第36話

 

「なるほどね。人間って80歳くらいで死んじゃうのか。なら、前に街に行った時は、70年くらい前だから、私を追い掛けてた殆どの人間は死んでるって訳ね!」


 なんか、チンカーヘルは、とても安心してるようにみえる。

 確かに、物を盗んだお店の人が20歳ぐらいだったら、今生きてても90歳だから、殆ど死んでいるだろう。


「お前、もう追い掛けられないからって、俺達を置いて街に行くなよ!」


 俺は、釘をさしておく。自由過ぎるチンカーヘルなら、俺たちを置いて人間の街に行くのは十分考えられるし。


「行かなわよ! 今の私は、人間の街なんかより、アンタに興味があるんだから!

 知ってる?妖精って、興味があるものに執着する習性があるんだよ。

 今の私の目標は、アンタを私に惚れさせる事!

 そして、黒龍から私を救ってもらうんだ!」


 なんかまだ、チンカーヘルは、おかしな妄想をしてるようだ。

 まあ、俺が強くなる手助けしてくれるなら何だっていいんだけど。


「で、俺はどうやったら強くなれるんだよ!」


 俺は直球で質問する。チンカーヘルは、俺を初めて見た時も、俺が真面目に修行したら黒龍に匹敵する強さになると言い切っていた。魔力が伸びて実体化する前にだ。


「実を言うと、アンタ見たいな奴、昔に見た事あるのよね。異常に魔力操作が上手い奴。そいつは手足のように魔力を操っていた。今のアンタのようにね!」


「俺のように魔力を扱えた奴がいたのかよ!」


「ええ。今のアンタよりもっと凄いわよ!手足を何本も出してたんだから!

 但し、魔力量はアンタの方が上だから、そいつより、確実にアンタの方が強くなる筈!」


 チンカーヘルは力説する。


「取り敢えず、魔力の手を増やす修行をすればいいのか?」


「そうね!それから魔力の質を上げる訓練。今のアンタの魔力の質では、決して黒龍の鱗を貫けないからね!」


「ああ。それは身をもって知ってる」


 俺は、その日から魔力の手を増やす訓練を始める。

 しかし、これが中々難しい。

 今迄は、実際ある手を、ただ伸ばす感じでやってただけなのだが、何もない背中なんかから魔力の手を伸ばそうとしても、イメージが中々湧かないのだ。


「もっと、自分の手や腕の動き。魔力の手を観察してみたら?」


 見かねて、チンカーヘルが助言をくれる。

 なんやかんや言っても、俺の事をよく見ているようである。

 多分、人を見る目だけは確かなのだろう。


「成程、手のイメージを頭に植え付けろって意味だな!」


 俺は、それから、自分の手の観察を始める。細かい筋肉の動きや、色々動かして皮膚の中にある骨の動きなんかを観察する。


 今迄気付かなかったが、よく観察すると肘から下の前腕には、骨が二本ある事に気付いた。

 この二本の骨のお陰で手首が自由に動くのかもしれない。


 それから、手首もよく観察すると、複雑な小さな骨がたくさんある事にも気付く。

 そして、肩甲骨やら、指の骨やら、筋肉の筋なんかを観察してイメージしていくと、なんとか3本目の魔力の腕を出す事ができるようになった。


 そこからは試行錯誤。思いどうりに動くように色々、筋肉や骨の形を変えていって、実際の自分の腕より、自由自在に動かせるようになった。


 3本目の魔力の腕が、自由自在に動かせるようになってからは、実践。

 どうしても、練習と実践では違うからね。


 魔物を倒しまくり、3本目の魔力の手も実践で自由に使えるようにして行く。

 実際、今まで無かったものだから、意識しないと上手く使えないのである。


 そして、3本目の魔力の手も、実践で自由に使えるようになった頃。


「もうそろそろね! 魔力の手を4本に増やすわよ!」


 チンカーヘルが、的確なタイミングで指示を出してくる。


「イエッサー師匠!」


 俺は、チンカーヘルの修行で強くなっていってるのが実感出来てるので、チンカーヘルを敬意を持って師匠と呼ぶようになっている。


「師匠ちゃうわ! 私にはプリティーなチンカーヘルって名前があるの!

 アンタは、私の事をちゃんとチンカーヘルちゃんって、呼びなさいよ!

 私が黒龍から助け出された時、どう考えても、王子様から師匠って呼ばれるのは変だから!

 そして、分かってるとは思うけど、私はアンタのお姫様になるんだからね!」


 なんか、チンカーヘルがブツブツ言ってるが無視。

 やはり、師から教えを乞う弟子は、敬意を持って師匠と呼ぶべきなのだ。

 まあ、弟子としては、魔王役の黒龍からチンカーヘル姫を救う王子様役をやらなきゃならない気もするが、そんなお遊びに俺は付き合ってやる暇も、時間もないのである。


 俺は、本当は今すぐにでもエリーを助けに行きたいのだ。

 それをグッと我慢して、もう3ヶ月間も、黒龍を倒すだけの強さを身につける為の修行をしているのだ。


 そして、修行が続き、8本目の魔力の手が自由に使えるようになった頃。


「もう魔力の手は増やさなくていいわ。次は魔力の質を上げる修行に取り掛かるわよ!」


 俺の黒龍を倒す為の修行は、次の段階に進んだ。

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