第14話 サイトウ・タカシ

 

「エリーお姉ちゃん!タイガー君が!」


 入学オリエンテーションに行っていたマリエが、血相を変えて家の中に飛び込んできた。


 その姿は、顔をパンパンに腫らし、ボロボロの涙目で、尋常とは思えない状況だという事は、一目で理解できた。


「マリー! どうしたのよ?!」


 混乱して焦ってる様子のマリエに、エリーも慌てて問いただす。


「タイガー君が! タイガー君が、死んじゃったよーー!!」


 マリエは鼻水を垂らしながら、涙目で俺達に告げた。


「おい! どういう事だよ!」


 俺は、想像もしてなかった話を聞いて、思わず、食い気味にマリエに質問してしまう。


「タイガー君が、マイクを殴ったら、闇が出て来て、タイガー君の首を、ちょんぎっちゃったんだよー!」


 マリエが言ってる意味が、全く分からない。

 俺は、そもそも、本当に闇って存在するとは思ってなかった。

 タイガー君やエリーが言ってたのは、冗談だと思ってたのだ。


「何で、闇が出てくるんだよ!闇って、ヤヌーが子作りした時だけ出てくる、架空の魔物じゃなかったのか!

 それに、俺だって、マイクを殴ってるだろうがよ!」


 俺が授業で習った認識だと、闇って、ヤヌー同士が子作りした時だけ現れて、首をチョッキンパするだけの存在だった筈なのだ。


「知らないよ~! だけど、『ヤヌーの4つの戒律』を破ったから、闇が出てきたとマイクが言ってたんだよ!」


 マリエは悲しさを抑えながらも、何とか答えてくれる。


「『ヤヌーの4つの戒律』って、もしかして1つ目の、『隣人に優しく、異民族により優しく手を差し出せ』って所か?

 マイクは、ヤヌーにとって異民族だから、殴ってしまった事で、異民族に優しく無かったと、闇に判断されてしまったという事か?」


 俺は、自分なりに推測してみる。


「そうだと思う。そして、マイクは、タカシお兄ちゃんは、ヤヌーやサヌーをたくさん殺してるとも言ってた!」


 マリエが、マイクの言葉を思い出したのか、俺の事を不安げに見てくる。


 いきなり、そんな事を言われても、俺には分からない。

 そもそも、俺と同じ名前だという、侯爵子息タカシ・エベレストの、この世界の過去の生活など全く知らないのだ。


「俺は殺してない……」


「本当なの? タカシお兄ちゃんは、マイクと同じ国のお貴族様なんでしょ?

 なら、タカシお兄ちゃんが同じような事をしててもおかしくないよ!」


 マリエは、俺を完全に疑ってる。

 俺の事を、ヤヌー殺しのサイコじゃないかと。


 分からない。本当に分からない。俺は、この体の本来の持ち主の記憶を持ち合わせてないのだ。

 マイクが、俺の過去をよく知っていて、殺したというなら、多分、俺は過去にヤヌーやサルーをたくさん殺してるのかもしれない。


 本当に、俺はどうすればいいのだろう?

 どうしたら、マリエは俺を信じてくれる?

 でも、俺が、マイクと同類の人間だったとしたら……


 色んな考えが頭の中でグルグル周り、感情が上下に激しく揺れ動く。

 だけれども、今の俺には前世の記憶もあるのだ。

 もし、この体の元の持ち主の記憶が戻ったとしても、地球の日本人の価値観を持った俺が、今後、ヤヌーやサルーを殺さないと断言出来る。


 だけれども、過去にヤヌーやサルーを殺した過去は、今更、修正など出来ないのだ。

 例え、別人格の俺が殺してたとしても、人は、俺の事を、一人の人格の人間、タカシ・エベレストと見るのだから。


「タカシが、ヤヌーやサルーを殺す訳ないよ! タカシは白いヤヌー! ハイブリッドヤヌーなんだよ!」


 エリーが、俺の手を包むように握り、不安で、どうにかなってしまいそうな俺の目をしかと見て、何を根拠に信じてくれてるのか、無条件に俺を肯定してくれた。


「何で……」


「何でじゃないよ! タカシはタカシなの!」


 エリーは何で、俺の言葉なんかを信じてくれるのだ……

 まだ、会ってから、1週間しか経っていないのに……俺は、思わず嬉しくて涙が溢れ出てくる。


「だけど、お姉ちゃん……」


 マリエは、まだ納得してないようだ。

 だけれども、


「私は、ずっとタカシと暮らしてたの! そして、タカシの本質は分かってるの!

 タカシは正直者で、その癖、とても臆病で、とてもヤヌー殺しをするようなヤヌーの風上にも置けないヤヌーじゃないの!」


「エリー……ありがとう……」


 俺は、エリーの言葉で、救われた気分になった。

 今迄というか、前世の俺は誰にも認められない、信じて貰えない人生を送って来たのだ。


 俺が、中卒で、高校中退なのも、仲が良かったクラスメイトを虐めていた奴らを殴って助けたら、逆にある事無い事言われて、俺に一方的に殴られたと先生に告げ口されたのだ。


 俺が、どんなに違うと否定しても、先生は信じてくれずに、俺は結局、退学する羽目に……

 それからは、絵に書いたような転落人生。高校中退の中卒じゃ、マトモな所に就職できず、結局、派遣社員。


 そして、アホな社員に嵌められヤケ酒を飲み、急性アルコール中毒で死亡、現在の異世界転生という流れである。


「ヤヌーのタカシは、絶対に嘘なんかつかないよ! しかも、タカシはヤヌーの中のヤヌー、ハイブリットヤヌーなんだもん!ハイブリッドヤヌーは正義の味方、悪い事なんて絶対にしないの!」


 そう、俺は、エリーが言うように、ここでの生活を続けていくうちに、身も心もヤヌーになり、白いヤヌー。ハイブリッドヤヌーになったのだ!


 過去なんて関係ない。そもそも今の俺が殺した訳じゃないし、もし殺してたとしても、可哀想だとは思うが、ああ、そうなんですか。と、俺は言う他ないのだ。


 俺が知らない事は、どうやっても反省出来ないし、償う事など出来ない。

 ヤヌーを殺した記憶が無いのに、殺したなんてとてもじゃないが言えないから。


 他人がやった事まで、謝る事など、派遣社員をやってた過去の俺なら、首にされるよりはマシと思い、すぐさま謝って、冤罪が成立してしまってたかもしれないが、今の俺は正直者のヤヌー。ハイブリッドヤヌーなのだ!


 ヤヌーは嘘などつかないし、俺は自分に正直に生きようと、この世界に来てから思うようになっている。


 ただの開き直り?何だって言ってくれ!

 俺は、他の誰も俺の事を信じてくれなくても、大好きなエリーだけが、俺を信じてくれれば、それで十分であるのだ!


「エリー。ありがとう。もう、正直に言う。俺はもしかしたら、過去にヤヌーやサルーをたくさん殺してるかもしれない。

 だけれども、俺は過去の記憶を無くしてる。しかも、今の俺には、この世界の者じゃない、別人格の魂というか記憶が入ってるんだ!」


「タカシお兄ちゃん! やっぱりヤヌーをたくさん殺してたの!」


「タカシ、言ってる意味が分かんないよ!」


 エッ?!マリエはしょうがないとしても……エリーは無条件に、俺の事を何でも信用してくれる流れじゃなかったの?!

 これ、どう説明したら、エリーとマリエに分かって貰えるんだ?


「俺は兎に角、ヤヌーやサルーをたくさん殺してたタカシ・エベレストじゃない!別人格の人間として生まれ変わった白いヤヌー! タカシ・サイトウなんだ!」


「タカシお兄ちゃん! 益々、分かんない!」


「う~ん……私の頭では、難しい過ぎる……」


 こんな感じで、俺や、俺が元居た世界の事を、朝方まで事細かに諦めずに説明して、完璧に納得はして貰えなかったけど、やっとこさ、なんとか2人に理解して貰う事には成功したのであった。

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