第23話 神父の提案

 

 ヤヌーの神父から提案されたプランは、こうだ。


 明日、臨時に、ヤヌー国じゃなくて、ヤヌー牧場に設置してある魔力を阻害する魔道具の点検をしてくれるとの事、そして、一瞬だけ魔道具をオフにするから、その内に、ヤヌー牧場から脱出すればいいというプランである。


 だけれども、それじゃあ、サルーの神父は、フローレンス帝国への背信行為と認定されて、頭が爆発しそうな気がするが、それも大丈夫との事。

 俺が、ヤヌー牧場から出るのは、アビスの割れ目からではなく、盆地であるヤヌー牧場を覆ってる山脈側から。

 基本、ヤヌー牧場を覆うアビス山脈って、危険な魔物の生息地で、誰も山越えなど出来ないと思われてるのだ。


 山脈側から、ヤヌー牧場を抜け出す事は、そもそも死を意味するので、サルーの神父も、俺をわざとヤヌー牧場から逃がしたとは判定されないらしい。


 俺は、サルーの神父が、たまたま紙に書いてた、明日、結界の魔道具が一瞬、解除される時間を、たまたま記憶しただけだしね。


 ん?普通に結界が解除されるなら、アビスの割れ目から出ればいいんじゃないのかって?

 神父の話によると、アビスの割れ目は、フローレンス帝国によって管理されており、フローレンス帝国側からしか開けられないらしい。


 まあ、普通に考えればそうだよね。

 フローレンス帝国は、ヤヌー牧場で愛玩奴隷のヤヌーを飼育してる訳で、逃がさないように、外から鍵を閉めるのは普通の事だし。


 そんな訳で、明日の朝9:00に作戦決行する事となったのだが、俺は不安でしょうがない。


 だって、俺って攻撃力皆無だし、どうやって、アビス山脈に居る魔物を倒せばいいか分かんないし……


 だけれども、サルーの神父は、俺なら大丈夫だからの一点ばり。

 本当に、どこから俺への信頼が来るのだか?


 まあ、サルーの神父の話だと、俺が使えるという魔法は、本当にトンデモないレベルで、アビス山脈に巣食う魔物など、余裕で倒せる筈だからと言うんだよね……


 俺、この体の記憶が無いから、本当に魔法使えるか分かんないから、サルーの神父の言う事を信じるしかないのだけど、そもそもが、本当にこの世界に魔法が有るのか分からないんだよね。

 皮が捲れて血だらけだった拳は治ってたけど、俺が実際に見た訳じゃないし。


 兎に角、魔物は俺の魔法で何とかなると仮定して、アビス山脈の山越え自体の方が大変だと思うのだけど。

 絶対に、サルーの神父は山を舐めている。


 だって、今迄、誰一人として、アビス山脈を割れ目以外から、アビス山脈を越えた者が居ないという話なのに、何故、俺が越えれると断言出来る?


 多分、魔物に対処出来たとしても、山を越えるのが普通に大変だと思えるし……

 サルーの神父は、そもそも山を登った事が有るのか?


 なので、俺は山越えの準備がしたいのだが、このヤヌー牧場って、そもそも物がないんだよね……


 武器になりそうな包丁とか、盾代わりに使えそうなフライパンとか、そもそもヤヌーは料理しないので、家に置いてさえも居ない。


 ヤヌーが料理しないのは、抜群のプロポーションを保つ為の健康管理の為だと思ってたけど、もしかして反乱が起きた時の為を考えて、武器になるような物は、ヤヌー牧場に一切置いてないのかもしれない。


 だって、家にあるものって、ベッドと風呂と机と椅子とソファーとタンスしかないからね。唯一、武器になりそうな木製のナイフやフォークやスプーンも、ご飯を食べた後、食事が入ってたボックスに仕舞わなければならないルールだし。


 俺は、仕方がないので、タンスに入ってたマリエの布(基本、ヤヌーの女性は、布で胸と下半身を隠すだけの服装)を使って、上手い具合に、肩掛け鞄を作り、その中にマリエの布を何個か入れて置いた。

 それで、怪我した場合とか、包帯代わりにするつもりだ。


 食事は、明日の朝食を多めに出してくれると、サルーの神父が言ってたので、それを信じるしかない。


 そうこうしてると、学校が終わったのか、マリエが帰ってくる。


「エッ! どうしちゃったの? まさか、家出?!」


 マリエは、俺が肩がけ鞄とか作っちゃってるから慌て出す。


「違う!」


「そんな……ただ、白バナナが立たなかったぐらいで、タカシ兄は落ち込まなくていいんだよ。

 私が、これから毎日、お風呂で泡踊りして、徐々に立つように、手取り足取り手伝っててあげるからね!」


「本当に、違うからな! ただエリーを助けに、アビス山脈越えをする準備してるだけだから!」


 勘違い甚だしい、マリエの間違いを正しておく。俺は、これ以上、情けないお兄ちゃんと思われたくないのである。


「エッ?! 本当に行くの? エリーお姉ちゃん、数年待ってれば、サルーになって帰ってくるんだよ?」


 記憶を改竄されてる、マリエは数年後にはエリーが帰ってくると、本気に思ってるようだ。


「俺は、直ぐにでもエリーに会いたいんだ! 1分1秒も無駄に出来ん!」


「どんだけエリお姉ちゃん、愛されてるの!

 だけど、どうやって? 山脈越えるにしても、結界は破れないよね?」


 マリエが、疑問を口にする。


「さっき、サルーの神父の所で、明日の9時に、結界の魔道具のメンテナンスの為、結界が少しの間だけ停止すると書いた紙を見た」


「エッ?エッ?エッ? だけど、結界の外には、凶悪な魔物がウジャウジャ居るって、授業で習ったよ!」


「多分、それも大丈夫だ。 俺も、どうやらハイブリッドサルーに至ったみたいだから、サルーみたいに奇跡の力が使えるらしい」


「嘘?!」


 マリエが、ビックリ仰天、驚いている。

 まあ、奇跡の力というか、魔法はサルーしか使えないと思われてるから当然か。


「本当だ。サルーの神父が言ってたから間違いない」


「なるほど、サルーの神父が言ってたなら間違いないね!」


 どんだけ、ヤヌーにとってサルーは絶対の存在なのだ?

 サルーへの信頼が半端ない。

 サルーは、ヤヌーを導く、学校の先生やら神父やらをやってて、サルー牧場の管理者だと言えるので、当然と言えば当然かもしれない。


 まあ、サルーが、ヤヌーをそういうふうに洗脳してるだけとも言えるけど。


「じゃあ、私も、サヌーの頂点であるハイブリッドサヌーになった、タカシ兄に着いて行く!

 だって、ハイブリッドサルーなら、絶対に、私達ヤヌーを正しい道に導いてくれる筈だし!」


 なんかよく分からんが、サルーに絶対的な信頼を置くマリエが、俺に着いて行くと言い出した。


 それにしても、ハイブリッドサルーが、サルーの頂点だったとは、俺も驚きだ。

 本当に、ハイブリッドサルーが存在してるとは思わなかったし。

 ただ、ハイブリッドサルーって響きが凄そうだから、マリエが勝手に、勘違いしてるとも言えるけど。


 まあ、だけれども、俺が本当に、サルーの頂点であるハイブリッドサルーならば、ヤヌーとしては当然の選択で、マリエの選択は、全く間違っていなかったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る