第8話 話したい話

 

 16歳になったヤヌーが、聖なるアビス山の割れ目に旅立つ幻想的な儀式は、粛々と進んで行く。


 そして、最後のヤヌーが割れ目の中に消えて見えなくなると、儀式は終了した。


 そんな、厳粛な雰囲気の中で行われた儀式を、最後まで見届けた俺は、覚悟を決めて、エリーに、さっきの話を切り出す事にしたのだ。


「あの……話したい話って……」


「うん。その話は、家に帰った後にしよ。よく考えたら、その方が話しやすいし」


 やはり、大事な話なのだろう。

 エリーは、家の中で、ゆっくり話したいと言う。


 まあ、俺もこんな外で聞いてしまったら、体の力が抜け落ち、悲し過ぎて立ち上がれなってしまうかもしれないし。やはり、これは家で話すべき内容だと納得した。


 そして、お互い無言のまま家へ向かったのだが、何故だか、家への帰り道がいつもより長く感じてしまう。

 そして、今のように2人一緒に手を繋いで歩く幸せな日々が、ずっと続いたら、どれほど幸せな事かと、ふと考えたりしてしまうのだ。


 このままエリーと2人で、このヤヌー国から出国出来ればどれだけ楽な事か。


 だけれども、俺は、ヤヌー国から出る術を持っていない……


 どうやって、俺が、このヤヌー国に来たのかは疑問だが、ヤヌー国は険しい山脈に囲まれた盆地で、唯一、ヤヌー国の外に出られると思われる道は、聖アビス山の麓にある聖なる割れ目しかないと思われるし。


 そして、今日、初めて割れ目の目の前まで行って分かった事なのだが、聖なる割れ目は、サルーによって厳しく管理されており、サルーと16歳になったヤヌー以外は、近寄ってはいけない規則になっていたのだ。


 しかも、毎週日曜日にある、16歳になったヤヌーを見送る儀式の時以外は、強力な結界が割れ目に張りめぐらされていて、何人たりとも侵入不可能になっていたりする。


 そして、多分、俺が、ヤヌー国の外に出たいと懇願しても、決して許されない事だけは確かなのだ。


 何故なら、聖アビス山の聖なる割れ目は、ヤヌーとサルー以外は入る事が許されていないから。

 聖なる割れ目からは、ヤヌーとサルー以外は、決して生まれないのである。


 そんな事など考えつつ、長く感じられた家までの道のりも、とうとう終わりを告げる時が来る。


 家なんかに入りたくない……

 エリーの話など聞きたくない……

 だって、エリーが言う大事な話など、一つしかないのだから……


 そして、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、エリーが家の扉に手をかけようとすると、


「お姉ちゃんー!!」


 突然、勝手に扉が開いて、中から見ず知らずのヤヌーの女の子が、飛び出して来たのだ。


 『お姉ちゃん?』


 俺は、この展開に全くついていけない。

 今、結構、重い展開の筈だったし……


「マリー!?」


 マリー?誰それ?俺とエリーの愛の巣に、何で他人が勝手に入ってるのだ?


「えっと、タカシ、紹介するね! この子は妹のマリエ。今日13歳になって、明日から高等部入学するから、今日から一緒に住む事になったの!」


 マリー?マリエ?

 多分、エリスをエリーと呼ぶように、マリエもマリーという愛称で呼ばれてるのだろうか?まあ、そんな細かい疑問は置いといて、


「どういう事?」


 本当に意味が分からない。エリーに妹が居る事も知らなかったし、エリーが今迄、妹と一緒に住んで居なかった理由も分かんないし、そもそも高等部とか、ヤヌー国の学校の仕組みも良く分かってないのだけど……


「えっと、ヤヌー国って、初等部、中等部と、高等部があって、初等部は2歳から6歳の幼い子が所属してて、中等部は7歳から12歳までで、中等部まではずっと寮暮らしと決まってて、高等部からは一人暮らしが義務付けられるの。

 高等部のヤヌーが一人暮らしするのは、割れ目の外の世界に行っても、一人でやってけるように訓練する意味合いも有るんだよ!」


「そ……そうなんだ……」


 なんか、今更ながら、ヤヌーの学校のシステムが分かった。

 エリーが一人暮らししてたのも、意味があった訳ね。

 決して、金髪黒ギャルのイケイケ少女だから、一人暮らししてた訳じゃなかったのだ。


「お姉ちゃん……この白い人誰?」


 まあ、妹ちゃんにしたら、この人誰?と思うよね。初めて会った訳だし。


「この人は、私の彼氏のタカシよ! これから仲良くしてあげてね!」


 エリーが、紹介してくれる。


「凄い! お姉ちゃん、彼氏持ちなんて! しかも白い人となんて!」


 なんか知らないが、妹ちゃんが感動の面持ち。

 やはり、ヤヌー国では、白い人はレアキャラなのだろう。

 そもそも、ヤヌー国には、見た目チャラそうな金髪黒ギャルと、金髪こんがりサーファーしか住んでないしね。


 ていうか、エリーの話したい話って、この事だったのかよ?

 俺は、てっきり、エリーがもうすぐアビスの割れ目に旅立つ話だと思ってたのに!


 俺は、確認の為に、一応、エリーに聞いてみる事にする。不安を払拭する為にね。


「えっと……エリー……もしかして話って、妹ちゃんが、今日から一緒に住む事になったって事?」


「ん?……ん、そうかな……エヘヘヘヘヘ」


 エリーは、どうやら、俺にサプライズしたかったようである。

 しかも、イキナリ妹ちゃんが出て来ちゃたもんだから、苦笑いしてるのだろう。

 本当は、もっと違う演出のサプライズを考えてたのかもしれない。


「な~んだ。俺は、てっきり」


 俺は、物凄く安心する。まだまだ、俺はエリーと一緒に暮らせるのだ。

 ついでに、エリーとそっくりの見た目のマリエちゃんとも!金髪黒ギャル姉妹2人と3人暮しなんて、興奮しかしない。


「エリーお姉ちゃんの彼氏さんなら、タカシさんは、タカシお兄ちゃんだね!」


 妹ちゃんは、ニッコリ微笑んで、握手を求めてくる。


 何コレ?どんなプレイ?

 タカシお兄ちゃん?


 多分、この、お兄ちゃんプレイこそが、白いヤヌーで、ハイブリッドヤヌーである俺だけに与えられた特権。異世界ハーレムプレイで間違いない。きっとその筈。

 しかもこれから、妹ちゃんとも、一緒にお風呂に入って、一緒に裸で寝れるんだよね!


 この時の俺は、やらしい妄想やら、お兄ちゃんプレイができる喜びが勝り過ぎて、エリーが、言葉を少し詰まらせていた意味や、エリーの心の機微を、全く気付いてやれなかったのである。


 ーーー


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