美琴 side③ 中編

 

 美琴 side③ 中編




 スマホでラブコメ小説を読んでいると、コーヒーの良い匂いが店内に漂ってきたわ。

 あぁ。良いわね。これなら読書をするのも良いし、勉強も捗りそうよね。


 私がそう思っていた。その時だったわ。


 カラン。とお店の扉が開いて店内に新しいお客さんがやって来たわ。


「いらっしゃいませ。席へとご案内しますね」


 カウンターの前で立っていた南くんが、そう言って扉の方へと歩いて行ったわ。

 私も視線をそちらに移すと、若い男性の二人組がやって来たとわかったわ。


 すると、その男性二人組はこっちにも聞こえるくらいに大きな声で南くんに言ってきたわ。


『お前じゃなくて、向こうの可愛い子を寄越せよ』

『男に案内されたって嬉しくねぇよ。ちったぁ考えろよ』


 その様子に南くんの眉が小さくしかめられるのが見えたわ。

 どうやらあのレビューであった二人組みたいね。


 私は小さくため息をつきながらその様子を見ていたわ。


「それは大変失礼いたしました。ですが当店では従業員の指名は行っておりませんのでご了承ください」


 南くんは背筋を伸ばして、毅然とした表情と態度で二人にそう言ったわ。

 決して感情的に言葉を返すことなく。

 ふふふ。とても高評価よ。


 そんな彼の言葉に二人組は納得する様子なんか微塵も見せずに、またもや大きな声で恫喝するように言い返していたわ。


『ああぁん?テメェ喧嘩売ってんのか』

『まぁいいぜ。注文の時は女の子を寄越せよ』


 ズカズカと足音を鳴らしながら二人組は、南くんの後ろを歩いて窓際の席へと座ったわ。

 私とは少し距離があったのが幸いね。

 あんなのが隣に来たらたまったもんじゃないわよ。


 ……もしかして、南くんが気を回してくれたのかしらね。


 そして南くんがカウンターへと戻ると、申し訳なさそうな表情をしていた女の子と話を始めたわ。

 多分。あの二人組は最近この店に来ている『態度の悪い客』という話をしているのでしょうね。


 その二人組に視線を向けると、可愛い女の子の店員さんに下卑た視線を向けながら何かを話してるのがわかったわ。

 はぁ。見るんじゃなかったと後悔したわ。


 少しすると女の子の店員さんが私の元へとやって来たわ。


「すみません。お待たせしました。ブレンドコーヒーにお砂糖とミルクを二つです」

「ふふふ。ありがとう店員さん」


 私がお礼を言って彼女から品物を受け取ると、彼女は申し訳なさそうな表情で謝罪をしたわ。


「煩くしてしまって、大変申し訳ございません」

「いえ、気にしないでちょうだい。貴女も大変ね。今回が初めてじゃないんでしょ?」


 私がそう聞くと、彼女はこくりと首を縦に振ったわ。


「はい。私もお母さんも困ってるんです。ですが……」

「出禁にするほどの行為には至ってないから、それも出来ない。ってとこかしら?」

「……おっしゃる通りです」


 彼女がそう言うと、向こうの方から怒声が聞こえてきたわ。


『ああん!?なんでてめぇが来てんだよ!!』

『お呼びじゃねぇって言ってんだろ!!』


 そんな二人にも物怖じすることなく、南くんは言葉を返していたわ。


「先程も申しましたが、従業員の指名は致しかねます。あちらの従業員は、他のお客さんの対応をしてますので」

『何のためにこんな寂れた店に来てやってると思ってんだよ!!』

『こっちは客だぞ!!』


 何が『客』よ。

 貴方たちのせいでせっかくの良いお店の雰囲気が台無しよ。


「ごめんなさい。店員さん。私はもう我慢の限界よ」

「……え?お、お客様!!??」


 驚いたように声を上げる彼女を置いて、私は椅子から立ち上がって男たちの所へと歩いて行ったわ。

 そして南くんの横に立って『ゴミクズ共』に言ってやったわ。


「さっきから煩いわよ。このお店の雰囲気を壊すなら出てってちょうだい」


 私がそう言うと南くんは驚いたように声を上げたわ。


「……え?」


 そして、二人組は『私の予想通りに』下卑た視線をこちらに向けながら私を口説いてきたわ。


『へぇ。君可愛いね。どう?この後俺たちと遊ばない?』

『こんな店なんかどうでもいいや。君が付き合ってくれるなら出ていくぜ』


 やっぱり、女なら誰でもいいみたいな思考回路。

 ゴミクズね。

 アンタ達なんかよりも、隣の南くんの方が百倍は素敵な男性よ。


 私がもっと言ってやろうかしら。と思っていた時だったわ。


「今まではまだ『お客さん』として許せるレベルの行動や言動だったが、他のお客さんに迷惑をかけるなら、それはもう許せるものでは無いな」

「隆二さん……」

「店長さん……」


 私たちの前に立つように、大柄な店長さんが二人組にそう言っていたわ。

 すると、私たちだけに聞こえるように女の子の店員さんが私たちに説明をしてくれたわ。


「今までは『従業員に対しての行動や言動』でしたから。だからお父さんも我慢してたんだと思います」

「……瑠衣ちゃん。そうだったんだね」


 へぇ。女の子の名前は『瑠衣』っていうのね。

 ……それに、南くんは彼女を『名前』で呼ぶのね。


 私がそんなことを考えていると店員さん……瑠衣さんは私にも言っていたことを、南くんにも話していたわ。


「私も……その、お母さんも困ってたんですよね。ただどうしても『出禁』にするには弱かったんですよね」


 なるほど。私がこうして声を上げたことで『従業員だけじゃなくて、客にも明確に迷惑行為を働いた』ってなったからなのね。


「ふふふ。それなら私が声を上げたのは少しは役に立ったのかしら?」


 私が笑いながら瑠衣さんにそう言うと、彼女は苦笑いを浮かべながら言葉を返したわ。


「あはは。お客様には大変ご迷惑をかけてしまい申し訳ございません」

「気にする事はないわよ、店員さん。初めて来たお店だけど、この雰囲気は気に入ってるの。あんなゴミが居るのは耐えられなかっただけよ」


 私がそう『本音』を言うと、隣の南くんも苦笑いを浮かべていたわ。


「……あはは。ゴミってのはなかなか」


 すると、南くんと瑠衣さんが私の目の前でヒソヒソと内緒話を始めたわ。

 何よ。気になるじゃない。


「何よ南くん。私の前で内緒話とは感心しないわね」

「あはは。七瀬さんにとってはあまり良い話では無いからさ」


 私が不機嫌さを滲ませながらそう言うと、南くんは誤魔化すようにそんなことを言ってきたわ。

 ふーん。まぁいいわよ。


 そんな話をしていると『ゴミクズ』を店外に除去し終えた店長さんがこちらへと戻ってきたわ。

 そして申し訳なさそうな表情で頭を下げながら南くんに言ったわ。


「いきなり変な客の相手をさせてごめんね裕也くん」

「ははは。気にしないでください隆二さん。俺としても良い練習になったと思ってますから」

「そうか。そう言ってくれると助かるよ。それと、ああいう客は稀だからさ。後はもう二度と来ないように『話』をしておいたからね」


『知らない人と話をするのが苦手』


 と南くんは言ってたわね。

 このアルバイトを始めたのも、その苦手の克服のためって聞いてるわ。


 良いか悪いかは別として、今日だけでたくさんの経験が積めたのではないかしら?


 そして、南くんと話を終えた店長さんは私へその大きな身体を向けて頭を下げたわ。


「それとお客様。大変ご迷惑おかけして申し訳ございません」


 その様子に申し訳ない気持ちになった私は手を振って否定したわ。

 だって私が我慢出来なかっただけなのよ。

 厄介事に自ら首を突っ込んだだけだわ。


「いえ、気にしないでください。私としてもお店の雰囲気を壊されて気分が悪かっただけなので」

「そうですか。でしたら今日のお代は結構ですので」


 私がそう言葉を返すと、店長さんがそんなことを言ってきたので、それを固辞することにしたわ。


「それも受け取れないですよ。きちんとお代も払います」

「……かしこまりました。お客様の心遣いに感謝します」


 店長さんは納得してくれたみたいで、一つ礼をしてから調理場へと戻って行ったわ。

 そして、隣に居た南くんが少しだけ申し訳無さそうな表情で言ってきたわ。


「ごめんね七瀬さん。せっかく来てもらったのに」

「別に気にする事はないわよ、南くん。私は貴方の働きぶりを見に来ただけだもの」


 私はそう言ったあと、南くんに『渾身の微笑み』を向けて彼に言葉を続けたわ。


「自分の意見をきちんと言う。従業員を守るための行動や言動。不遜な人間にも感情的にならない。ふふふ。素敵だったわよ?」


 私がそう言うと、南くんはかなり驚いたような表情を浮かべていたわ。

 ふふふ。当然よ。私がこんな言葉や表情を向けるのは貴方が初めてよ。


 でも南くんから返ってきたのは『私としてはかなり物足りない反応』だったわ。


「ははは。そう言ってくれると、我慢したかいがあったよ」


『作り物の笑顔』

 そんな表情で南くんは私にそう言ってきたわ。


 ……そうね。今の私と貴方の関係性ならその言葉よね。

 すると私の隣にいた瑠衣さんが、大きな声で南にとんでもないことを言ったわ。


「いえ、裕也先輩はとてもかっこよかったですよ!!とても助かりました!!」


 ストレート過ぎるくらいの賛辞。

 私には言えない言葉ね。


「ありがとう瑠衣ちゃん。君とお店が守れたなら良かったよ」


 南くんは微笑みながら彼女にそう言葉を返したわ。

 私が今まで見た事がない彼の表情。

 でも、私が更に驚いたのは彼のこの後の行動よ。


 南くんはとても優しく微笑みながら瑠衣さんの頭に手を載せたわ。

 そしてゆっくりと彼女を労わるように頭を撫でていたわ。


「……ゆ、裕也先輩」


 瑠衣さんは顔を赤く染めながら南くんを見上げていたわ。

 そうね。彼女の身体が少しだけ震えていたのが見えていたわ。

 きっととても怖かったのでしょうね。

 その恐怖を和らげてあげようと思ったのね。


 ……本当に南くんは『優しい』のね。


「……へぇ、南くんにはそういう一面もあるのね」


 私は小さくそう呟いていたわ。


 南くん優しさは『彼にとって大切な人』に向けられるのね。

 残念ながら、私にはまだ向けられてない。

 だってそうでしょ?

 私の言葉と表情に『あんな作り物の言葉と表情』が返ってくるんだから。


 ……悔しいわ。こんなに悔しいと思ったのは初めてよ。


「それじゃあ仕事に戻ろうか」

「そ、そうですね」


 南くんが瑠衣さんの頭から手を離してそう言うと、彼女もそれに従ったわ。


「ふふふ。私もコーヒーを飲もうかしらね。冷めちゃったのが残念だけど」


 私が強がりながらそう言うと、瑠衣さんは嬉しい提案をしてくれたわ。


「あ、それでしたら新しいのを作り直します!!それくらいはさせてください!!」

「あら、ありがとう。そうね、その好意はいただこうかしらね」


 頼んだものを無料にする。のはちょっとと思ったけど、新しいものを用意してくれるのなら嬉しいわ。


「それじゃあ俺が隆二さんに伝えてくるよ」

「ふふふ。ありがとう南くん。それじゃあお願いするわね」


 私はそう言って彼を見送ったわ。


 こうして、お店を騒がせていたゴミ共の一件は解決したわね。


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