第31話
「じゃあ、行くか」
「私は、どこまでタカシ兄に着いて行くよ! そして、エリーお姉ちゃんに会いに行くんだ」
マリエは、近場の公園にピクニックにでも行くような感じで話す。
「アンタと、この子の温度差って、一体、何? エリーて子、悪い貴族に手篭めにされてたんじゃなかったの?」
チンカーヘルが、マリエの言葉を聞いて首を捻っている。
まあ、マリエって、まだヤヌー牧場の洗脳教育から抜けきっていないからね。
俺がエリーを助けに行くと行っても、本当に、エリーがマイクの奴隷になってるって信じていないのだ。
タイガー君も、まだ生きてると思ってるみたいだし。
一々説明して、否定されるのも面倒だから、洗脳されたままにしているのだ。
そして、俺は、いつものように武器も何も持たずに、黒龍に挑む。
俺の武器は、俺が纏う魔力だけ。
それだけで、俺はここまでやって来たのである。
そして、マリエはまるでピクニックにでも行くかのように、俺の後を嬉しそうに着いてくるのだ。
多分、マリエは、絶対的強者である、龍という存在を全く分かっていないのであろう。
だって、ヤヌー牧場では、龍とか習わないし。
何度も言うが、ヤヌー牧場で習うのは歴史と道徳と保険体育だけ。
しかも、フローレンス帝国に都合が良いように教育されている。
「まあ、マリエはこれでいいんだよ!」
俺は、チンカーヘルに答える。
とてもじゃないが、マリエに、エリーが酷い目にあってるとは言えない。
言葉では何度も言ってるが、マリエは全く信じてないし、それを正す事もしない。
マリエ自身は、サルーの神父によって改竄された記憶を信じてるし、自分の記憶が正しいと思うのは自然の事。
俺の事は、ただエリーが居なくなって、寂しくなって、無理して会いに行こうと思ってるんだな。ぐらいにしか思ってないのだ。
逆に、ここまでスムーズにこれてしまったので、マリエは、全く緊張感がなくなってしまってるのが心配である。
俺達は、ただひたすら黒龍の住処という山を登っている。
というか、剣山みたいな切り立った山の中に1本道が有り、そこしか人は通れないのだ。
アビス山脈から出るには、そのルートしか無いと言える。
唯一、それ以外のルートは、アビスの割れ目からのショートカット。
そっちの道は、フローレンス帝国が管理してるから、俺達は通れない。
ヤヌー牧場は、本当に箱庭のような所に有るのだ。
「タカシ兄、なんか暗くなってきてない?」
マリエが、少し不安になって来たのか話し掛けてきた。
「ああ。暗いな」
バリバリバリバリッ! ドゴゴゴゴゴゴゴゴーーン!!
突然、雨も降ってないのに、轟音と共に雷がすぐ近くに落ちた。
「何、今の!」
雷を見た事無かったのか、マリエが飛び跳ねて驚いている。
というか、こんな近くに雷が落ちたとこ見た事ないので、俺もマリエ以上に驚いていたりする。
「心臓止まるかと思った……」
「何、アンタ達ビビってんのよ! 黒龍がもうすぐ近くに居るんだから、当たり前じゃない!
黒龍は、天候を操る事ができる天災級の神獣なのよ!」
まさか、黒龍が天気を操るなんて、思ってもみなかった。
天気操るって、もう何でも有りじゃん。光の速さで落ちてくる雷に対処なんか出来る筈がない。
「というか、雷に当たったら死ぬんじゃないのか?」
俺は、雷の対処法なんて思いつかないし、感電死したくない。
「そりゃあ、死ぬわね。だけど、アンタの魔力でガードすればいいじゃない?」
「そんな事出来るのか?」
「出来るでしょ! アンタが使ってる魔力って、身体強化系でしょ?
しかも見てると、結構器用に魔力の質を変質させてるから、雷が通らないように魔力を変質させればいいだけよ!
因みに、私は光の妖精だから、雷に耐性があるのよね!」
何故か、チンカーヘルが、鼻高々にエッヘンとする。
「まあ、お前って懐中電灯代わりだからな。電気に耐性があってもおかしくないな」
「何? 懐中電灯って、もしかして、私ディスられてる?」
どうやら、この世界には、懐中電灯が無かったようだ。
まあ、魔法が発達してる世界みたいだから、電気の需要など全く無いのかもしれない。
取り敢えず、俺は、雷が通らないイメージで、魔力を練り、マリエも守るように包み込む事にした。
そして、険しい1本道を歩いて行くと、少し開けた所に到着し、そこに黒龍が俺達を睨みつけていたのだった。
「アレが黒龍……」
10メートルは有ろうか巨大な体躯。
姿は、西洋のドラゴンではなく、東洋の蛇のような龍のそれ。
漆黒の鱗に、全てを見透かしそうな金色の目。
その圧倒的な存在感と威厳に、俺は思わず息を飲む。
「どう? 黒龍凄いでしょ!」
何故か、チンカーヘルが偉そうに言う。
「コイツを、俺達が倒さないといけないのか……」
俺は、最早、絶望しかない。こんなデカい生物を倒せるとか、微塵も想像できないのだ。
「そうよ! アンタが黒龍を倒して、そして、私と一緒に人間の街に行くのよ!」
「無理だろ……」
俺は、正直に言う。体を奮い立たせて戦うとか、そういう次元じゃないのだ。
そもそも、空に浮いてる黒龍と、どうやって戦えば良いというんだろう。絶望しか感じない。
「だから、何度も無理だと言ってたでしょ!たくさん魔物を倒して、レベルアップしてからじゃないと、絶対に黒龍なんか倒せないんだからね!
今迄も、人間の軍隊やら勇者やらが、黒龍に挑んで、みんな負けちゃってるしね!」
ここで、まさかの情報。それを最初から教えてくれよ!
「今、それ言うか?軍隊や勇者さえ倒せなかった黒龍を、俺が倒せる訳ないじゃねーかよ!」
俺は、もう開き直るしかない。
というか、今から逃げれるかどうかしか考えられない。
「だから、無理って、私は何度も言ってたからね!」
「俺も、軍隊や勇者でも倒せないと知ってたら、ここまで来なかったって!」
俺は頭に来て、チンカーヘルに言い返す。
「何なの、アンタ? アンタが、勝手に過信して来たんでしょ!
それに、アンタが好きだというエリーって子への気持ちは、所詮、そんな程度だったって事?
ちょっとくらい黒龍が、恐ろしかったからって簡単に諦めるって……見損なったわよ!
そんな軽い気持ちで、黒龍に挑もうとしてたなんて、本当に、ちゃんちゃらおかしいわね!」
チンカーヘルが、言いたい事を言ってくる。
俺のエリーへの気持ちが、黒龍の恐ろしさに劣るだと……
そんな訳有るかよ!
エリーは、俺の全て! 俺はエリーの為なら、命を落とす覚悟だってあるんだよ!
俺の気持ちも知らないで……糞ーー!!
「よく聞け! クソ虫! 俺のエリーへの気持ちは、黒龍なんかには負けやしないんだよ!」
俺は、思わず言い返す。
「クソ虫ちゃうわ! そんな悪口言う元気あるなら、黒龍にパンチの一つでもお見舞いしてやれての!」
チンカーヘルも、言い返してくる。
「ああ! やってやるから、黙って見てろよ!」
「屁理屈言ってないで、とっとと戦いなさいな!
私1人だけで、人間の国に行っても、また人間に追い掛けられるだけだし、寂しいのよ!」
なんか、チンカーヘルは、やはり1人っきりで、人間の街に行くのが寂しいだけのようだ。
まあ、そりゃあ、泥棒すれば人間に追い掛けられるのは当然だろ?
でも、ここまで言われたらヤルしかない。
俺は、愛するエリーを助けだす為に、そして俺自身の為にも、絶対に黒龍を倒し、エリーを助け出さないといけないのだ!
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