第16話 アリバイ
俺達は職員室に行き、マリエが、昨日見た状況をサルーの先生に説明した。
だけれども、先生は、
「それはおかしいですね。昨日、マリエさんの補習が終わった後、マイク君とタイガー君が職員室に来て、マイク君が、タイガー君と、マイク君が見初めた女の子3人全員を、アビスの割れ目の外に連れて帰り、立派なサルーに育ててみせると言っていたのですけど?」
全く、意味が分からない。
なんで、闇に殺された筈のタイガー君が生きていて、しかも仲が悪かったマイクと一緒にアビスの割れ目に向かうのだ?
「そんなの違うもん! 私、マイクがけしかけて、タイガー君が闇に殺されるようにしむけたの、この目でしっかり見たんだから!」
マリエは、必死に否定する。
「ですが、マイク君とタイガー君が、マリエさんの補習が終わった後、私の元に来たのは確かですし、実際、タイガー君の死体も教室に無かったのでしょ?」
「それは……マイクが、どこかにタイガー君の死体を隠したんじゃ……」
マリエは、いっぱいいっぱいで反論する。
「それも無理ですね。マイク君一人じゃ、とてもじゃないですけど、ガタイの良いタイガー君を運ぶ事など、出来ると思えませんしね」
確かに、それは一理ある。マイクって、お貴族様で、どう考えてもやしっ子で、箸以外の重たい物など持った事なさそうだし。
マリエが言うように、タイガー君が死んでたなら、誰か協力者が居ないと、教室から運ぶのは無理な話なのだ。
「じゃあ、本人に聞いてみれば分かるよ!」
マリエは、サルーの先生に追い詰められ開き直る。
確かに、生きているというなら、タイガー君に直接聞けば分かる事だから。
「すみませんが、昨日の夜のうちに、マイク君は、タイガー君と3人の女の子を連れて、アビスの割れ目に旅立ってしまいました」
「それは、どういう事よ!
先生が、マイクを庇ってんじゃないの!」
マリエは、先生に食ってかかる。
「私が嘘をいってると?侵害ですね。私はサルー。決して間違った行動など致しません!」
先生は、強い口調で言う。
というか、ちょっと怒ってる。
もし、先生がクロだとしても、これ以上は何を言っても無駄そうだ。
マイクと仲間の時点で、何を言ってもはぐらかされるだけだし。
「マリエ、教室に戻るぞ」
「ちょっと! タカシ兄! 私、嘘なんか言ってないもん! 絶対に、タイガー君は、闇に殺されたんだから!」
「分かってるから、もう行くぞ!」
「だけど……」
「証拠が無いってんなら、証拠を探すだけだ!」
「そうだね。うん……そうする!」
マリエは、何とか納得してくれた。
「じゃあ、行くぞ!」
「アッ! ちょっと待って下さい。そういえば、エリスさんは今日誕生日で、明日アビス行きの日ですよね?ちゃんと出発の準備は出来ていますか?」
突然、サルーの先生が、衝撃の事実をぶっ込んできた。
「えっと……今週は、妹の引越しがあったり、昨日も色々と忙しかったので……」
「そうですか。それなら今日のうちに、皆さんとのお別れの挨拶やら、準備やらをしっかりしておくように。明日の日曜日は早朝6時に教会に集合で、早いですからね」
「はい……」
先生、一体、何言ってんだ?
エリーが、アビス行き?
聞いてない。俺は聞いてないぞ!
何でだ? 何で、エリーは、俺に秘密にしてたんだよ!
俺は、教室に帰る道すがら、何故か内緒にされていた事が、悔しくて悔しくて、涙が勝手に溢れてくる。
もう、タイガー君どころではない。
俺の全ては、エリーなのだ。
エリーが居ない世界なんて考えられないし、ずっと、ずっとエリーと一緒に居たかったのだ。
「タカシ兄! 早速、現場検証しよ!」
教室に戻ると、マリエが張り切って話し掛けてくる。自分は嘘を言ってないと、汚名返上したいのだ。
「五月蝿い!」
「エッ! 何で? さっき職員室で証拠探すって言ってたのに!?」
「あ……ゴメン……今は、そんな気分じゃないというか……」
俺は、思わず強い口調で言ってしまった事を反省する。イライラしてるからって、人に当たるのはクズ野郎で、それこそ、マリエに酷い事したマイクと一緒だ。
「タイガー君は、タカシ兄の親友じゃなかったの!」
マリエは、ちょっと熱くなってる。
マリエにとっては、自分は嘘を言ってないと証明する事に必死のなのだ。
確かに、マリエが言うように、タイガー君は俺の親友で心の友だ。
だけれども、俺はタイガー君の死よりも、それ以上の衝撃で看過できない事件が起こってしまったのだ。
エリーが居なくなってしまうのは、親友の死よりも、俺にとっては重要でショッキングな事である。
「もしかして、エリーお姉ちゃんの事を悩んでるの?」
マリエは、どうやら俺の気持ちに気付いてくれたようだ。
「ああ……」
「エリーお姉ちゃんなら、きっとすぐにサルーになって、戻ってくるよ!」
優しいマリエは、俺を励ましてくれる。
「本当に、そんなに簡単にサルーになれるのかよ?」
だけど、俺は、そんなに簡単には不安を払拭できない。
「お姉ちゃんは、優秀だから大丈夫だって!」
「本当に?」
「本当だって! だから、一緒に現場検証しようよ!お姉ちゃんも、クラスメイトとのお別れの挨拶とか忙しそうだから」
エリーを見ると、友達に囲まれてなにやら話てる。多分、マリエが言うようにお別れの挨拶をしているのだろう。
エリーの邪魔するのも悪いし、俺も何か、今やれる事をやろう。
エリーと話すのは、家に帰ってからでいい。
エリーだって俺以外の友達とお別れの挨拶をしたいだろうし。
「だな。じゃあ、血痕を探すぞ!」
俺は、なんとか気を持ち直す。
「了解! というか、もう見つけた!」
「て、早!」
マリエは、意外と早く誰かの血痕を見つけていた。確かに、少しだけ血の跡が残っている。
というか、昨日、タイガー君の死体が転がってた場所を見て知ってるので当然と言えば当然なのだが……証拠隠滅もしっかり出来ていないとか、全くもってこの世界の住人は杜撰過ぎる。
「で、この血痕で、どうやって犯人が分かるの?」
マリエが、俺に質問してくる。
「そんなの鑑識に回せばいいんじゃないのか?」
「鑑識って?」
「……」
しまった……この世界には鑑識なかった。
地球の刑事ドラマの感覚で、血痕を探せば、血液で犯人というか、被害者のタイガー君が殺された事を証明できると思ってたのだが、そもそもヤヌー国に血液型の概念自体も無さそうだし、それにタイガー君の血液型自体も知らないし……
「じゃあ、指紋を探してみる?」
「指紋って?」
マリエが、頭を捻る。
どうやらこの国では、科学的な調査をするのは無理なようだった。
ーーー
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