第十五話 俺の『初めてのお客さん』になる為に、開店と同時に七瀬さんがやって来た。
第十五話
隆二さんと共に開店前作業を行っていると、時間があっという間に過ぎ去っていくのを感じた。
店内の掃除から始まり、テーブルの上の備品のチェック。店先の花壇への水やりなど、簡単な雑務だが、やることが非常に多かった。
俺がそういった雑務をこなしている間には、隆二さんは料理の仕込みなどをやっていた。
そして、開店十分前程になった頃。制服に身を包んだ瑠衣ちゃんが店内へとやって来た。
「わぁ……今日はいつもより掃除が行き届いてる気がします!!」
店内を軽く見渡した瑠衣ちゃんがそう言ってくれたので、俺としては一安心だった。
「ははは、ありがとう瑠衣ちゃん。そう言ってくれてほっとしたよ。あとその制服姿も似合ってるね。流石はこの店の看板娘だね」
「あはは。ありがとうございます!!裕也先輩の制服姿も素敵ですよ!!」
そんなやり取りをしていると、カウンターから隆二さんが笑いながら声をかけてきた。
「ははは。裕也くんはとても真面目に働いてくれてるからね。こちらとしても助かってるよ」
「ありがとうございます、隆二さん。開店後も頑張ります!!」
「あはは。裕也先輩。そんなに気合いを入れなくても大丈夫ですよ。開店して直ぐにお客さんが来ることは稀ですから」
「そ、そうだよな」
そして、開店の時間になったので、俺は表の扉に立てかけてある看板を『CLOSE』から『OPEN』に変えるために、店の外へと向かった。
「さてと。誰も居ないとは思うけど、まずは元気な声で『いらっしゃいませ!!』って言うところから始めるかな」
コミュ障解決の一歩だ。まずは大きな声を出すことから始めよう。
ガチャリと扉を開けて外へ向かって声を張り上げた。
「いらっしゃいませ!!……え?」
「ふふふ。おはよう南くん。来ちゃったわ」
俺の目の前に居たのは、涼しげな白のワンピースに身を包んだ七瀬さんだった。
「え?え?え?な、なんで七瀬さんがここに??」
予想外過ぎる出来事に、俺の頭の中がパニックになる。
そんな挙動不審な俺に笑いかけながら、七瀬さんは理由を言う。
「南くんがアルバイトを始めると言うのは聞いていたわよ?だったら貴方の『初めてのお客さん』になりたいと思っても不思議では無いわよね」
「そ、そうなんだ……理由はわかったよ」
俺はそう言葉を返した後に、扉の看板を『OPEN』に変えてから、七瀬さんを店内へと案内した。
「と、とりあえず。いらっしゃいませ。席へと案内しますね」
「ふふふ。ありがとう、店員さん」
『一名様、御来店です!!』
俺がそう店内に声を上げると、隆二さんと瑠衣ちゃんが『いらっしゃいませ!!』と声を張り上げた。
「ふふふ。とても綺麗で素敵な店内ね。どのくらい長居してもよいのかしら?」
周りを見渡しながらそういう七瀬さん。
長居するつもりなのかな……
「ワンオーダーで一時間くらいですね。試験勉強とかのためのスペースも用意してあります」
「あら、それは良いことをきいたわね。これなら南くんが居ない日でも勉強をしに使ってもいいわね」
そんな会話をしてから七瀬さんは席へと座った。
そして、七瀬さんと会話を交わしたあと、俺が水を取りにカウンターへと向かうと、少しだけ眉をひそめている瑠衣ちゃんが居た。
「裕也先輩。あのめちゃくちゃ綺麗な女性は誰ですか?見た感じ、先輩と仲良さげでしたが。まさか……彼女ですか?」
「彼女なんかじゃないよ。クラスメイトの七瀬美琴さん。来年からは瑠衣ちゃんの先輩になる人だね」
「……なるほど。クラスメイト」
……ライバルは結花だけだと思ってたのに、とんでもない伏兵がいるなんて。
こんなの聞いてないわよ。
瑠衣ちゃんが小さく何かを呟いたいたようだけど、あまり良く聞き取れなかった。
てか、七瀬さんが彼女なんて天地がひっくり返らないと無理だよな。
……まぁ、その天地をひっくり返すために努力するんだけど。
「わかりました。裕也先輩はそこで見ててください。私が接客のお手本を見せますから!!」
「あはは。了解だよ、瑠衣ちゃん」
俺がそう言葉を返して瑠衣ちゃんを見送ると、彼女は水の入ったコップを七瀬さんの目の前に置いた。
そして『とびきりの接客スマイル』で注文の確認をする。
「いらっしゃいませ。メニューがお決まりになりましたらお声がけください」
「ふふふ。ありがとう店員さん。とりあえずブレンドコーヒーを頂けるかしら?お砂糖とミルクは二つづつでお願いするわ」
「かしこまりました。ブレンドコーヒーを一つ。お砂糖とミルクを二つつけてお持ちしますね」
なるほど。七瀬さんはミルクと砂糖を使うのか。
勝手に『ブラック』で飲むって想像してたわ。
そんなことを思いながら七瀬さんを眺めていると、注文を取り終えた瑠衣ちゃんが少しだけ悔しそうな顔をして俺に言ってきた。
「むー。近くで見るととんでもない美人ですね。それなのにミルクと砂糖を使うギャップで可愛さまで演出してるなんて……」
「ははは。確かに俺も勝手に七瀬さんは、ブラックで飲むって想像してたよ」
「裕也先輩。あの七瀬さんって『めちゃくちゃモテる』んじゃないですか?」
「そうだね。一年の時からのクラスメイトだけど、告白された回数は二桁は軽いと思うよ」
俺がそう言葉を返すと、瑠衣ちゃんは俺に背中を向けて何かを呟いていた。
「……なるほど。裕也先輩とは一年生の時からのクラスメイト……しかも先輩のバイト先までやってくるなんて。めちゃくちゃ脅威じゃない」
やっぱり何を言ってるかは聞き取れない。
まぁ、女の子のひとりごとに聞き耳を立てるのは趣味が悪いよな。
そして俺は、隆二さんの作るブレンドコーヒーを待ちながら、メニュー表を眺めて品物の暗記を進めて行った。
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