第十八話 賄いを食べ終わったあと、瑠衣ちゃんに家事を教えていった。

 

 第十八話



 隆二さんの作った賄いのスパゲティに舌鼓を打ちながら食事を進めていると、これからの仕事についての話が出てきた。


「祐也くんは接客を通してコミュニケーション能力を磨きたい。って話をしてたよね?」

「はい。そうです。今日一日でかなりの経験が積めたと感じています。大変ですがこの仕事を選んで良かったと思ってますね」

「そうか。そう言ってくれると嬉しいね。嫌な客の相手を押し付けてしまったからね」

「あはは。最初は驚きましたが、その後は普通のお客さんばかりだったので」

「あんな変な客はそうそう来ないですよ。それに、お父さんがもう出禁にしたので二度とうちの敷居は跨がせません!!」

「そうだね。また来るようなことがあったら『もっと強く言ってやるつもり』だよ」

「あはは……隆二さんもお手柔らかに」


 軽く苦笑いを浮かべ俺に、隆二さんが質問をしてきた。


「因みになんだけど、祐也くんは料理を作るのも得意だと聞いてるけど?」

「え?祐也先輩。料理も出来るんですか??」

「……えっと。作れはしますけど、得意と言うほどでは無いですよ。家事の延長みたいなもんですよ」


 飲食店の店長を相手に『料理が得意』なんて言えるわけないだろう。

 せいぜいめちゃくちゃ贔屓をしてくれる結花に作って『美味しいよ、お兄ちゃん!!』って言って貰えるレベルの話だからな。


 俺よりも寧ろ台所に立つことの多い結花の方が得意だと思うけどな。


「そうか。いや辞めてしまったアルバイトの子にも、簡単な仕込みとかを教えてたからね。祐也くんにもお願いしたいと思ってたんだ」

「あ、その程度なら大丈夫ですよ。料理の手伝いなら結構やってますので」


 野菜の皮を剥いたり、刻んだり。

 肉や魚の下ごしらえとかも出来る。

 三枚おろし程度なら問題なく出来るからな。


 俺が出来ることを隆二さんに伝えると、瑠衣ちゃんが羨望の眼差しでこちらを見ていた。


「……えっと祐也先輩。それってかなり凄いことだと思うんですけど」

「そうかな?この程度なら結花も出来るからね。練習すれば瑠衣ちゃんも出来るようになるよ。家事は経験だからね」

「あはは。瑠衣は家事の一つも出来ないからね。そろそろ『花嫁修業』を始める時期になったのかもしれないね」

「……お、お父さん。それを先輩の前で言わないで欲しいかな」

「まぁ気にすることは無いよ瑠衣ちゃん。最初は誰だって初めてだからさ。隆二さんのお手伝いから始めるでもいいんじゃないかな?」

「は、はい。わかりました。お父さん。今度は私にも教えて欲しいかな」

「そうだね。それじゃあ玉ねぎの皮むきからやってもらおうかな」

「そ、それって小学生レベルだよね!!??」

「ははは!!玉ねぎを馬鹿にしたらダメだよ瑠衣ちゃん。あれはめちゃくちゃ難易度が高いからね」

「そ、そうなんですか……」


 キョトンとした表情の瑠衣ちゃんに、俺は実体験に基づいた話をする。


「そうだよ。皮を剥くだけでも涙が出るし、切れ味の悪い包丁で玉ねぎを切ったらもう涙が止まらなくなるし、その状態でみじん切りなんかやったら怪我の元だからね」


 俺のその言葉に、隆二さんがうんうんと首を縦に振っていた。


「わ、わかりました。玉ねぎは侮らないようにします」


 そんな会話をしながら食事を進めていき、俺達は昼ご飯を食べ終えた。


「ご馳走でした隆二さん。とても美味しかったです」

「ははは。ありがとう祐也くん。そう言ってくれると嬉しいよ」

「私も大満足だよ!!それじゃあ祐也先輩。勉強を教えて貰っても良いですか?」


 笑顔でそう言う瑠衣ちゃん。

 俺も彼女に笑顔を向けながら彼女に言う。


「いや、瑠衣ちゃん。まずはその前に『家事』をやることにしようか」

「……え?か、家事ですか??」

「あぁ、なるほどね。それじゃあ祐也くんにお願いしようかな」


 俺が瑠衣ちゃんにやらせたい『家事』を理解した隆二さんは、それを俺たちに譲ってくれた。


「はい。そのくらいはやらせてください。タダ飯を頂いてるんですからね」

「えっと……祐也先輩。家事をやるって何をするんですか?」


 首を傾げる瑠衣ちゃんに、俺は目の前の食器を指さす。


「食べた物はきちんと片付ける。『洗い物』から始めようか」

「……あ。はい!!わかりました!!」

「洗い物が沢山ある時は食洗機を使うけど、この程度だったら普通に洗ってもらおうかな」


 そして、使い終わった食器を持って調理場へとやって来た俺と瑠衣ちゃん。

 まずは割らないようにシンクの中に食器を入れた。


「それじゃあ洗い物ですね!!ピカピカにしてやります!!」


 そう言ってスポンジと食器洗い洗剤を手にした瑠衣ちゃんに、俺は『待った』をかけた。


「あはは。瑠衣ちゃんちょっと待ってね。まずは『水洗い』から始めようか」

「……え?洗剤でゴシゴシやるんじゃないですか??」

「まずは水を使って大きな汚れとかを洗い流していくんだよ。洗剤を使って洗うのはその後だよ」

「そ、そうなんですね……わかりました」


 食洗機でも同じ事をやってるからね。

 まずは熱湯で大きな汚れを落としてから、洗剤で洗っている。

 少し熱めの水とスポンジで瑠衣ちゃんに食器の汚れを落としてもらっていく。

 そして、ある程度綺麗になった所で彼女に洗剤を手渡した。


「はい。瑠衣ちゃん。俺が今から洗剤を1滴だけ垂らすから、それで洗ってね」

「え!?い、1滴ですか!!??」


 案の定良い反応をしてくれる瑠衣ちゃん。

 多分洗剤を『たっぷり』使うつもりだっただろうからね。


「ははは。今の洗剤は高性能だからね。1滴で十分だよ。それに水で大きな汚れは落としたからね」

「わ、わかりました」


 そして1滴だけ垂らしたスポンジをニギニギして泡立たせると、瑠衣ちゃんは驚きに目を見開いた。


「凄い……こんなに泡立つんですね……」

「でしょ?洗剤は少なくていいんだよ」


 食器の全てを割らないように気を付けて洗ってもらったあとは、たっぷりの水でしっかりと洗剤を洗い流す。


 その後は食器受けに立て掛けて、洗い物は完了だ。


「お疲れ様、瑠衣ちゃん。始めての家事はどうだったかな?」

「はい!!良い経験が出来ました!!ありがとうございます、祐也先輩」


 水に濡れた手をタオルで拭いて、瑠衣ちゃんは満足そうにそう言ってくれた。


「それじゃあ洗い物は瑠衣ちゃんの役割になってもいいようにやってこうか」

「そうですね。後は少しづつ家事を覚えていきます!!」


 こうして瑠衣ちゃんと洗い物を終えた俺は、彼女の部屋に行って勉強を三時間ほど見てあげることになった。


 勉強が終わったあとは、友人と一緒に外へと出掛けていた美香さんの手みやげのおやつに舌鼓を打った。

 その時にまたしても夕飯に誘われたけど、流石に昼も夜も頂く訳にはいかないので断らせてもらった。

 本当に、好感度が高過ぎる……



「それじゃあ瑠衣ちゃん。また明日」

「はい!!祐也先輩。今日もありがとうございました!!」


 時刻は夕方。これから家に帰れば夕飯の時間だな。

 フルタイムで働くことになったら、帰りはこの時間になりそうだな。


「祐也くん。気を付けて帰るのよ」

「はい。ありがとうございます、琴子さん」


 仕事中の隆二さんに代わって琴子さんが見送りに来てくれた。


「それじゃあ失礼します」


 俺はそう言って礼をした後に、ル・マンドを後にした。


 帰宅の途中。信号待ちをしていると、スマホがメッセージを受信した。と告げてきた。


「……あれ?誰からだ??」


 一度自転車をおりてから、道の橋の方へと移動する。

 そして、スマホを見てみると結花からのメッセージだった。








『ねぇ、お兄ちゃん。七瀬美琴ってお兄ちゃんにとっての何なの?』



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