第33話
俺は、襲いかかる魔物の群れを倒しながら、黒龍の住処である山に向かう。
初めて通った時は分からなかったが、やはりアビス山脈は、大量の魔物が蔓延る魔境。
倒しても、倒しても、湯水のように魔物が襲いかかってくる。
「アンタ、メチャクチャ強いわね」
チンカーヘルが、俺を見て感心してる。
「ああ。この程度じゃ、黒龍を倒せないけどな」
「アンタ、黒龍に挑むつもり?悪い事言わないから、止めた方がいいわよ!
黒龍は、本当に強さの次元が違うんだから!」
「分かってる」
俺は、一度戦ってるから、身をもって分かってる。だけどエリーを助け出す為には、何としても倒さなければならないのだ。
「分かってんなら、やめときなさいな。本当に黒龍は強いんだから、何度も色んな国の軍隊を消滅させてきてるし、勇者パーティーでさえ敵わなかったんだからね!」
その言葉を、前に挑む時に聞いときたかった。
国の軍隊や勇者でさえ敵わないと知ってたら、何の準備もせずに特攻など仕掛けなかったし。
「だけども、俺は黒龍を倒して、フローレンス帝国に行かないといけないんだ!」
「フローレンス帝国に行きたいんなら、アビスの割れ目から行けばいいんじゃない?
黒龍方面からは、トットガルト王国にしか着かないわよ?」
「嘘だろ……」
俺は、思ってもみなかった、まさかの事実に衝撃を受ける。
「アンタ、まさかそんな事も知らずに、黒龍に挑もうとしてたの?
私はてっきり、フローレンス帝国が経営するヤヌー牧場から、自由を求めて逃げて来たと思ってたんだけど……」
「俺は、フローレンス帝国に連れてかれたエリーを助けに行くつもりだったんだよ!」
「エリーも、ヤヌー?」
チンカーヘルが、当たり前のことを聞いてきた。もしかして、チンカーヘルもヤヌーを差別してるのか?
「そうだ! ヤヌーで悪いか!」
「ヤヌーなら、アンタがエリーを買えば良かったんじゃない? アンタの服装、どう考えてもフローレンス帝国の貴族の子息かなんかでしょ?
私は、てっきり、そのヤヌーの子と自由な愛を求めて、トットガルト王国に亡命しようとしてると思ってたのだけど」
「マリエは、エリーの妹で、ただ俺に着いて来ただけだ!」
「だったら、ヤヌー牧場に引き返した方がいいんじゃない?
フローレンス帝国とトットガルト王国は、敵対国で国交はないわよ」
「嘘だろ?」
「嘘じゃないわよ!」
「もしかして、トットガルト王国から、フローレンス帝国に行けないのか?」
「違う国を経由すれば可能だとは思うけれど、どう考えてもアビスの割れ目からフローレンス帝国に行くのが正解ね」
「それが出来てたら、黒龍なんかに挑まねーよ! 俺は、すぐにアビス山脈から脱出して、エリーを助けに行かなきゃいけないんだ!」
「アンタ、自殺志願者?」
「違う! 俺はただエリーを助け出したいだけだ!」
俺は、正直な俺の気持ちを吐き出す。
そう、俺は嘘偽りなく、その気持ちだけで行動してるのだから。
「ふ~ん……真実の愛ってやつね。面白そうだから私も着いて行く!
私も、人間の国に久しぶりに行きたかった所なの!」
「勝手にしやがれ!」
こうして、再び、チンカーヘルと旅を共にする事となったのだった。
それにしても、まさか黒龍を倒して、アビス山脈を脱出できたとしても、そこがフローレンス帝国じゃないとは思わなかった。
しかも、他国で、フローレンス帝国と敵対国。
しかしながら、チンカーヘルは、俺とマリエが自由を求めてトットガルト王国に亡命しようとしてたと勘違いしてたようだ。
前回、会った時も、多分、そのように思っていたのであろう。
でもしかし、わざわざヤヌーを連れて亡命するという事は、それは即ち、トットガルト王国ではヤヌーは差別されてない事を意味すると思われる。
ならば、エリーを見事助けた出した後、本当にトットガルト王国に亡命しても良いかもしれない。
黒龍を倒した先の国が、フローレンス帝国じゃないと聞いて、愕然としてしまったが、よくよく考えたら、エリーを助け出した後の希望が出来た。
俺は、エリーを助けだしたら、トットガルト王国に亡命する!
そして、トットガルト王国でエリーと結婚して、甘い新婚生活を送っちゃうのだ!
目標が出て来たら、俄然ヤル気が出てきた。俺は、調子に乗って次々に魔物を倒していく。ゲームのようにステータスが出てきて、レベルアップしてるか分かんないけど、着実に強くなってるのは分かる。
だって、魔物を倒すパンチが伸びてるのだ。て……パンチ伸びてる?!
「えっ!嘘でしょ?!」
俺がパンチすると、腕に纏っていた魔力がそのまま伸びて、遠くにいた魔物を吹っ飛ばしていたのだ。
しかも、俺の魔力は、俺と同じく、拳を握った形をしている。
試しに、手を開いてみると、遠くに伸びている魔力の拳の手も開く。
これってもしや……
俺は魔力の拳で倒した魔物を、そのまま魔力で出来た手で握ってみる。
「持てちゃった……」
俺は、3メートルはあろう、多分、ミノタウロスと思われる巨大な魔物を、魔力で出来た手で持ち上げていたのだ。
「タカシ兄! あの魔物、宙に浮いてるよ!」
俺の魔力の手が見えてないマリエが、ビックリ仰天驚いている。
「ウン。私の見立て通りにね! アンタの無駄な魔力と、魔力制御力なら絶対に出来ると思ってたのよね!」
なんか、チンカーヘルが、全てを悟ってたようや顔をして、物知り顔で語ってるし。
というか、チンカーヘルは、俺の魔力を見えている?
「これ、俺の魔力が見えない奴にとっては、何が起こってるのか全く分からないよな……所謂、これがサイコキネシス?」
俺は、魔法じゃなくて、まさかのサイコキネシスが使えるようになってしまった。
これからは、エスパータカシと呼ばれてしまうかもしれない。
魔法が存在する、この世界でエスパーが居るか知らないけど。
「これでやっと、黒龍に対抗する術が出来たわね!」
チンカーヘルが、したり顔で語ってくる。
というか、チンカーヘルは、本当に、俺がサイコキネシスが使えるようになると分かってたのか?
確かに前回も、チンカーヘルは、修行したら俺でも黒龍を倒せるようになるかもしれないと言ってたし。
前回、黒龍と戦った時は、どうやって、空を飛んでる黒龍を倒せるんだよ?
とか思ってたが、チンカーヘルは、俺がサイコキネシスを使えるようになると、最初から気付いていたのだ。
もしかして、チンカーヘルって、凄い奴だったのか?
黒龍すり抜けて、人間の街に行った事があったと言ってたし、どうやら、本当に実力があって、黒龍をすり抜けて人間の街に行っていたのだ。
どう考えても、自分勝手なアホ妖精にしか見えなかったのに……
俺は、見た目で人を判断するのは、良くない事だと猛省した。
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