第十三話 夏休み二日目。初めてのアルバイトに気合を入れて職場へと向かった。

 

 第十三話




 夏休み二日目。本日からアルバイトをする喫茶店『ル・マンド』にやって来た俺は、駐輪場に自転車を置いてから裏口へと向かう。


 時刻は指定されていた八時半の二十分前。

 遅刻だけは絶対にしたくなかったので、早めに起きて家を出る支度をしていた。


 本当は十分前に来ようと思っていた。

 早くついてしまったのには少しだけ理由があって、家を出る時に結花がごねるかな?なんて思っていたのたけど、そんなことは無かった。


『それじゃあ、行ってくるよ結花』


 身支度を整えてから玄関へと向かうと、予想していたように結花が見送りにやって来てくれた。

 父さんと母さんは居間で過ごしている。


『いってらっしゃいお兄ちゃん。瑠衣ちゃんによろしくね!!』

『…………え?』


 すんなり送り出されると思ってなかった俺は、少しだけ間抜けな声を出してしまう。


 それを見た結花が笑いながら言ってきた。


『あはは。もしかしてお兄ちゃんは、私がまだごねるかなって思ってたでしょ?』

『……ま、まぁ。すんなり送り出されるとは思ってなかったかな』


 俺が心の内を正直に話すと、結花は少しだけイタズラっぽく微笑みながら言葉を返した。


『瑠衣ちゃんとは昨日話しをしたからね。お兄ちゃんと勉強会をすることは気にしてないよ』

『そうか……』

『だってお兄ちゃんは瑠衣ちゃんと『勉強会以外のこと』はするつもりは無いでしょ?』


 結花が少しだけ目を昏くしながら問いかけてきた。

 うん。彼女には勉強を教えてくれと言われただけだからな。それ以外のことはする予定は無い。


 そもそも瑠衣ちゃんは『結花の友達』だからな。

 可愛い女の子だとは思うけど、恋愛の対象では無いからな。


『そりゃあそうだな。瑠衣ちゃんは結花の友達だし。まぁ未来の後輩だからな。下手に嫌われないようにするだけだよ』

『……まぁ。その意識なら大丈夫かな』

『……え?何か言ったか??』


 俺の言葉に何かを答えたように思えたけど、結花は笑いながら首を振って比定をした。


『あはは。別に何も言ってないよ!!それじゃあお兄ちゃん、頑張ってね!!』

『あ、あぁ。それじゃあ今度こそ……行ってきます』


 こうして家を出た俺は、自転車に乗って家を後にした。



「よし。初めての仕事だ。頑張るぞ」


 パン。と頬を一つ叩いてから俺は裏口の扉を開けた。

 そして、中に向かって大きな声を上げた。



「おはようございます!!今日からお世話になる南裕也です!!」


 すると、奥の扉が開き、そこからパタパタと足音とともに瑠衣ちゃんがやって来た。


「おはようございます、裕也先輩!!早かったですね」

「おはよう瑠衣ちゃん。遅刻だけはしないように、本当は十分前くらいに来ようかと思ってたんだけど、少し見込みが甘かったからかな」

「あはは。裕也先輩らしいですよね!!でも大丈夫です。先輩の制服とかは用意してありますから」

「そうか。それなら一安心かな」


 俺はそう言うと、昨日と同様にスリッパを履いて店の中へと足を踏み入れる。

 そして、瑠衣ちゃんに昨日面接をした休憩室へと案内された。


 扉を開けて中を見ると、テーブルの上には俺の制服と思われる服が二着置いてあった。


「もう少ししたら仕事の説明をしにお父さんが来ると思います。椅子に座って待っててください」

「わかった。案内ありがとう瑠衣ちゃん」

「えへへ。こんなのはなんの手間でも無いですよ。それに、朝から裕也先輩に会えて嬉しいです!!」


 はにかみながら可愛いことを言う後輩に、俺は少しだけ心が嬉しくなった。


「あはは。そう言ってくれると嬉しいよ。それと、仕事が終わったら瑠衣ちゃんの部屋に行くからね」

「ありがとうございます!!今日もよろしくお願いします!!」


 瑠衣ちゃんはペコリとお辞儀をしてから、休憩室を後にした。


 俺は椅子に座ってポケットからスマホを取りだした。


「よし。じゃあとりあえずスマホはマナーモードにして……」


 すると、俺のスマホが『メッセージを受信した』と告げてきた。

 差出人の名前を確認すると『七瀬美琴』と映し出されていた。


「ま、マジか。七瀬さんからのメッセージだ」


 トークアプリを起動して内容を確認すると、驚くような文章だった。


『おはよう、南くん。今日からアルバイトなのよね?初めてのことで緊張すると思うけど、苦手を克服しようとする姿勢は素敵だわ。頑張ってね!!』


「……言葉の通りに受け取れば、幸せな気持ちになれるけどな。でも七瀬さんに『好意』は無いんだよな……」


 この内容だって

『苦手を克服しようとする姿勢』

 を評価してるだけだし、その根底にあるのは

『円滑に業務を進めるために親睦を深めたい』

 ってことだよな。


 まぁ『お世辞八割』ってところだろ。


 俺はそう結論付けてから、スマホを操作してメッセージを返した。


『おはよう七瀬さん。朝から元気の出るメッセージをありがとう。今から店長に業務内容のOJTを受ける所だよ。しばらくの間はマナーモードにしてると思うし、仕事中はメッセージは出来ないと思うからよろしくね』


「よし。こんなもんだろ」


 多少『自意識過剰』な内容だとは思うけど、まぁ許容範囲だろう。


 俺はスマホをマナーモードにして、ポケットの中にしまいこんだ。


 そして、隆二さんが来るまで間、少しだけ目を閉じながらその時を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る