第十九話 アルバイトを終えて帰宅をした俺は、結花に事情を話していった。

 

 第十九話






『ねぇ、お兄ちゃん。七瀬美琴ってお兄ちゃんにとっての何なの?』



 結花から飛んできたこのメッセージ。

 俺は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。


 何故結花が七瀬さんの名前を出してきた?

 そもそもこのメッセージの意図はなんなんだ?


 理解が出来ない。なんでこうなったのか皆目見当もつかない。なんて返信したら良いかもわからない。


 だが、既読の印が着いてしまっている以上、早く返信をしなければ『結花に不信感を与える結果』になってしまう。


 とりあえず、質問を質問で返すような真似はせず、当たり障りのない答えをしておこう。


 そう結論付けた俺は結花に


『七瀬さんは俺の同級生でクラスメイトだよ。俺と同じ学級委員でもあるかな。何故結花がそんなことを聞いてきたのかはわからないけど、何かあったの?』


 と送信した。

 すると直ぐに既読が付いて返信が来た。


『七瀬美琴って名乗る人から私宛てにわざわざ家の電話に来た。私の名前は瑠衣ちゃんから聞いたみたい。お兄ちゃんのバイト先にも来てたんでしょ?とりあえず詳しい話はお兄ちゃんが帰って来てから聞くから』


 …………は?七瀬さんが結花宛てに電話した??

 な、なんでそんなことをしたんだ??


 七瀬さんの行動が理解出来ない。

 俺が知らないところで何があったんだ?


『わかった。とりあえずもう瑠衣ちゃんとの勉強会は終わったから、直ぐに家に帰るよ。あと十分くらいだな』


 そう返信をして俺は家に向かって自転車を走らせた。



 自転車を走らせること十分。予定通りの時間で帰宅をした俺は、家の敷地の中に自転車を停めてから鍵をかけて家の玄関へと向かう。

 そして、合鍵で玄関の鍵を解錠して家の中へと入った。


 すると、いつからそこで立っていたのかわからないが、腕組みをして仁王立ちをしてる結花が居た。


「た、だだいま結花……」

「おかえりなさい。お兄ちゃん。とりあえずメッセージで伝えたと思うけど、詳しい話を聞かせてもらうからね」

「は、はい……」

「私は自室で待ってるから。手洗いとうがいを済ませたら速やかに来るように」


 結花はそう言うと、くるりと踵を返して自室へと向かって行った。


 やましいことなんて何も無い。

 結花に隠し事なんて何もしてない。

 今日は普通に働いて、結花に許可を得た上で瑠衣ちゃんに勉強を教えて来ただけだ。

 昼ごはんを隆二さんと瑠衣ちゃんと一緒に食べたけど、そんなことは特には問題では無いだろう。


 つまり、結花がめちゃくちゃ不機嫌な理由は『七瀬さんからの電話』という事になる。


 彼女が俺の家の電話番号を知ってるのは、連絡網があるから。

 まぁ携帯電話が主流の今。化石みたいなもんだとは思ってたけどこんな風に使われたのか。

 結花の名前を知ってたのは、瑠衣ちゃんと話してる時に聞いたのかな。

 今日一日で驚くくらいに親密になってたからな……


 そんなことを考えながら、俺は手洗いとうがいを済ませたあとに結花の部屋の扉をノックする。


『入っていいよ』


 と中から声がしたので、俺はゆっくりと扉を開けて緊張感を漂わせながら中へと入る。


 部屋全体にピンクをあしらった『女の子らしい』結花の部屋。

 ベッドの上には、俺が昔ゲームセンターで取ったアニメキャラクターのぬいぐるみが鎮座している。


 結花はベッドの端に腰を下ろしていた。


「隣」

「は、はい……」


 ペシっと叩かれた結花の隣に俺は腰を下ろした。

 すると、結花は俺の方を見上げながら問いかける。


「まず。お兄ちゃんと七瀬さんはどんな関係なの?」

「繰り返すことになるけど、ただのクラスメイトだよ。今年は同じ学級委員になったけどな。さっきは話さなかったけど、一応七瀬さんの連絡先も知ってる。だけど彼女の連絡先を知ったのも終業式の日に成り行きだよ」


 七瀬さんとはただのクラスメイトだ。

 今はまだ。だけど。


「ふーん。そうなんだ。ただのクラスメイトからいきなり電話がかかってきたと思ったら、私を呼び出してきたんだけど?」

「それが俺にも理解出来ないんだよね。なんでそんなことをしたんだろ?てか、結花。七瀬さんからどんな内容の電話だったんだ??」


 俺がそう問いかけると、結花はぷいっとそっぽを向いた。そしてそのまま「話したくない」とだけ答えた。


「……そ、そうか」

「ねぇ、お兄ちゃん。七瀬さんの連絡先は知ってるって話だったよね?

「……あぁ。知ってるぞ」

「私、七瀬さんと直接話しがしたいんだけど」


 結花がそう言うのも無理は無い。

 だから俺はその要望に応えることにした。


「わかった。その代わりだけど、その場には俺も居させてくれないか?七瀬さんがなんでそんな事をしたのか知りたいからさ」

「…………わかった」


 俺の言葉に少しだけ思案した結花が、小さく首を縦に振った。


 ……多分だけど『結花は何で七瀬さんがこんなことをしたのか?』を知ってるんだな。

 そしてその上で『その理由を俺に話したくない。何かがある』ってことだ。


 ……それを問い詰めるのは本意では無いな。

 聞かないことにするのが賢明だろう。


「じゃあとりあえず、七瀬さんにはメッセージを送っておくよ。多分夕飯を食べ終わったあたりで返事が来ると思うからさ」

「そうだね。じゃあよろしくね、お兄ちゃん」


 こうして俺は、スマホを取りだして、結花の目の前で七瀬さんにメッセージを送った。



『こんばんは。七瀬さん。夜分にごめんね。明日の午後にもし予定が無ければ会えないかな?ちょっと妹の結花も一緒に話をしたいと思っててね。返事を待ってるよ。』



「よし。じゃあそろそろ夕ご飯を食べようか」

「そうだね。もう出来てると思うからね」


 メッセージを送った俺が結花にそう言うと、笑顔でそう答えてくれた。

 良かった。笑ってくれて。


 そんな事を思っていると、俺のスマホがメッセージを受信した。と告げてきた。


「……七瀬さんかもね。随分と早い返信だこと」

「い、いやまだわからないよ……」


 俺がそう言いながらスマホを確認すると、結花の言うように七瀬さんからの返信だった。


『明日に予定は無いから、南くんの希望には応えられるわよ。ふふふ。もし予定があったとしても、貴方を優先していたわよ』


「……ふーん。これがただのクラスメイト?」


 七瀬さんからのメッセージを見た結花が、冷めた目でこちらを見てきた。


「……あはは。多分……七瀬さんの冗談だと思うんだけどね……」


 俺がそう答えると、七瀬さんからのメッセージが続けてきた。


『私も結花さんと話がしたかったの。場所はル・マンドで良いかしら?南くんのアルバイトが終わったらお話しをしましょう』


 そのメッセージに俺は


『場所もル・マンドでいいよ。時間も俺がアルバイトが終わってからでにしよう。よろしくお願いします』


 と返信をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る