第十話 瑠衣ちゃんの件に結花から許しを貰えた俺に、七瀬さんからメッセージが来た。

 

 第十話




 アルバイトの面接と、瑠衣ちゃんの勉強の補佐を終えて、俺は彼女の家を後にした。

 家を出る時には、隆二さんにも夕飯を誘われたが、家に夕飯があるのでと言って断りを入れた。


 何だろう。家族全員で歓迎されているのを感じる。

 一体俺が何かしていたのだろうか?

 そんな好かれるようなことをしているつもりは無いんだけどな。


 でもまぁ、隆二さんの話を聞くと、うちの父さんと交流があるようで。

 何回か飲みにも行ってるそうだ。


 その時にどうやら父さんが俺のことを話してるらしい。

 酒の入った席で、一体何を話してるんだよな……


 そんなことを考えながら、自転車を漕いでいると、二十分ほどで自宅へとたどり着いた。


 自宅の横に自転車を停め、鍵をかけてから玄関へと向かう。


 合鍵を使って家の中に入ってから、家族に帰宅を伝えた。


「ただいま!!帰ったよ」


 俺がそう言うと、奥からパタパタと結花がやって来た。


「お帰りお兄ちゃん!!面接はどうだった?」

「あぁ、特に問題も無かったよ。無事に合格を貰えたよ」


 俺がそう伝えると、結花は少しだけホッとしたように言葉を返した。


「ふぅ……良かったね、お兄ちゃん。でもお兄ちゃんなら大丈夫だとは思ってたよ。あと、帰って来るのがちょっと遅かったけど、どこかで遊んでたの?」

「あぁ……ごめんごめん。連絡をしてなかったな。面接が終わった後に、瑠衣ちゃんが勉強を教えて欲しいって言ってたからな。夏休みの宿題とは別に、彼女の勉強に付き合ってたんだ」


 俺が帰宅が遅れた理由を話すと、結花の目がスっと細くなった。

 な、何だろう……周りの温度が下がったような気配を感じる。


『……ふーん。そうなんだ。瑠衣ちゃんに勉強を……だから遅くなったんだ……へぇ……』


 そして、結花は少しだけトーンを落とした声でボソリと呟いていた。


「ほ、ほら。あの子には何回か勉強を教えてたこともあったからな。授業ではまだやってなかった部分を教えて欲しいって言われてな」


 俺がそう言うと、結花は目を細めたまま言葉を返す。


『別にお兄ちゃんが教えなくても、学校の先生に習えばいい話なのにね?』

「あ、あはは……そ、そうだよな。でも……瑠衣ちゃんから、先生より俺の方がわかりやすいって言われてな……」

『………………ふーん』


 結花は冷めた視線のまま小さくそう呟く。


 だ、ダメだ……結花の機嫌が戻らない……


 こうなったら『最後の手段』を使うしかないな……


 覚悟を決めた俺は、結花の前に立って

『その身体をぎゅっと抱き締めた』


「……お、お兄ちゃん!?」


 驚いて声を上げる結花の耳元で、俺は謝罪の言葉を告げる。


「ごめんな、結花。別にお前を蔑ろにしている訳じゃないんだ」

『う、うん……』


「俺もちょっと可愛い後輩に頼られて嬉しくなった部分があったのは否定しない」

『……そう。まぁ瑠衣ちゃん可愛いからね。おっぱい大きいし』


 おっぱいの大きさに関しては触れないようにしよう……

 結花だって最近……いや、辞めておこう……


「……俺にとって『一番可愛い』のは結花だよ」

『……本当に?』

「あぁ、本当だよ。俺はこんなことで嘘はつかない」


 俺がそう言うと、結花はようやく機嫌を元に戻してくれたようで、いつもの声で話をしてくれた。


「わかったよ。お兄ちゃんを信じるよ」

「ありがとう、結花」


 俺がほっとして結花の身体を離すと、今度は結花の方から抱きついてきた。


「……貸し1だからね」

「……わかったよ。結花の言うことを『なんでも1個』叶えることを約束するよ」


 俺がそう言うと、結花は笑いながら言葉を返した。


「ふふふ。お兄ちゃん……言質取ったからね?」

「あぁ、構わないよ」


 こうして俺は、結花とのやり取りを終えたあと、手洗いとうがいをして自室へと戻った。


「……疲れた」


 スマホを机の上に置き、俺はベッドに身体を投げた。


 ぼふんっという音と共に、身体が布団に包まれる。


 ……あぁ。結花と仲直り出来て良かった。


 貸し1で何を要求されるかはわからないけど、あのままの状態でいるのは無理だった。

 これからは瑠衣ちゃんに勉強を教える時には、結花の許可を取ってからにしよう。


 そう心に決めたところで、スマホがメッセージを受信した。と俺に告げてきた。


「……メッセージ?いったい誰だ??」


 友達なんか居ないからな。俺にメッセージをするなんて人は限られてる。

 もしかしたら瑠衣ちゃんが、今日のことでお礼のメッセージでもくれたのかな?


 そんなことを考えながらスマホを手に取ると、とんでもない人物からのメッセージだった。


「な、な、な、七瀬さん!!!???」


 俺にメッセージを送ってきていた人物は、昨日連絡先を交換していた七瀬さんだった。


『こんにちは、南くん。夏休みの初日はどう過ごしたかしら?私は例年通りに宿題を進めていったわ。それで本題だけど、もし良かったら南くんと少し話したいと思っているの。貴方の都合の良い時間を教えてくれると嬉しいわ。返事を待ってるわね』


「……ま、マジかよ。七瀬さんからこんな『他愛のない話題』でのメッセージが来るなんて」


 正直な話をすれば、連絡先を交換したからと言って、向こうから連絡が来るとは微塵も思っていなかった。

 こちらからも、余程の要件がない限りはすることは無いだろうと考えていた。


 そんな中でのこんなメッセージだ。

 と、とりあえず……何かを返さないとだよな。


 既読スルーなんてことを思わせないためにも、スピード感を持って返信しなければ。


 そう考えた俺は、とりあえず彼女に持っていたイメージの部分の話と、今日の出来事を話すことにした。


 そして、電話をしたいという話だったので、夕飯前の今なら時間的に可能であるという旨を伝えることにした。



『こんにちは、七瀬さん。連絡ありがとう。七瀬さんが夏休みの初日から宿題を進めるのは、なんて言うかイメージ通りな気がしたね。俺はこの夏休みはアルバイトをしてみようと思っててね。その面接に行ってたよ。無事に面接に受かったからほっとしたよ。ちなみに電話していい時間だけど、今なら時間的に平気だよ』


「……こ、こんな感じで大丈夫だろうか」


 俺がそう思っていると、メッセージにはすぐに既読がついて、七瀬さんから返事がやって来た。


『ありがとう、南くん。それじゃあ今から電話するわね。色々と聞いておきたいことがあるから、教えてちょうだい』


 き、聞きたいこと……一体何を聞かれるのだろうか?


 俺に答えられることなら良いけど……


『わかった。俺に答えられることなら答えるよ。それじゃあ七瀬さんからの電話を待ってるね』


 俺がそうメッセージを送ると、やはりすぐに既読がついた。


 そして……七瀬さんからの着信を知らせるコールが、部屋に木霊した。

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