第6話

 2−Aの教室に入ると、ハヤトが数人のクラスメートと騒いでいた。

 柔道部の田中もいる。相変わらずマッチョだ。

 ハヤトのことだ、新しい自転車の自慢でもしているのだろう。


 考えてみればあいつが頑張って稼いだバイト代で買ったものだし、文句を言うのも筋違いかもしれない。

 ナベちゃんと話して少しクールダウンできたのが良かったか。


 苦笑して窓際の自分の席に着くと、隣の席のギャルからクレームが入った。

 須藤環奈すどうかんなだ。


「真島〜、あんたの相方のハヤトのバカが朝っぱらからうるさいんだけど〜。ちょっと責任とって黙らせて来なさいよ〜」

「お、須藤、おはよーっす」

「でぇ?なんなの〜?あれ」

「ああ、あいつ新しいチャリ買ったんだよ。激坂余裕のかなりイイやつだとさ」

「あ〜、そーゆーことね。金持ってるわねえ。で?なに?あんた一人寂しく来たってこと?」

「いや、途中でナベちゃんに会って一緒にきた」


 ケラケラ笑っていた須藤だが、ナベちゃんの名前を聞いて横を見た。

「…そう。健太くんときたんだ」


 きっかけが何かはよく知らないが、このギャルはナベちゃんに気があるらしい。

 普段はダウナー系のギャルなのに、ナベちゃんの話題になると乙女になる。


 前の方の席で菓子パンを頬張りながら文庫本を読むナベちゃんを見つめている。


 どうやらお隣さんは、春真っ只中らしい。

 もう少しで梅雨だし、衣替えもすぐだけど、まあ、まだ春の内、か。


 須藤は結構可愛いくて人気がある。ちょっとナベちゃんが羨ましいかも、なんて思いつつ、リュックから課題を取り出した。






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「…物体に外部から力がはたらかないとき、または、はたらいていてもその合力が 0 であるとき、静止している物体は静止し続け、運動している物体はそのまま等速度運動を続けることを何と言うか。…そうだな、じゃあ須藤、わかるかー?」


 物理の橋本ことハシセンに指された須藤はちょっと慌てた様子でこっちを見た。

 授業を聞いていなかったらしい。


「(慣性の法則、だ)」

 小声で言うと須藤が立ち上がって答えた。

「えっと、慣性の法則…でしたっけ」


「疑問形で言うなよー基本だからなー」

 ハシセンはちょっと苦笑して話を続けた。

「じゃあ、斉藤ー、運動の3法則について答えてー」


 前の方の生徒が指されている。

「慣性の法則、運動の法則、作用反作用の法則です」



 斉藤くん、よく即答できるなあ。なんて考えていると須藤が小声で話しかけてきた。

「(真島、さんきゅ)」

「(別に良いけど、ハシセンうるせーからちゃんと聞いとけよ)」

「(んー、りょーかい)」


 前に目をやるとハシセンの話は、実体験の話題になっていた。


「……で、先々週教師のみんなで飲み会やった後に、養護教諭の青山先生と一緒の電車で帰ったんよ」

「うわ、ハシセン絶対エロいこと考えてたって」

「アオちゃん、ガード緩いから〜」

「アルハラだな。イイ弁護士知ってるからアオちゃんに紹介してあげよ」

 生徒がざわざわしている。


「何で一緒の電車乗ったくらいで、ここまで言われないとならんのじゃ!」

「そりゃハシセンだし…」

「ねー」

「しまいにゃ泣くぞ…。で、座席がいっぱいだったから立って話してたんだけど、線路に人が立ち入ったとかで、電車が急停止したんよ」

「へー」

「そしたら青山先生がこっちに倒れ込んできちゃってさ〜慌てて抱き止めたんよ〜」

「うわあ!やりやがった!」

「ハシセン!感想教えて!」

「柔らかくて、イイ匂いして、めっちゃ可愛かった!」

「開き直りやがった!」

「おっぱい触った?」

「おい!ポリス呼べ!」

「物理関係ねーじゃん!」


 生徒の非難が集まったが、ハシセンは指を振った。

「チッチッチッ!わかってないね。これこそが慣性の法則だ」


 黒板に図を描き始めた。

「電車が動いているとき、車内の私たちも電車に合わせて前に進む運動をしているんだ。

 電車はブレーキをかけて前に進む力を弱めたが、車内の私たちには電車の床にある足以外には力が加わっていないのでそのまま進もうとする。

 そのため、体が前に動いてしまうので、青山先生は進行方向にいた私に倒れ込んだ。と言うことになるな。

 左手で吊り革にしっかり掴まって、荷物を網棚に預け、右手を空けてアクシデントに備えていた私の大勝利ということだ!」


 ハシセンがこちらを振り向いた。

「つまりだな、物理法則を理解すればアクシデントに備えられると言うことだ。男子諸君!ラッキースケベには日々の弛まぬ努力が肝心と言うことだ!分かったかね!」

 ドヤ顔がウザい。


「うおおおお!」「物理って素敵やん!」「ハシセン、俺、あんたについて行くよ!」

「サイテー」「やっぱセクハラじゃん」「訴訟案件」「ハシセン処す?」「処す!」

 教室中から色々な声が上がっている。


「お、チャイムか。じゃー今日はこれで終わりー」

 ハシセンはチャイムを聞くと颯爽と教室を出ていった。



 隣の席で須藤がケラケラ笑っている。

「あーおかしい。ハシセンってホント楽しいわ」

「さっきの話の飲み会だけど、彼氏欲しいのに出会いがないっ!てアオちゃんにずっと愚痴ってたらしいぜ」

「え、あんた、何でそんなこと知ってるの?」

「先週保健のアンケート集めたやつ持ってった時に、アオちゃんと駄弁ってたら教えてくれた。誰か紹介してあげて〜って」

「そういえば、あんた保健委員だっけ…。ハシセン、美人なんだけどねぇ」

「酒癖があんまよろしくないらしーぞ」

「…ままならないもんねえ」


 アキラと須藤は顔を見合わせて溜息を吐いた。








 橋本京子。28歳。独身。

 彼氏募集中。

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