第八話 面接を問題なく終えることが出来た俺は、瑠衣ちゃんの部屋へと向かった。
第八話
「失礼します」
俺がそう言って部屋の中へと足を踏み入れると、大きめのテーブルが一つとその向こう側に座る瑠衣ちゃんのお父さんとお母さんの姿があった。
どうやらここは『休憩室』のようだな。
「待っていたよ祐也くん。それじゃあ早速だけど面接を始めようか」
恰幅の良い瑠衣ちゃんのお父さん。
名前は確か
柔和そうな声を部屋に響かせながら、俺にそう言って椅子を指さした。
「はい。よろしくお願いします」
俺は一つ礼をしたあとに、隆二さんの対面の椅子に座る。
そして、カバンの中から履歴書の入った封筒を取りだして隆二さんに差し出した。
「こちらが履歴書になります。書くのが初めてだったので、不備があったら言ってください」
「うん。それじゃあ受け取らせてもらうよ」
隆二さんはそう言うと、俺から封筒を受け取り中身の履歴書を取りだして記載されている内容に目を通していった。
俺がその様子を緊張しながら眺めていると、目の前に麦茶の入ったコップが差し出された。
「ふふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ、祐也くん」
そう言って微笑んでくれたのは瑠衣ちゃんのお母さんの
今年受験の娘が居るとは思えないような、若作りをしている奥さんだ。
瑠衣ちゃんと一緒に働いていると、男性客が増える。
彼女目当てのお客さんも結構いるようだ。
まぁ琴子さんは隆二さん一筋だから、何かあるわけでは全く無いけど。
うちの家庭と一緒で瑠衣ちゃんの両親も『かなり』夫婦仲が良いと聞いている。
商店街を手を繋いで歩いている姿をたまに見かけたりするからな。
俺もそんな結婚生活をしたいもんだよな。
「ありがとうございます、琴子さん」
俺は一言お礼を言ったあと、差し出された麦茶を一口飲む。
良く冷えた麦茶が喉を通ると、先程まであった緊張が少しだけ薄らいだ気がした。
すると、履歴書を読み終えた隆二さんが俺を見ながら笑顔で言ってきた。
「うん。不備なんか全くないよ。安心して欲しい。それにとても文字が綺麗だね」
「ありがとうございます。いつもより綺麗に書くようにしました。普段の文字は汚いですよ」
「あはは。雅也さんから聞いてるけど、祐也くんの場合はその『自己評価の低さ』が欠点だと僕も思うかな」
「……そうですか。自分としてはそういうつもりは無いんですけど」
「まぁ、調子に乗ってポカをするよりは全然良いよ。最近はそういう若い子も少なくないからね。こちらとしては安心出来る材料でもあるかな」
そして、隆二さんは俺に向けていくつかの質問をしてきた。
「さて、祐也くんの働く動機だけど『自分の成長のため』って書いてあるね」
「はい。陰キャでコミュ障な性格を治したいと思い、夏休みは接客業のアルバイトをしようと思っていました。そんな中で御社で人材が不足しているという話を聞いたので、アルバイトを志望しました」
「なるほどね。僕とこうして話してる感じでは、祐也くんの言う『陰キャでコミュ障』とは全く思えないんだけど?それと、瑠衣にも何度か勉強を教えてくれているみたいだよね」
「はい。瑠衣さんには何度か勉強を教えています。自分がまともに話が出来る数少ない人の一人です。自分の場合『知っている人』とのコミユニケーションは取れるのですが『知らない人』と話をするのがとても苦手なんです」
俺がそう言うと隆二さんは納得したのか、小さく首を縦に振って言葉を返した。
「そうか。接客業は正に『知らない人とコミュニケーションを取らないといけない仕事』だからね。君の成長にはうってつけだったわけだ」
「はい。ですので、最初はご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、しっかりと働いて最低限のコミユニケーション能力は直ぐにでも身につけていきたいと思っています」
俺がそう言うと、隆二さんは二つ目の質問をしてきた。
「うん。わかったよ。それじゃあ次の質問だけど、働ける時間だね。平日の五日間。九時からの八時間のフルタイム希望なんだね」
「はい。週末は予定があるので、出来れば平日働きたいと考えています。ですが、シフトの都合で週末が必要とあれば可能です」
そう言葉を返すと、隆二さんは小さく首を傾げながら聞いてきた。
「そうか。ちなみになぜ週末は休みたいのか聞いてもいいかい?」
「はい。週末は妹の結花と『デート』の予定があるからです」
「…………え?」
俺が胸を張ってそう言うと、目を点にしながら隆二さんがポカンと口を開いていた。
「えと……週末は結花とデートをする約束をしてまして、夏祭りやプールや映画に行く予定です。そのためのお金が欲しい。と言うのもアルバイトの志望理由にもなります」
「そ、そうか……兄妹仲が良いとは聞いてたけど……ここまでとは……」
「一学期は結花と過ごす時間が少なかったので、彼女に寂しい思いをさせてしまいました。ですので『妹孝行』をしたいと思っていました」
「わ、わかった。そういう事なら平日中心にシフトを組ませてもらうよ。あと、いきなりフルタイムだと大変だと思うから、最初は四時間で働いて貰うけど良いかな?」
「はい。配慮して頂きありがとうございます」
そして、隆二さんが俺に聞いておきたいことを幾つか質問され、それに俺が答える形で五分ほど話をした。
「うん。これで聞きたいことは全部かな」
「はい。了解しました」
その言葉を持って面接は終わりとなった。
隆二さんは笑顔でこちらを向きながら俺に言う。
「じゃあ祐也くん。君は合格だから、早速明日から働いてもらうけどいいかな?」
「はい。ありがとうございます。働くことも大丈夫です。何時に来れば良いですか?」
「そうだね……少しだけ教えておきたいことがあるから……八時半位にまた裏口から入って、ここで待っててくれないかな?君の制服とかも用意しておくからね」
「了解しました」
俺がそう言って頭を下げると、隆二さんの隣に座っていた琴子さんが俺に言ってきた。
「この後は、瑠衣に勉強を教えてくれるのよね?」
「はい。高校受験に向けた勉強でわからないところがある。と聞いてます。勉強は得意なので力になれると思っています」
「ふふふ。ありがとう祐也くん。後でおやつを持っていくから期待しててね」
琴子さんはお菓子作りが得意な女性だ。
この店で出てくるデザートは彼女の手作りだ。
どれもとても人気のある逸品だ。
「ありがとうございます。琴子さんのお菓子が食べられるなんて光栄です」
「瑠衣に勉強を教えてくれるお駄賃だと思ってちょうだい。それじゃあよろしくね」
「はい。瑠衣さんが高校受験に成功出来るように、微力を尽くしてしっかりと教えていきます」
こうして『合格』という形で面接を終えた俺は、椅子から立ち上がって二人に頭を下げた。
「明日から頑張って働きます。よろしくお願いします」
「うん。期待してるからね祐也くん」
「ふふふ。貴方が働いてくれるなら瑠衣も喜ぶと思うわよ」
「ありがとうございます。期待に応えられるように努力します」
そう言って俺は踵を返して歩いて行き、休憩室を後にした。
パタリと休憩室の扉を閉めたあと、俺は小さく息を吐いた。
「……はぁ。つ、疲れた」
とりあえず上手く話が出来て良かった。
二人からの最初の印象が良かったのもプラスの要因だっただろう。
瑠衣ちゃんが良く話をしてくれてたんだろうな。
「瑠衣ちゃんには感謝しないとだな……」
彼女の部屋は二階にあると言う。
女の子の部屋に入るのは少しだけ気が引けるけど、結花の友達だし、結花の部屋で何度か二人きりになることもあったし、その状況で勉強を教えたりもした。
何よりも、彼女の両親が下にいるのに変なことをするなんて有り得ない。
琴子さんもお菓子を持って来てくれると言ってるし。
「よし。今持ってもらってる良い印象を壊さないように、しっかりとした行動を取ろう」
そう心に決めた俺は、瑠衣ちゃんの部屋のある二階へと足を進めていった。
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