかるかも」

「お、なんだ真島と渡辺で約束あったんか。すまんが少し渡辺を借りるぞ」

「真島くんとベイロード行くだけなんですけどね。あ、なんだったら別の日でもイイけど…」

「いや、大丈夫。じゃあ神社で待ってるよ」


 松原に軽く会釈し、自分の席に戻ると既に須藤はいなかった。

 部活に行ったらしい。


 リュックを持って教室を出ると、廊下の窓からグラウンドが見えた。

 サッカー部がもう練習を始めている。

 さっきホームルームが終わったばかりなのに、いつ着替えたのだろうか。


 上靴をナイキのスニーカーに履き替えて校舎を出た。

 駐輪場に行くと、ハヤトが自転車に取り付けたゴツいチェーンロックを解除しているところだった。


「おっつー」

「あ、アキラっち、おつー」

「ハヤト、早いじゃん。なに?バイト?」

「いや、ゴールドペイントするって奴がいたから気になって…」

「やらねーって。悪かったよ」

「ふふ…。冗談。そんな事しないって分かってるよ。アキラっちも早いじゃん?」

「ナベちゃんとスト6やりにベイロードのゲーセン行くんよ」

「イイじゃん。オレも一緒に行こうかなー」

「…別に良いけど、無闇にナンパすんなよ」

「大丈夫だって。オレから声かけることなんてほとんどねーもん。で、ナベっちは?」

「委員会の仕事でちょっと遅れるから、神社で待ち合わせ」

「りょー、じゃあ行こうぜー」


 坂ノ上高校から神社まで数分の距離だ。

 神社の敷地に入り、自転車を停めた。


 せっかく来たからにはご挨拶をしに行かないと。


 立派な赤鳥居の前で一礼し、綺麗に掃き清められた参道の端を歩いて本殿に向かう。

 左側を見ると境内の松の木を植木業者が剪定しているのが見えた。

 所々、白い着物に赤い袴の巫女さんが掃除をしている。


 途中の手水舎で口と手を清める。

 拝殿の前に立ち、鈴をガラガラと鳴らした。

 小銭いれを開けると、5円玉が3枚だけだった。

 何で5円玉ばかりと思ったが、今日はこれを全部お賽銭にすればいいか。

 3枚の硬貨を賽銭箱に納めた。


 2礼、2拍手、1礼。

「(えっと、健康でありますように。あと新しいチャリが欲しいっす。出来れば電動アシスト付きのが良いっす。ついでに彼女とかも欲しいんで、イイ出会いとかお願いします!)」


 3歩下がって会釈をして振り返ると、ハヤトがニヤニヤしていた。


「めっちゃ拝んでたじゃん。なんかお願いしてたん?」

「んだよ。別にいいだろ」

「神社ってさー神様にお願い事をいう所じゃなくて、これこれこういった目標を達成するために頑張るんで見守ってください!って言いにくる所らしいよん」

「まじ?」

「そう。あとは見守っていただいてありがとうございますってお礼を言ったりするんだ。だから彼女ほしーって言っても、知らんがな!って感じらしいよ!」

「う、うるせーよ!つうかおれは奴らに会いに来ただけだから」

「さっき社務所の前にいたよー」






 テクテク歩いて社務所に行くと、三匹の猫がいた。

 この神社の看板猫で、この付近の住民や学生たちのアイドルでもある。

 わざわざこの猫たちに会いにくる人も多い。


 ヴァイ、シュラ、マナという名前の美猫だ。

 3兄弟でヴァイがオスの黒猫、シュラとマナがメスの白猫。


 社務所では白装束の神主が参拝客の御朱印帳に何やら書付けていた。



 アキラはリュックからとある物を取り出すと、神主の前から参拝客が立ち去った頃合いを見計らって話しかけた。


「神主様。コンニチハっす」

「おや、真島くん、宮木くん、こんにちは」

「今日はヴァイたちにチュールあげても良いっすか?」


 神主が微笑んだ。

「うん。今日は他のコは来てないみたいだから大丈夫だよ」


 三匹の猫は近隣の学生からも人気だが、ルールがいくつかある。

 そのうちの一つが餌付けの制限だ。

 一時期みんなして餌をあげたので、ちょっとおデブになってしまったことがあった。

 ダイエットに成功し、すっきりとした今の美猫の姿からあまり想像できないが。


 ともかく、餌をあげたい人は神主か巫女の許可を取らなければならない。

 餌やりは先着1グループ限定で、チュールは一日一匹1本までと定められている。





「ハヤトー、オッケーだって」

 社務所の横でハヤトが二匹の白猫の喉をくすぐっていた。


 ハヤトが笑っている。

「シュラとマナは今日はオレの相手してくれるって」

「しゃーないな。ほれチュール、2本な」

 ハヤトがアキラから受け取ったチュールの封を切って二匹の白猫に差し出すと、「うみゃいうみゃい」と言いながら食べ始めた。


 アキラは横の階段に座って黒猫を呼んだ。

「ヴァイ〜チュール食べないか〜?」


 少し離れた日陰で寝転がっていた黒猫が顔を上げた。

 ベルベットのような黒く美しい毛並みをした、尻尾の長い猫だ。 


 黒猫は、んーっと伸びをして立ち上がった。そして、仕方ないな…とでも言うように、ゆっくりアキラに近づくと膝に飛び乗った。


 そのまま仰向けに寝転んでヘソ天状態になると、チュールはよ、と口を開けた。

「ヴァイはいつでも王様だなあ」

 アキラが黒猫の口に少しづつチュールを絞ってあげると、夢中で舐めている。

 黒く艶やかな毛並みの長い尻尾がタシタシとアキラの足を叩いている。

 本日のご機嫌は悪くないようだ。



「アキラっちはヴァイと仲良いよな〜」

 ハヤトがこっちに来た。

 白猫達はおやつを食べ終わって眠くなったのか、向こうで大きなあくびをしている。


「そうか?」

「流石にヘソ天でチュール食べてるのは、あんま見ないよ」

「下僕扱いされてる気しかしねー」

「あ、それじゃあ。ヴァイ様〜、あなたの下僕が彼女欲しいって神様にお願いしてたから、一緒に神様に頼んでやって〜」







 ハヤトが話しかけると、チュールを食べていた黒猫がアキラを見上げて、やる気なさげに「ニャア」と鳴いた。

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