第20話 14日目別れ

 

 いつもの日曜の風景。

 ヤヌーが、教会で礼拝をする日。


 アビス教の神父の有難い言葉を聞き、ヤヌーの神に祈りを捧げた後、前に見た時と同じように、今日、アビス山の麓にある割れ目から、違う世界に旅立つ者達が紹介される。


 人数は5人。その中には、一際美しく見えるエリーの姿もある。


 まだ、近づけば手が届くところに居るので、一言でもエリーと話したい衝動に駆られるのだが、もう、喋る事は許されない。


 俺は、少し離れたところから、今から行われる儀式を眺める事しかできないのだ。


「お姉ちゃん、綺麗だね」


 マリエが、ポツリと呟く。


「ああ。一番綺麗だな。というか、エリーが世界で一番綺麗だ……」


 俺は、思った事をそのまま口にする。


「なんなの?それは惚気? 私もエリーお姉ちゃんと、そっくり姉妹と言われてるから、私も言うなれば、世界で一番綺麗だって事になるよね」


「ああ。世界で二番目にな……」


「私は、タカシお兄ちゃんの一番になれないの?」


「うん。なれない。マリエは、俺の中で妹。だけど、世の中の数いる妹の中では、間違いなく一番の俺の妹だな……」


「それ、少し嬉しい気もするけど、全く嬉しくないよ」


「そうか?」


「だって、絶対に、タカシ兄の、お嫁さんになれないって事でしょ?」


「だな……」


 なんか、マリエがプンスカ怒ってるけど、今は、マリエの相手をする暇などない。

 俺は、一分一秒も時間を無駄にしたくないのだ。

 俺のこの目に、エリーの晴れ舞台の綺麗な姿をインプットする為に、またたきせずに、目が痛いのを我慢して、エリーの事を見ているから。


 誰が何と言おうと、エリーを越える女など、この世に存在しないのだ。


 そして、日曜日の礼拝が滞りなく終わると、そのまま16歳になったヤヌー達は、アビス山の割れ目に、歩いて向かう事となる。

 俺やマリエのように、お別れがしたい者達は、そのまま付いて行く流れだ。


 16歳になったヤヌー達は、神父と、教会で働いてるサルー数人に守られるように囲われて、アビス山の麓にある割れ目にゆっくりと歩いて行く。


 俺達は、その一団から8メートルぐらい離れて着いて行く感じだ。

 エリーは友達が多い方なので、先週の儀式の時より、人が多く感じられる。


 もう、今からすすり泣く声やら聞こえてくるが、俺は、目をパッチリ開けてそれどころじゃない。

 号泣するのは簡単なのだ。ただ、悲しみのままに、泣いてしまえば良いだけだから。


 だけれども、俺は、最後までエリーの姿を見届けたいのだ。そして、脳みそにエリーの姿を焼き付けて、脳内アルバムを作るのだ。いつでもエリーの事を思い出せるように。


 ん?エリーをオカズにする為に、脳内アルバムを必死に作ってるんじゃないのかって?


 そうだよ!オカズにだってするさ。

 俺は、エリーの事が大好きなんだから、シコシコして、自分を慰めたいんだよ!

 まだ、精通もしてないお子様だから、シコシコしても何も出ないけど。


 だけど、精通したならば、そりゃあ猿のようにシコシコしてやるつもりだ。文句あるなら言ってみろ!俺は、自信を持ってシコシコしてやる。誰に何を言われようとも。


 そして、エリーを迎えに行くその日までに、俺の帽子を被ったヒョロ長い白バナナを、俺の右手の摩擦力で鍛えあげ、皮が剥けたゴッツいチョコバナナに育てあげるのが、現在の俺の目標。


 そして、久しぶりに会ったエリーに、『凄い!物凄く大人になったね!』て、驚かせたいのだ。


 それぐらいして、何が悪い?

 俺は、ちょっとでも、成長した俺を、エリーに見せたいのである。

 優しいエリーなら、必ず『毎日、よく頑張ったね! 偉いよタカシ』って、ニッコリ笑って褒めてくれる筈なんだ……


 俺は、そんな、人からしたらアホみたいな妄想をして、泣いてしまいそうなのを必死に我慢する……


 そして、乾燥して真っ赤になった目を必死に見開いて、エリーだけを目で追いかけ続けてたら、ついに、儀式が行われるアビス山の麓の割れ目に到着してしまったのだ……


 アビス山の割れ目は、結界に覆われていて、銀の首輪を付けたサルーと、多分、結界を素通り出来る魔術具か何かであろう、銀の指輪を付けた16歳になったヤヌーだけしか、結界の中に入れないようになっている。

 そして、俺達はというと、結界の外で、儀式を見守る事しか出来ない。


 そうして、厳粛なる儀式が始まったのだが、そいつらは、割れ目の傍にある大きな岩の影から、突然現れたのだ。


 そう。既に、外の世界に帰ったと、サルーの先生から伝えられていたマイク・ベッケンバウアーと、タイガー君の元彼女、それから、マイクがはべらせていた俺のクラスメイトで、ヤヌーの黒ギャルの2人を。


「な……何で、マイクの野郎が、まだここに居るんだよ。

 もう、国に帰ってた筈じゃなかったのかよ?!」


 俺は、驚き過ぎて、思わず叫んでしまう。


 そして、叫んだ俺に気付いたマイクが、俺の存在に気付いて、俺の元までやって来る。勿論、決して、結界の外には出て来ない。


「ハッハッハッハッハッ! 相変わらず、馬鹿面だな! お前、計画通りにサルーに騙されて、俺が、もう既に、フローレンス帝国に帰ったと思ってたのだろ?

 残念ながら、割れ目が開くのは日曜日だけなんだよ! タカシ、まんまと騙されたな!」


 マイクは、したり顔で説明してくる。

 俺を騙せて、ご満悦の様子。顔を殴られた恨みを少しでも晴らせて嬉しいのかもしれない。


「何で、サルーの先生が俺を騙すんだよ……サルーって、徳を極めたヤヌーだけが成れる、特別な存在じゃなかったのかよ……」


「お前、まだ、ヤヌーごっこやってたのかよ?

 サルーなんて、ただの奴隷だろ?

 そんなのご主人様である帝国貴族の言う事を聞くに決まってるじゃねーか!

 そして、ここのサルーは、フローレンス帝国が管理してるサルー共だから、より地位の高い貴族の言う事を聞くんだよ!

 俺は公爵様の子息で、お前は、俺より身分の低い、ただの侯爵の子息だからな!」


「何、言ってんだ?サルーが奴隷?サルーは、徳を極めたスーパーヤヌーだろ?」


 マイクが、ずっと意味不明な事を言ってくる。


「お前、本気で言ってるのか?本当に噂通りのヤバい奴だな。確か、お前って、何かのパーティーで、サルーをからかってた貴族子息数人を魔法でぶっ飛ばして、半殺しにしたんだよな?

 それ以外でも、何人もの帝国貴族を、片っ端から、その巨大過ぎるお前の魔法の力を使って、気に食わない事がある度に私刑にしてたらしいじゃねぇーか!」


「魔法? 俺がか?」


「本当に、何すっとぼけてるんだ? お前は、その生まれもった巨大過ぎる魔力に物を言わせて、今迄、好き放題、我儘し放題で生きてきたんだろうがよ!」


「俺が、魔法を使える訳ないだろ? それから巨大過ぎる魔力って……生まれてこの方、魔力なんか1ミリも感じたことないぞ?」


 実際、今、使えないものを使えると言われても、使えないものは使えないので、俺は、マイクの言葉に困惑するしかない。


「しらばっくれるなよ!そして、お前が、異常な程にサルーが大好きな、サルー偏愛主義者だとは噂に聞いてたが、本当に、ヤヌー牧場に親の力を使って無理矢理訪れて、まさか、ヤヌーになり切って牧歌的生活してるとは、俺は、本気に正気を失ったぜ……」


 本当に、意味が全く分からない。マイクが言ってる意味も、何もかもが。

 ヤヌー国で習った、国の歴史やら、ヤヌーが誇り高き民族だという話は、みんな嘘出鱈目だったのか?


 それから、サルーが奴隷? ヤヌー牧場? 俺が魔法を使える?

 一度に、想像もつかない情報が入って来て、頭がパンクしそうになってくる。


 本当に、何がなんだか分からなくて、頭が回らなくなってるのだが、一つだけ、とても気になってる事もある。


 そう。さっきから探してるのだが、タイガー君の姿が、どこにも居ないのだ。


 サルーの先生の話によると、タイガー君はマイクに連れられてフローレンス帝国に行った事になっている。


 やはり、マリエが見たという話は事実だったという事か……


 マイクは、闇を使って、確実にタイガー君を殺している。


「オイ! タイガー君は、どうした?」


 俺は、色んな事が有り過ぎて、頭がパンクしそうな状態になってるが、できるだけ平静を装って、マイクに尋ねてみる。


「ハッ? タイガー? このフローレンス帝国の貴族で、ベッケンバウアー公爵家の長男であるこの俺様の顔を殴った奴か!

 そんなの、闇が殺したに決まってんだろ!

 まあ、そうなるように仕向けたのは、勿論、俺だけどな! ハッハッハッハッハッ!」


 やっぱり、コイツだけは許せねー。

 今度は一発殴るだけでなく、ボコボコに殴って殺してやる!俺の心の友であった、タイガー君の為にも。


 俺は、勢い任せでマイクを。まあ、目の前の結界が邪魔してるので、結界を力任せに殴り付ける。


 パキンッ!


 まさかとは、思ったが、結界にヒビが入った。


「嘘だろ! 結界にヒビが! ヤヌー牧場って、ヤヌーが反乱起こさないように、魔法が使えなくなる強力な魔道具が設置してあるんじゃなかったのかよ!

 というか、タカシの拳に魔力が籠ってるのか? その有り得ん魔力で、魔法封じの魔道具を上回る魔力を放出して、結界にヒビを入れたのか?」


 マイクは、有り得ない事態を目撃して、腰を抜かし、目が点になってしまっている。


「マイク様! 危険です! すぐにアビスの割れ目から、本国に戻って下さいませ!」


 結界にヒビが入った事により、サルーの神父や、他のサルーも慌て出す。


「待て! この野郎! 絶対に、この手でお前殺しやんからな!」


 バキッ! バキッ! バキッ!


 俺は、必死に固い結界を、何度も何度も殴り付ける。

 絶対に、マイクの野郎だけは許さない。

 タイガー君は、唯一の、ヤヌー国の男子の友達だったのだ。

 そのタイガー君の彼女を寝とって、それでも飽き足らず、闇を使ってタイガー君を殺すとか、俺の事が気に食わないからって、やって良い事と悪い事がある。


 ヤヌーの命は、家畜の命とは違うのだ!


「タカシ兄! 止めて! タカシ兄の手から、たくさん血が出てるよーー!!」


 結界に飛び散った、俺の血と俺の拳の肉片を見て、マリエが慌てて、俺の後ろから泣きながら抱きついて来る。


「やっぱり、タカシ・エベレストは、噂以上にヤバ過ぎる……やはり、タイガーを殺した後、雲隠れして正解だったな……」


 俺の鬼の形相を見て、マイクは引き攣った顔をして、完全に青ざめている。


「この野郎! 逃げんな!」


 俺の怒りは、収まらない。

 タイガー君は、本当に良い奴だったのだ。

 俺にとって、唯一、何でも相談出来る、兄貴分みたいな人だったのである。


「なっ! 誰が逃げるかよ! 俺は、栄えあるベッケンバウアー公爵家の子息だぞ!

 フローレンス帝国で、お前が帰ってくるのを、ずっと待っててやるよ!

 なにせ、俺がみっちり調教した、お前の大好きなエリーちゃんの、あられも無い姿を、お前に見せつけてやる計画が終わってねーからな!」


 マイクが、まさに、モブぽい捨て台詞を吐いてくる。


「お前のようなモブ丸出しの糞野郎に、エリーが靡く訳ないだろ!」


 俺とエリーの絆を、何も分かってないマイクに、俺は怒気を強めて言い返す。


「だから、何度も、ヤヌーは売買される奴隷種族だと言ってんだろうがよ!

 今日、フローレンス帝国に帰ったら、すぐにヤヌー牧場から出荷されたヤヌーは競売に掛けられるんだよ!

 そして、俺が、お前の大好きなエリーちゃんを落札して、毎日、俺のドス黒いマイクでアッハン! アッハン!言わせてやるって言ってんだ!」


 マイクは、近くに居たエリーを引っ捕まえて、これみよがしに、俺に見せつけるように、エリーの胸を揉んで見せつけてきた。


「お前! 俺のエリーのオッパイ揉むな!」


「嫌! 止めてーー!!」


「うるせー! この公衆便器のヤヌーがよ!」


 バキッ!


「タカシ……」


 エリーは、マイクに殴りつけられて、そのまま、その場でへたりこんで倒れてしまう。


 俺は、エリーを助けようと、何度も何度も、結界に体ごとぶつかって、破壊しようとするが、結界はヒビは入ってるのだが、ビクともしない。


「畜生ーー! 俺のエリーに何しやがるんだ!」


「クックックックッ。買取り前のお試しに決まってんだろ? ハイブリッドヤヌーのタカシさんよ!

 じゃあ、先に本国で待っててやるぜ! まあ、お前が、ヤヌーの競売に間に合うとは思えないけどな!」


 エリーは、マイクに殴りつけられて気を失ってしまったのか、そのままサルー達に担がれ、アビスの割れ目の奥に連れていかれてしまった。


「エリーー!!」


 そして、俺は、エリーの名前をいつまでも叫びながら、結界を、いつまでも殴り続ける事しかできなかったのだ。

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