第2話

 学園の前の通りを東に1キロほど向かうと、ベイロード商店街が現れる。


 車両通行禁止、幅6mの歩行者専用の道路が駅から約300mの距離に渡り通っている。この通りをアーチ状の屋根がすっぽりと覆っている。いわゆるアーケード商店街というやつだ。

 この通りには100店舗以上の店が立ち並んでいる。


 マックやミスドなどのファーストフードチェーンやユニクロ・GU・ZARAにH&Mのようなファストファッションブランド、それにラウンドワンなどの学生向けの店から、揚げ物なども提供する精肉店や八百屋など地域住民に向けた店や銀行に郵便局、クリーニング屋といった生活に根付く店まで、幅広い種類の店舗が立ち並んでいる。

 人気のラーメン屋などはいつも行列ができていることで有名だ。


 地元テレビ局が取材していることもよくあり、カメラを抱えたクルーとリポーターが商店街をうろうろしているのを見るのも珍しくない。


 たまにパフォーマーやダンサーがちょっとしたイベントをしていることもある。

 先月はアイドルが路上ミニコンサートをやっていたっけ。


 近隣の学生が放課後に遊ぶのもバイトするのもこのアーケードの店舗が多い。


 一言でいうならば、活気があってたくさんの人で賑わっている商店街だ。





 いつもなら。





 ベイロードの入り口にたどり着いたわたしたち三人を待っていたのは、悲鳴と怒号だった。






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『ベイロード商店街にようこそ!』


 アーケードの入り口に掲げられた看板の下には、いつもの何倍もの人で溢れていた。


 皆、手前で立ち止まり、一向になかに入ろうとしない。


「なんかすごい人だかりだね…」

「またゲリラライブとかやってるのかしら」

「ちょっと私聞いてくるから、ここで待ってて」

 わたしと風香が顔を見合わせていると、麻衣が人混みに滑り込んでいった。



 前の方のおばさまに声を掛けているようだ。

 周囲がざわざわしていて、ここからでは麻衣と女性の会話まではわからない。


「すいません。中で何かやってるんですか?」

「あら、私もよくわからないんだけどね、この先で強盗だか通り魔だかが出たらしくてね。危ないから下がってって」

「えっ!本当ですか?」

「警察も出動してるらしいから、大丈夫だと思うんだけどねぇ。物騒よねぇ」




 麻衣が慌てた様子でこちらに戻ってこようとした時、アーケードの奥から怒号と悲鳴が響いた。



「どけっ!!!てめえら!!!ぶっ殺すぞ!!!」

 男性の大きな怒鳴り声だ。



「キャー!」「危ない!」「下がりなさい!」「逃げろ!」

 多くの悲鳴とともに人混みが一気に崩れ、皆がわたしたちに向かって走ってきた。



「痛っ!」

 目の前で、麻衣が走ってきた誰かに突き飛ばされて転んでしまった。

 わたしは咄嗟に麻衣に駆け寄った。

「麻衣!」

「サキ!来ちゃダメっ!逃げないと!」

「いいから!早く立って!」




 必死に麻衣を抱えて立ち上がろうとしたのだけれど、麻衣は足を挫いてしまったのかなかなか立ち上がれなかった。


「サキちゃん!危ない!」


 風香の声に振り返ると、そこには手に刃物を持った大柄な男が立っていた。




「てめえら!ふざけやがって!!俺を誰だと思っていやがる!!!みんなぶっ殺してやる!!!!」


 訳のわからないことを言いながら男が刃物を大きく振りかざした。




「いやあ!サキちゃん!」「警察!」「警察どうなってんだよ!」「誰か!」




 たくさんの声が響く中、逃げられないと思ったわたしは咄嗟に麻衣に覆いかぶさった。

 せめて、麻衣だけでも、なんとか助けたかった。



 あの男の凶刃が、わたしの命を奪うのだろうか。

 思わず目をつぶった。








「どっっっっっっけえええええええええええええ!!!」


 次の瞬間、彼が来た。






 ドグシャア!!!!

「グワァッ!!!」



 ガラガラッ!!



 ドスッ!

 バタンッ!



 何か硬いものがぶつかる音がして、周囲の声が止んだ。



 恐る恐る目を開けると、男は5mほど向こうに吹き飛ばされて倒れていた。

 何があったかわからないけれど、すごい衝撃で弾き飛ばしたらしい。


 その手前に1台の自転車とブレザー姿の男子高校生が倒れていた。

 あのブレザーは、多分同じ市内の坂ノ上高校のものだろう。


 わたしが呆然としていると、男子高校生が左手で頭を押さえながら立ち上がった。

 周囲を見渡した彼は、こちらに気づくと慌てた様子で駆け寄ってきて、わたしに右手を差し伸べてこう言った。




「大丈夫?怪我はない?」




 さっき怪我をしたのか額から血を流しながら、それでもわたしの心配をしてくれた。

 心臓が、大きな音を立てた。

 手を掴まれて立ち上がっても、わたしは彼から目を離せなかった。




「お、おい、あいつ立つぞ!」




 後ろでざわつく声にわたしがハッと意識を取り戻した時、彼は後ろを振り返りあの男を見た。

 険しい顔つきで、彼は少しふらつきながらも男に向かって走っていった。



 そのまま、彼は片膝を立てて立ちあがろうとしていた男の顔面に、強烈なヒザ蹴りを叩き込んでいた。

「う、ぐあああ!!!」

 男が、崩れ落ちた。


 彼は勢いをつけ過ぎたのか、その先でまた転倒している。


 それを見た周囲の男性や警察官が男のことを一斉に取り押さえた。


 わたしが覚えているのはそこまで。



 後で、麻衣や風香から聞いたところ、男はそのまま警察に逮捕されたとの事だ。

 刃物を何本も持っていたらしい。

 犯行の動機はよく分かっていない。


 八百屋の店主の男性とサラリーマン2名、それと警察官1名が男の刃物に切り付けられて負傷したそうだ。

 幸いなことに、命に関わるような怪我ではなかったものの、八百屋の店主は腕を何針も縫うことになったらしい。


 わたしを助けてくれた男子高校生は、その際に頭に傷を負ったらしく結構な出血があったとの事だ。

 救急車に乗り込むところを見たという風香曰く「頭っていうか顔面が血で真っ赤だった!」らしい。


 彼は他の被害者たちとともに、駆けつけた救急車によって病院に搬送されていった。




 麻衣が少し足を挫いたけれど、わたしたちは幸いほとんど無傷だった。







 それから、彼にはまだ会えていない。

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