第5話

 大通りを少し進んだ所の信号で停まると、ハヤトがアキラに笑って声をかけてきた。


「なに〜?アキラっち、うらやますぃーって感じ?あの子たちの連絡先教えてほしい?」

「ちげえよ。そんなんじゃねーって。つうかさあ…」


 アキラがハヤトの自転車を改めて見つめた。

 赤のスポーティなマウンテンバイクに、黒いバッテリーが取り付けられている。


「お前、昨日までそんなチャリじゃなかったじゃん!どうしたんだよ!」

「やっと気づいた?なかなか気づかないからアキラっちの目は節穴かと思ったよ」


 ハヤトがニヤリと笑った。


「これ見よがしだったから、言いたくなかったんだよ!…で?」

「いやあ、モデルのバイト中に知り合った自転車メーカーのお偉いさんと仲良くなってね〜。最新のパワーアシストタイプをお安くしてもらっちゃった♪」

「マジかよ…。俺にも紹介してくれねー?」

「ムリ!っていうか、かなり安くしてもらっても10万以上したからね!」

「どっちにしろ、きついかぁ。…つうか、アシスト付きに乗り換えたってことは…」


「オレは!激坂を行くよ!」



 坂ノ上高校はバイクやモペッドは禁止されているものの、自転車に関する制限はほとんどない。

 一部の学校で禁止されている電動アシストタイプも問題ない。

 そのため電動アシスト自転車で通学している生徒が結構いる。


 坂ノ上高校の生徒間で、例の坂は『激坂ゲキサカ』と呼ばれている。

 激坂を5分で登り切ることができるのであれば、わざわざ長い坂道を20分以上もかけなくて良いのだ。

 だが、激坂を通常の電動アシスト自転車で攻略するのは至難の業だ。

 ママチャリに毛が生えたくらいだと、一番きつい傾斜をクリアするのに汗だくになってしまう。朝っぱらから汗だくになりたい学生はあまりいない。

 激坂を攻略するには、かなり高い性能の電動アシストが求められる。


 アキラから見て体力がさほど無いハヤトが、これほどまでに自信満々に激坂の攻略を宣言したということは、本来はかなりヤバイ価格の自転車なのだろう。



 要は、金。

 世の中、金なのだ。



「お前っ!ついこの間までアシスト付きなんて邪道だって言ってたじゃねーか!」

「フハハ!なんとでも言い給え!庶民とは違うのだよ!」

「ぜってぇ金スプレーでペイントしてやるからな」

「あ、それはやめて」



 うだうだ言いながら大通りを進むと、十字路についた。


 ここを右折して東に進むと坂ノ上高校へと続く緩やかな回り道。

 左折して西に進むとベイロード商店街のアーケード終点にある交差点に出る。

 その交差点は、左手にベイロード商店街、右手に神社や坂ノ上高校に続く激坂となる。そのまままっすぐ西に直進しタカラ川を渡ると清心学園に続いている。

 ベイロードは自転車の乗り入れが禁止されているので、商店街の店に行くときは自転車から降りて手押しするか、駅前もしくはアーケードの終わりにある駐輪場に駐車しないといけない。

 ベイロードは自転車で抜けられない。


 アキラとハヤトの通学経路はこの十字路までは一緒だったが、ここでお別れ、ということになる。




「じゃ、そういうことで!また学校で〜」

 ハヤトは左折すると、アキラを置き去りにして軽快に走り去った。


 残されたアキラは、ため息をつくと右折してゆっくりと走り出した。

 さっきまで気にならなかったのに、やたらと自転車がギイギイ言っている気がする。


「なんだよ、ハヤトのヤツ…」


 いつもはハヤトと走るこの道が、今日はやたらと長く感じる。





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 多聞市は、『自転車は軽車両であり車道の左側端を走行する物だ』という認識で、かつ『自動車との接触や歩行者との衝突等を避け、自転車が安全に走行できる』よう空間整備を進めてきた。特に通行量が多い道路を優先して工事を行なっている。

 要は『車道』『歩道』の他に幅2mの『自転車専用道路』を設置したのだ。これらはフェンスや生垣で区切られた。この道路整備により車両交通事故は圧倒的に減少している。

 だが車両の交通量が少ない道路や道幅が狭い道路は対策が進んでいないのが実情だ。



 アキラは緩やかな傾斜の自転車専用道路を登っていった。

 

 しばらく坂を走っていくと、途中のコンビニからクラスメートが出てきたのが見えた。

 白いビニール袋に菓子パンがたくさん入っている。


 アキラが手を振って呼びかけると、こちらに気づいた。


「あ、真島くん、オハヨー」

 ちょっと小太りな彼の名は、渡辺健太。

 アキラのゲーム友達でもある。

 彼も青い電動アシスト自転車にまたがるとアキラと共に走り出した。


「ナベちゃん、おはよーっす」

「あれ?今日は宮木くんと一緒じゃないの?」

「そーなんだよー、ちょっと聞いてくれよ〜」


 あのヤロー、裏切りやがった。なんて言いながら事情を説明するとナベちゃんは笑っていた。


「……って事でさあ、どうせ時間いっぱい女の子に声かけたいとかそんな理由だぜ。朝っぱらからよくやるよなぁ」

「そーなんだね。でもすぐにこっちに戻ってくるんじゃない?」

「なんで?」

「激坂がキツイってのは勿論だけど、ちょっと時間かかっても友達と話しながらの方が楽しいって」


 ナベちゃんはイイやつだ、とアキラは思った。



「そうだ、真島くん、今日の放課後、久々にスト6やりに行かない?」

「え?ナベちゃん強いからな…。ベイロードのゲーセン?」

「そうそう。あれ?今日バイトの日だった?」

「いや、今週はバイト入れてねーんだ」


 アキラは南町の書店でアルバイトをしている。

 ゲームショップを併設している大型書店で品揃えも良い。

 ナベちゃんや友人から新刊のコミックやライトノベルの取り置きを頼まれることがある。

 アキラ自身、書店でのアルバイトは気に入っている。

 ネット通販だと特定の本にしか検索しないが、書店だと全然知らない作者の本に出会うことがある。表紙が気に入ってジャケ買いした本で感動したり、先輩スタッフから教えてもらったマンガにドハマりしたこともある。


 主な業務は会計と品出しと返本作業。

 棚卸し作業の時は大変だけど、美人なお姉様がフランス書院の本を大量に購入して行った時はドキドキした。


「じゃあどうかな?」

「うーん…。せっかくだし、行こうかなあ」

「決まりね!」


 明るく笑うナベちゃんを見ると、こういうのもたまには悪くないかもしれない。なんて思えた。

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