第4話
真島家前の駐車スペースに一台の青いSUV車が停まっている。
トヨタのハリアーだ。
スポーティなSUV車は正明の趣味らしく休日にはよく洗車をしているが、平日自転車通勤している正明よりも陽子の方が多く運転している。ちなみに陽子が洗車をしている姿を見たことはない。
アキラは車の横のスペースから1台の黒い自転車を取り出し跨った。
天気予報の通り空は晴れ渡っている。
もうすぐ6月になろうかというところだが、ここ数日は肌寒い。
あまり変な天気にならなければ良いが。
軽いため息を吐いたアキラが、立派なカゴ付きのシティサイクル、いや、ママチャリのペダルを踏み込むと、自転車は快調に進み始めた。
アキラの住む
街の中央に位置するJRの駅から線路が東西に伸びている。
住民はこの線路を境に北町・南町などと呼んでいるようだ。
北町には繁華街が広がり、南町は住宅街になっている。
真島家は多聞市の南町にある。
街の北には
この金鎖山から南に向かい最大幅300mに達する
駅の北口から北西方向に伸びる商店街を抜けると、いきなり急な坂道が現れる。
金鎖山へと続く登山道の入り口となる坂道だ。
商店街の平坦な道の先に、いきなりの急な坂。ここから最大勾配30%にも達する坂道が500mも続いているのだ。
この坂を登った場所に七福神の神様の一柱を祀った1社の神社がある。
五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、長命長寿、立身出世などの現世利益を授けてくれることで有名な神社で、初詣や夏祭りの際は多くの人で賑わう。また、この夏祭りに合わせタカラ川で開催される花火大会は非常に有名だ。多聞市の人口の3倍以上、約60万人が訪れる。
駅からの商店街と坂道は、もともとはこの神社への参道だったらしい。
この坂は徒歩でもキツイため、参拝客の多くは緩やかな勾配の回り道かバスを使用している。
アキラの通う坂ノ上高校はこの神社のすぐそばにある。
高校から神社まで、徒歩でも5分とかからないだろう。
直線距離であれば自宅から駅まで約2キロ、駅から高校まで約1キロほどで合計3キロちょっと。自転車であれば、せいぜい25分と言ったところか。
だが、名前の通り坂ノ上高校は前述の坂の上にある。
この急な坂道を普通の自転車で上がるのはまず不可能だ。
そのため、在校生は傾斜角度が緩やかな別の回り道かバスを使用する。
この回り道を使うと3キロほど余計にかかるため、実際には自宅から6キロ、約40分の道のりとなる。
緩やかな傾斜の坂道とはいえ入学当初はキツかったが、1年以上通えば結構慣れるものだ。
毎日の軽いトレーニングじみた自転車登校で、中学時代より確実に鍛えられた感がある。というか、自転車通学者の中でも電動アシスト無しのノーマル自転車組は、みんな足腰と体幹が強くなる。
アキラも体育の柔道でも素人同士の試合なら簡単には投げられたりしない自信がついた。特にバス通学のヤツには負けん。柔道部の田中にはぶん投げられるが、あいつはゴリラだ。除外する。
とはいえ、雨の日や体調がイマイチの時は、アキラもバスを使っている。
一応バス代を親から支給されているのだが、高校生にとって毎日の往復400円は少々惜しい。
立地条件こそ少しキツイところがあるものの、生徒の自主性を重んじる自由な校風とその割に高い偏差値が売りで、存外に人気が高い高校である。
市営の巡回バスや高校のスクールバスも出ているため、電車通学の学生は特に気にしていない。
住宅地を抜け、まっすぐ北に抜ける大通りを進むと駅の南口が見えてきた。
10年ほど前に高架工事を実施した駅は、スムーズに線路の下を通り抜けられる。
昔は開かずの踏切があって大変だったらしい。
南口手前の交差点の赤信号で停車するため、ブレーキハンドルを握ると右のブレーキハンドルから『ギギーッ!』と言う嫌な音がなった。
駅が近いため、通勤・通学のサラリーマンやO L・学生の視線がアキラに集まった。
アキラは恥ずかしくなり、つい俯いてしまった。
「(先週まではここまで酷い音はしなかった筈なんだけどなあ…)」
青信号で再度ペダルを漕ぎ出したアキラは、駅横の高架トンネルを抜けて北口のロータリーに向かった。
そこには、スタイリッシュなマウンテンバイクに跨った男子高校生がいた。
真新しい車体は赤く染められ、『YMB』と言うメーカーロゴの白抜き文字が入っている。バッテリーが取り付けられているのを見ると電動アシストタイプなのだろう。かなり高級そうなモデルに見える。
女子高生三人組と何か話をしているようだ。
一人の女の子が、何かのペットボトルを男子高校生に手渡した。
男子高校生はスマートなシルバーカラーのハードシェルバッグにそれを仕舞い込んでいる。
あのベージュのブレザーに赤のタータンスカートは清心学園の生徒だろうか。
見覚えのない女の子たちだ。
男子高校生はアキラと同じブレザーを着崩している。髪型はパーマでニュアンスをつけたマッシュヘア。ちょっとふわふわしているが清潔感もある。
彼の名は、宮木ハヤト。
アキラの友人だ。
ゆっくりと近づくと、ハヤトがアキラに気づいた。
「あ、友達来たから行くわー。ありがとね〜。じゃ、またー」
「うん、バイバイ!」「頑張ってください!」「応援してますから!」
女の子たちはハヤトに手を振るとアキラにも軽く会釈をしてから、ベイロード商店街に入って行った。
こちらにきたハヤトがアキラに向かってゆっくりと拳を突き出してきた。
グータッチらしい。
アキラも右拳を打ち合わせる。
「アキラっち、おはー」
「おっすー」
「じゃー行きますかー」
「ああ…って、あの子たち知り合いか?」
「いやー、アキラっち待ってたら声かけられた、みたいな?お水もらっちった!」
「んだよ。相変わらずモテてんな…」
ハヤトはアルバイトでモデルをやっている。
ティーン向けのファッション誌にもそれなりに出ているので、この辺りでは結構有名。逆ナンされているのを見るのもさほど珍しくない。
撮影の度に都内まで出掛けているようだが、わざわざ交通費を出して呼ぶくらいには人気があるらしい。
二人並んで駅から南北に伸びる大通りに戻った。
500メートルほど北に進んだ先の交差点を右折して東に進むと、坂ノ上高校へ続く緩やかな傾斜の坂道だ。
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