第19話 匂いの記憶
「お姉ちゃん、行っちゃたね」
「ああ。行っちゃったな……」
「これから、寂しくなるね」
「ああ。だけれども、ほんの少しの間だけだ!
必ず俺は、一つ上の男になって、アビスの割れ目の外に、エリーを迎えに行くんだ!
そして、俺の力で、エリーを立派なサヌーにして、必ず、また、このヤヌー国に戻ってみせる!」
俺は力強く、マリエに宣言する。
「私は、どうなるの?」
「ん? マリエは、アビスの割れ目の外で、誰かいい人見つけてサルーになればいいんじゃないのか?」
「私も、タカシお兄ちゃんじゃなきゃヤダ! 私も、お姉ちゃんと同じようにヤヌー国から出たら、ずっとタカシ兄を待ってるんだから!」
「それは、ちょっと……」
俺は、困惑してしまう。まさか、マリエがこんなにも俺の事を好きだったとは思わなかったから。
というか、何故だか知らないが、マリエの事は、本当に妹としてしか見れないのだ。本当に、何故だか分からないのだが……
「お姉ちゃんだけ、狡いよ! 私も男の人に、『クソ! わからず屋め! なら、待ってろよ! 俺は必ず、エリーを迎えに行く! そしたら、いっぱい子作りしてやるからな!』とか、言われたいんだよ~」
なんかマリエは、俺が、さっき言った糞恥ずかしいセリフを、1字1句間違えずに完璧に覚えていた。
「それが、本当の理由かよ……というか、それ恥ずかしから、もう、金輪際言わないでね……」
俺は、マリエに注意する。何かある度に言われたら、その度に俺は、結構なダメージを受けてしまうし。
「あ~あ。お姉ちゃんが居なくなったら、折角、タカシ兄を独り占め出来ると思ってたのに、残念!」
マリエは、テヘペロした。
「今も、2人っきりだから、独り占めしてるようなもんだろ?」
『タカシお兄ちゃん、本当に、女心を分かってないんだから……』
「ん?何か言ったか?」
「何も言ってないよ! タカシお兄ちゃん!」
マリエが悲しそうな顔をして、何か言ってたような気がしたが、どうやら、気のせいだったようである。
やはり、マリエも、エリーが居なくなって寂しいのであろう。
取り敢えず、日曜日の教会の礼拝の時間には、まだ早いので、俺とマリエは一旦、家に戻る事にする。
家に帰っても、エリーが居ないと、何だか寂しいというか、部屋の中がとても広く感じてしまう。
この家って、こんなに広かったっけ……
違う……俺の心の穴が、大きくポッカリ空いてしまい、何だか無性に寂しく感じてしまうだけだ……
こんなにも俺の心の比重は、エリーに対して大きかったのか……これから一人でやって行けるか本当に不安になる……
て……!何、弱気になってる俺!
さっき、エリーに言われたばかりじゃないか!
『タカシ、マリーの事頼んだよ。マリーを私だと思って接してあげてね』って、
俺は、エリーにマリエの事を頼まれたのだ。マリエを、エリーと同じように接してくれと。
多分、エリーは、俺がこんな風に落ち込んでしまうと分かってたのだ……
だから、自分と同じ顔のマリエを見て、俺に元気になってもらおうと、あんな事まで言ったのだ。
『マリーも、タカシの事が大好きな筈だから、タカシを受け入れてくれる筈だよ』
さっきのエリーの言葉の、後半部分……
まあ、どうやっても、俺にとってマリエは、妹以上の存在にはなれないのだけど。生理的に……何でか分からなけど……
だけど、エリーに頼まれたからには、マリエを立派なヤヌーに育てなければならない義務が、俺にはあると思うのだ。
「マリエ! 今日から立派なサルーになれるように、ビシバシ教育していくぞ!まずは算数だな!
どうやら、ヤヌーは社会と道徳と保険体育の勉強ばかりして、社会にでて一番重要になるであろう、算数を軽視し過ぎている!
足し算、引き算が怪しいと、お金の計算が曖昧になって、ヤヌー国から出た後、買い物する時とか苦労するからな!」
「エッ! 何?急にヤル気になって! というか、お金って何?」
マリエの口から、衝撃事実。
「ん? 何言ってるんだ?もしかして、マリエはお金知らないのか?」
「何、それ? それって美味しいの?」
マリエの口から、なんか聞いた事があるというか、既視感がある言葉が返ってくる。
確か俺は、ヤヌーの意味が分からなくて、人間やヒューマンみたいなものか?と、エリーに聞いた時。
『何?人間?ヒューマン?それ、美味しいの?』
エリーの言葉を思い出したら、何だか勝手に、涙がポロポロと流れて落ちてくる。思い出した言葉の内容は、アレだけど……
「エッ?! 何? 私、タカシ兄に、何か酷い事言った?!」
俺が、急に泣き出しちゃうもんだから、マリエも慌てだす。
「ほら、ヨシヨシ」
マリエが、俺を自分の胸に引き寄せる。
マリエは、女の子だから俺より成長が早く、背が高いのだ。
そんな、俺より少しだけ背が高いマリエに導かれて、マリエのまだ成長途上の胸に頭を埋もれされて、頭をヨシヨシされてしまう。なんか、優しくされると余計に涙が溢れてくる。マリエは、俺が守らなければならないエリーの妹なのに。
「うぇ~ん……マリエ~」
「ヨシヨシ、私を見て、急にお姉ちゃんの事を思いだしちゃったんだよね。いいよ。いつまでも私の胸で泣いていて、これからは、私がお姉ちゃんの代わりに、どんだけでも付き合って上げるからね」
マリエの胸からは、エリーと同じ匂いがする。
まあ、実の妹だから当然なんだけど。
だけれども、その匂いが俺を落ち着かせるのだ。
遠い、子供の頃の記憶。
前世の地球の頃の記憶じゃなくて、この体の子供の時に、嗅いだ事がある優しい匂い。
全く、思い出せないのだが、この匂いだけは覚えている。とても安心する匂い。
多分、この優しい匂いがするから、俺は、エリーの事が好きになってしまったのだと、今なら思えるのだ。
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