第九話 瑠衣ちゃんと勉強をした俺は、夏休み中も勉強を教える約束をした。

 

 第九話



 瑠衣ちゃんの部屋の扉の前までやってきた俺は、軽く彼女の部屋の扉をノックした。


 コンコン。と音を中に響かせたあと、俺は中に居るであろう瑠衣ちゃんに声を掛ける。


「瑠衣ちゃん。祐也だよ。面接が終わったから勉強を教えに来たよ」


 俺がそう声を発すると、中から『鍵は空いてます。入って来てください』と言う声が聞こえてきた。


 なので俺は彼女の言葉に従い、扉を開けて中へと足を踏み入れた。


「入るよ、瑠衣ちゃん」

「はい。お待ちしてました祐也先輩」


 少しだけ緊張しながら部屋の中に入ると、瑠衣ちゃんは勉強机の上に夏休みの宿題を広げて進めているところだった。


「偉いね。もう宿題を始めてたんだ」

「えへへ。宿題は最初に終わらせておきたいタイプなので。そうすれば後半は遊べますからね」

「俺と同じ考え方だね。宿題に追われて夏休みの後半にヒーヒー言ってる結花に見習わせてやりたいよ」


 俺がそう言うと、瑠衣ちゃんは思い当たる節があったのか、ケラケラと笑いながら言葉を返した。


「あはは。結花は毎年そうですよね。宿題見せてよ瑠衣ちゃん!!って言われてもそれは見せないようにしてます!!」

「ははは。それが正解だよ。結花を甘やかさないでくれてありがとうな」


 宿題は自分の力でやらないと意味が無いからな。

 スポーツ推薦で高校に入学する。とは言っても最低限の学力は必要だと思うしな。


 俺がそう言うと、瑠衣ちゃんは机の上に広げていた宿題を纏めていき、引き出しの中にしまった。

 そして、代わりに俺に聞きたいと言っていた問題集を取り出して広げて見せた。


「その……数学なんですけど……ここの部分が上手く理解出来なくて……」

「あぁ……なるほどね……ここは結構ややこしいよね。てかここって三学期にやる部分だと思うけど?」


 瑠衣ちゃんがわからないと言っていた部分は、中学三年の三学期で習うところだった。

 つまり、まだわからなくて当然と言えるよな。


 すると、瑠衣ちゃんは苦笑いを浮かべながら俺に言ってきた。


「あはは……今学校でやってる所はもう理解が出来たので、やっても無駄だなって思っちゃいまして。後は祐也先輩が家に来るって聞いていたので、この際にわからない所まで勉強を進めようかなって思ってました」

「なるほどね。ただ俺としては、まずは先生に習うべきだとは思うけど……」


 俺がそう言って少しだけ難色を示すと、瑠衣ちゃんは首を横に振って否定の言葉を言った。


「いえ、学校の先生よりも祐也先輩の方がわかりやすいんです」

「……それは言い過ぎだと思うけど。まぁ、頼ってくれるなら嬉しいことだからね。……よし。責任を持って教えていくよ」


『学校の先生よりもわかりやすい』


 瑠衣ちゃんのお世辞だとは思うけど、可愛い後輩にそんなことを言われて喜ばないほど俺は枯れてない。


「ありがとうございます、祐也先輩!!それじゃあよろしくお願いします!!」

「あはは。了解だ。じゃあまずはここで使う公式の部分の理解を、進めるところから始めようか」


 こうして俺は瑠衣ちゃんの先生になりながら、彼女に勉強を教えていった。


 すると、やはりと言うか、当然とも言うべきか、瑠衣ちゃんはとても早く理解をしてくれて、あっという間にわからないと言っていた部分を無くしていった。


 こうして瑠衣ちゃんと一緒に勉強を進めていると、部屋の扉がコンコンと叩かれる音が聞こえた。


「あ、お母さんかな?」

「そうだね。おやつを持っていくよって話をしていたからね」


 時計を見ると一時間半ほどの時間が経っていた。

 集中していて時間を忘れてたな。


 休憩を入れるにはちょうどいい時間かも知れない。


 俺は瑠衣ちゃんの隣を離れて、扉の方へと歩いていく。そして、その扉を開くと紅茶とマカロンをトレーに載せた琴子さんが扉の前で微笑みながら立っていた。


「お勉強の邪魔をしてごめんなさいね」


 少しだけ申し訳なさそうにそういう琴子さんに、俺は首を横に振って言葉を返した。


「いえ、そんな事ないですよ。ちょうど休憩をしようと思っていたところです」

「あら、そうなのね。そう言ってくれると助かるわ」

「それに、美味しそうなマカロンですね。紅茶も良い香りがしてます」

「ふふふ。マカロンは出来たてなの。それと、とても良く出来たと自負してるわ」

「それは楽しみですね、ありがとうございます」


 俺がそう言ってトレーを受け取ると、琴子さんは中を覗きながら瑠衣ちゃんに向けて言った。


「それじゃあ瑠衣。『色々と』頑張るのよ?」


 イタズラっぽく笑みを浮かべながらそう言う琴子さんに、瑠衣ちゃんは少しだけ頬を赤く染めながら言葉を返した。


「も、もうお母さん!!祐也先輩はそんなんじゃないから!!」

「ふふふ。じゃあね、祐也くん。それと遅くなるようなら夕飯を食べていっても構わないけどどうする?」


 琴子さんの言う魅惑的な誘いに少しだけ心が動いたけど、流石にそこまで甘えるわけにはいかないな。

 そう思った俺は、その誘いに首を横に振って断りを入れた。


「とても魅力的な誘いをありがとうございます。ですが、家に夕飯があるので、今日は遠慮させていただきます」

「あらそうなのね、残念だわ。でもこれから先もそういう機会がありそうだから、その時を待ってるわ」

「あはは。機会がありましたらご一緒させてください」


 そして、琴子さんとの会話を終えた俺はトレーを持って瑠衣ちゃんの隣へと歩いていく。

 紅茶をこぼさないように気をつけながら机の上にトレーを載せる。


「はい。瑠衣ちゃん。一時間以上も通してたからね。少し休憩をしようか」

「そうですね。えへへ。祐也先輩の教え方が良かったので、時間を忘れちゃいました」


 紅茶の中に砂糖を一つ入れて、スプーンでかき混ぜながら、瑠衣ちゃんは小さく笑ってそう言った。


「あはは。お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しいよ」

「もう、お世辞じゃないですよ。本当のことです。祐也先輩はもう少し自分に自信を持った方が良いと思います」


 少しだけ眉をしかめてそう言う瑠衣ちゃん。

 父さんにも言われるし、隆二さんにも言われた。

 瑠衣ちゃんにも言われるってことは、流石に謙遜が過ぎるって話なのかもな。

 過ぎたる謙遜は失礼にもなるって言うし、気を付けないとダメかもな。


「あはは。色んな人に同じような事を言われてるよ。そうだね、これからはあまり謙遜し過ぎないようにするよ」

「そうですよ。祐也先輩はかっこいいんですか……」


 そこまで言ったところで瑠衣ちゃんは顔を少しだけ赤く染めて言い淀んでいた。


「……瑠衣ちゃん?」

「……いけないいけない。あまり踏み込むと結花に怒られちゃう……」


 小さく何かを呟いたあと、瑠衣ちゃんは笑顔で俺に言ってきた。


「明日から祐也先輩はアルバイトなんですよね?もし良かったらまたこうして勉強を見て貰えますか?」

「あぁ、お易い御用だよ。フルタイムの希望だったけど、最初は四時間になりそうだし、平日の午後は空いてるからね」

「ありがとうございます!!それじゃあ期待して待ってますね!!」


 こうして俺は、アルバイトが終わったあとに瑠衣ちゃんと勉強をする約束をしたのだった。


 そして、琴子さんの作った美味しいマカロンに舌鼓を打ち、上質な紅茶の味を楽しんだあと、瑠衣ちゃんとの勉強を再開していった。

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