第三話 アルバイトをしたい理由を話したら、とんでもないことを言われた。
第三話
真剣な表情の母さん。
俺は正面の椅子に腰を下ろしたところで、母さんはリモコンのスイッチを押してテレビの電源を落とした。
大切な話をする。既にわかっていたことだったが、改めてそれを理解することが出来た。
さて、母さんから言われることは『あのこと絡み』だろうな。
そして、母さんは表情を崩さずに話を始めた。
「ねぇ、裕也。貴方がアルバイトをしたい理由は『社交性を磨きたいから』だったわね?」
「あぁ、そうだよ。母さんは否定してたけど、俺の自己評価では陰キャでコミュ障を拗らせている人間性だからね」
俺がそう言葉を返すと、母さんはもう一つ踏み込んだことを聞いてきた。
「ねぇ、裕也。『なんで社交性を磨きたい』なんて思ったのかしら?貴方がそこまでの行動をとるのには理由があるわよね?」
ははは。やっぱり聞かれたよな。
結花には聞かれなかったが、母さんはやっぱりそこを聞いてきた。
俺は内心で笑みを浮かべながら、母さんの質問に答えた。
「それはね母さん……『好きな人』が出来たんだ」
「………………え?」
俺のその言葉に、母さんは惚けたような表情で言葉を返してきた。
あはは。母さんのそんな表情は珍しいな。
そして、俺はそんな母さんに言葉を続けた。
「高校に入ってからの片思いでね。去年も同じクラスだったんだけど、接点は無かったんだ。今年も運良く同じクラスになることが出来てね。更には隣の席にもなって、学級委員も一緒にやることになったんだ」
「そ、そうなのね……随分と『運が良かった』のね」
母さんのその言葉に、俺はしっかりと首を縦に振って肯定の意志を示した。
「そうなんだ。俺はとても『運が良かった』。そう思ってる……だからここから先は運に頼ってたらダメだと思ったんだ」
そして、そのまま俺は言葉を続ける。
「アルバイトをして社交性を磨いて、陰キャでコミュ障な性格を直したい。身嗜みには気を付けてるつもりだけど、オシャレじゃないからセンスを磨きたい。筋トレはしてるけど、部活をしてないからね、男らしい身体になりたい。勉強は苦手じゃなないけど、中間テストでは二位だったんだ。万年二位とか言われてるからね。一位になりたい。全ては『惚れた女の子の隣に立つに相応しいと周りから言って貰える自分』になりたいんだ」
俺がそう言うと、母さんは少しだけ思案したあと俺に聞いてきた。
「貴方が磨きたいと言ってる部分は、どちらかと言うと『対外的な評価』の部分よね。裕也が惚れたその子は『見た目』の部分を気にする子なのかしら?」
「そうだね。どちらかといえばそう言うのは『気にしない』タイプだね。寧ろ『中身を見る』ってタイプだと思ってるよ」
軽く話した程度だけど、七瀬さんはそう言った『対外的な評価』ってのにはまるで興味が無いと思ってる。
だから俺がそういう部分を磨いたからと言って、彼女に『惚れられる』ってことはまずないと思っている。
「そう……だったら何故それを磨こうと思ってるの?」
「俺が惚れたその人は『めちゃくちゃ見た目が綺麗な女性』なんだよね。だからその人の横に立つには『周りから見ても許されるレベルの見た目』でなければならないと思ってるんだ。でなければその人に恥をかかせてしまうからね。俺はね『男を見る目が無いね』って言葉を聞かせたくないんだよね」
俺がそう言うと、母さんは小さく頷いたあと言葉を返した。
「…………わかったわ。裕也の考えてる事は理解出来たわ」
「良かったよ。まぁ聞かれると思ってたことだったからね」
すると、母さんは苦笑いを浮かべながら言ってきた。
「……私としては裕也が『本気で結花を好きになった』って線だと思ってたわ」
「……いや、それはないよ」
「そうは言っても私はそう感じたのよ。だって貴方と結花は『血が繋がって無い』のよ?」
そう。母さんの言うように、俺と結花は『義理の兄妹』だ。
俺が三歳。結花が一歳の頃に両親は再婚した。
父さんも母さんも伴侶を流行病で亡くしていた。
そこで、色々あって、同じ職場で働いていた父さんと母さんが再婚をしたって言う流れだ。
結花が覚えているかは定かでは無いけど、俺は再婚したのを覚えている。
父さんと母さんは、結花が高校生になった時に話をするって言っていた。
かく言う俺も、高校へ入学した時に話をされた。
まぁ、覚えていたから驚きはなかったどな。
「結花は俺にとって『可愛い妹』であることには変わりないよ。それ以上でも以下でもない。とても大切な存在だよ」
「でも、私の目の前で堂々とデートに誘っていたのはどうかと思ったわよ?」
「あはは。でもあぁ言わないと結花は満足しないと思ったんだよ。それに『妹孝行』をしたいって気持ちはあったからね」
俺が笑いながらそう言うと、母さんも少しだけ頬を緩めながら言葉を返した。
「ふふふ。まぁ二人で楽しく過ごすのは構わないわよ。私もお父さんと『旅行』に行く予定だもの」
「あぁ言ってたね。一週間だったよね?」
サービス業の父さんだが、夏休みとして一週間の休みを貰えたらしい。
その期間を使って、夫婦で旅行に行く計画を立ててるそうだ。
俺と結花は着いて行かないことになっている。
たまには夫婦水入らずで旅行をして欲しいと思ったからだ。
「お盆が終わった辺りね。その間は結花と二人で暮らして貰うことになるわね」
「大丈夫だよ。俺も結花も家事は苦手じゃないからね」
俺がそう言葉を返すと、母さんは神妙な表情を浮かべてポケットに手を入れた。
「……そうよ。裕也に大切なものを渡すのを忘れていたわ」
「……な、なんだよ母さん。気になるじゃん」
俺がそう言うと、母さんはテーブルの上に『小さな箱』を置いた。
『0.01mm 極薄の快感を二人で』
……避妊具だった。
「……待ってくれ。なんでこんなものが出てくるんだよ」
「万が一のためよ。私たちが不在の一週間に『一線を越えた行為』をしたとしても、避妊はしなさい」
「しないから!!」
「避妊をしないってこと!?生で中出しは許さないわよ!!??」
「ちっげぇよ!!バカじゃねぇのか!!??そう言う行為自体しないって意味だよ!!」
「……わからないじゃない。結花は私に似てめちゃくちゃ可愛い女の子よ。最近では胸も膨らんできてますます魅力的になってきてるわ。そんな女の子が貴方に好意を寄せてきてるのよ?理性の糸が切れてもおかしくないわ」
「……それでも結花は俺にとっては『妹』だよ」
俺がそう答えるものの、母さんは全く納得してくれていなかった。
はぁ……受け取るしかないか。
「……わかったよ。これは受け取るよ」
「……これで安心よ。私はまだおばあちゃんにはなりたくないもの」
「……なるとしても、子供が出来るのは結花じゃねぇよ」
まぁ……そんな行為をする予定なんて微塵も無いけど。
俺はテーブルの上にある避妊具をポケットにしまい込んだ。
そして、椅子から立ち上がって母さんに言う。
「じゃあ俺は自室に戻るよ。話はこれで終わりか?」
「ええ、終わりよ。アルバイトの件は私の方からもお父さんに話をしておくわ」
「あぁ、ありがとう。そうしてくれると助かるよ」
こうして、俺は母さんとの話を終えて、自室へと戻って行った。
「……つ、疲れた」
自室のベッドに身体を投げ出した俺は、枕に顔を押し当てて息を吐いた。
ポケットの中には避妊具が入っている。
使う予定なんか全く無いが、ベッドの上にある小さな引き出しの中にそれを入れて置いた。
「とりあえず、アルバイトの許可は取れそうだし、この夏休みは『自分磨き』に当てることが出来そうだな」
夏休みが終わった時、あの七瀬美琴の隣に立つに相応しいレベルになれるように頑張ろう。
そう心に決めて、俺は母さんとの会話の疲れを取るために昼寝をしようと、意識を夢の中へと移して行った。
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