第十一話 七瀬さんと会話を交し、彼女の『真意』を知ることが出来た。

 

 第十一話



 七瀬さんからの電話を確認して、俺は緊張しながら応答ボタンをタップした。

 そして、ゆっくりとスマホを耳に当てて彼女の声に耳を傾ける。


『もしもし。南くんの携帯で大丈夫かしら?』


 電話越しに聞こえる七瀬さんの声。

 いつもとは少し違う電子を通した声に、俺は唾を飲み込んでから言葉を返した。


「うん。俺の携帯で間違いないよ。こんにちは、七瀬さん」

『こんにちは、南くん。いきなり電話をしてごめんなさいね。ふふふ。ちょっと貴方の声を聞きたいと思ったのよ』


 ……なかなか破壊力のあるセリフを言われたように思える。

 まぁ、七瀬さんの冗談だろうな。

 話半分で聞き流しておこう。


「あはは。なかなか魅惑的な言葉を言われたように思うね。まぁ話半分に受けとっておくよ」

『……まぁ、今の貴方と私の関係性ならそう返ってくるわよね』


 ……どう言う意味だろうか?

 わからないことは考えるだけ無駄だな。

 夕飯までの時間もあるし、本題に入っていこうかな。


「えと……いきなり本題に入ってごめんね。俺に何か聞きたいことがあるって話だったよね?何が聞きたいのかな?」


 俺がそう問いかけると、七瀬さんは予想外のことを言ってきた。


『私はね、今年の夏休みの目標に『南くんと仲良くなる』と決めているのよ』

「………………え?」


 俺と仲良くなる?どういう意味だ??

 言葉の通りにとるならば、七瀬さんは少なくない好意を俺に持ってくれている。と取れる。

 だが、そんな甘い考えを持っていいのか?

 何もしてないのに……


『あはは!!南くんからしたら良くわからない理由よね。でもね、私の中ではもう決まっていることなのよ』

「そ、そうなんだ……えっと、理由を聞いてもいいかな?」


 俺が理由を聞くと、七瀬さんは俺が持っていた幻想を木っ端微塵に砕く言葉を返してきた。


『そうね。まぁ同じ学級委員として、一学期のような他人行儀の付き合いでは嫌だと思ったのよ』


 あ、あぁ……そうか……

 つまり七瀬さんは『学級委員としての業務を円滑に進めるために、俺と親睦を深める』って理由だったのか。


 そこに『好意』何てものは存在しない。

 あくまでも業務を円滑に進める為の『手段』だったんだな……


 あぁ……『まだ先は遠い』な。


「……確かにそうだね。二学期からは文化祭や体育祭とかのイベントがあるからね。コミュニケーションの必要性は高まるからね」

『ふふふ。わかってるじゃない』


 即答で同意が貰えた。

 やっぱり甘い幻想なんか持つもんじゃないな。


 少しだけ冷静さを取り戻して、俺は七瀬さんに問いかける。


「それで。聞きたいことはこれで終わりなのかな?」

『いえ、ここから先が本題よ。南くんはアルバイトを始めるのよね?』


「うん。そうだよ。コミュニケーション能力を身につけようと思っているからね。喫茶店で働く予定だね」

『アルバイトのシフトを教えてもらいたいのよね。もし良ければ、南くんと遊びに行こうと思ってるのよね。あとは貴方が許してくれるなら、働いているところを見に行きたいとも思ってるわ』


 ……遊びに行く。デートのようにも思えるけど、七瀬さんの頭の中にはそんなものは無いんだよなぁ。


「えっと……アルバイトをしてるところを見に来るのは、恥ずかしいけどまぁ構わないかな。そう言うのも訓練だと思えば良いからね」

『ふふふ。ありがとう』


「アルバイトのシフトなんだけど、平日を中心に組んでてね。週末は開けてる感じかな?」

『あら、そうなのね。これは都合がいいわね』


 都合がいい?どういう意味だろうか。


 俺が心の中で首を傾げると、七瀬さんは言葉を続けた。


『南くんが良ければ『夏の花火大会』に一緒に行かないかしら?』

「……え?」


『花火大会』

 それは俺が結花と行こうと思っている『夏祭り』と同じくメジャーなイベント。

 結花は瑠衣ちゃんと一緒に行くと言っていて、一緒に行こうと誘われていた。

 俺はその日はゲームイベントがあったから、家でそれをしたいと思って断ってたんだよな。


『本当はお盆の時期の夏祭りに誘おうかと思ってたんだけど、その時期はちょっと実家に帰らないといけないのよね』

「そうだったんだ。俺も夏祭りにはちょっと予定が入ってたから、誘われてても断ってたかと思うよ」


 七瀬さんからの誘いが仮にあったとしても、

『結花との先約』がある以上、断る選択肢をとってただろうな。


 俺がそう答えると、七瀬さんは少しだけ声のトーンを落として俺に問いかけてきた。


『……へぇ。そうなんだ。私からの誘いを断るような南くんの先約。ちょっと気になるわね?』

「あはは。別に彼女とかじゃないよ。妹と行く予定があったんだよ」


 俺が真相を話すと、七瀬さんは少しだけ笑いながら言葉を返した。


『あはは。そうなのね。妹思いの優しいお兄さんね』

「ありがとう。世界で一番大切な妹なんだ。誰にも渡すつもりは無いよ」

『………………そ、そうなのね』


 俺がしっかりとした口調でそう答えると、七瀬さんは少しだけ言い淀んだように返事が来た。

 ……別に変なことは言ってないよな?


 すると、俺の部屋の扉がコンコンと叩かれる音がした。


『お兄ちゃん。夕飯の支度が出来たよ』


 部屋の外から結花の声が聞こえてきた。

 どうやら電話もここまでみたいだな。


『ふふふ。聞こえたわよ南くん。夕飯が出来たみたいね?』


 電話越しに結花の声が聞こえたのだろう。

 七瀬さんが笑いながらそう言っていた。


「そうなんだよね。じゃあ電話を切らせて貰うね」

『わかったわ。貴重な時間をありがとう南くん。花火大会の集合時間や場所はまた今度決めようかしらね』


 あ、一緒に行くことは確定なんだ……

 まぁ……断る理由はゲームしかないし、流石にゲームを理由に断るのも失礼だよな。


「あはは……そうだね。七瀬さんと行ける花火大会を楽しみにしてるよ」

『ふふふ。私も今から楽しみだわ。それじゃあね南くん』

「うん。じゃあね七瀬さん」


 そして、お互いに同じタイミングで通話終了のボタンを押して、俺と七瀬さんの通話が終わった。


「……はぁ。緊張したな」


 エアコンの効いた部屋なのに、気がつくと汗でびっしょりだった。

 だが、貴重な時間だったのは言うまでもない。

 今の時間でかなり七瀬さんと親睦を深められたのは事実だし。


「まぁ……その根底にあるのは『義務感』みたいなもんだけどな」


 俺は少しだけ悔しい気持ちでそう呟く。


『お兄ちゃん?もしかして寝てる?』

「いや、起きてるよ。ごめんな結花今行くよ」


 部屋の外で待っていた結花に声をかける。


 いいさ。今は義務感でも。

 今後は『好意』に変えてみせるからな。


 俺はそう決意をして、夕飯の待つ居間へと向かって行った。

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