湖底の沈澱物、そして被写体に推理を添えて。

焼迷路(やきめいろ)

独白の主人公、そして過去録と後悔を添えて。



  もし、魔術を使えたのなら救えたはずだ。



 俺にとって大厄災カタストロフと言っても過言ではないほどの悲劇から幾星霜。 


 ……いや、実際にはたったの五年だ。


「はぁ……」


 たった五年前の自分の無力さにため息が出てしまう。

 そんな後悔とも言える嘆きは霧のように散っていく。しかし、散っても綺麗ではない。美しくもない。

 拭いきれない瘴気を纏ったわがたまりが、心の隅でずっと俺を煽るように内側からじんわりと攻撃してくる。

 舗装されてない道の街路樹の傍らに生えている雑草を噛んで、噛んで、噛み砕いたような苦みが心の中に広がって、吐き気を招くような苦しみが俺を襲った。


 でも、慣れた。慣れてしまってはならない苦しみだというのに。できることならずっと苦しんでいたい。

 それが彼女を忘れないでいるための、最善の方法だから。


 ―――――


 少し落ち着いてきつつあった心を再び奮い起こす。

 苦しむ。そうやって決めたから。 

 苦しいのに何か忘れたようで、心は空っぽだ。

 原因は例の大厄災。


 あの日からというもの、時というのが早く進むように感じるようになった。

 

 後悔してももう遅い。

 後悔するほどの実力が自分には無かった。

 何をしても心は満たされず、幸福も得られない。

 身の入ってない虚無な日々をただ虚ろに過ごしていた。


 俺がかつて救えなかった彼女は、それほどに俺の心を満たしてくれていた。

 

 だから、一生離れたくなかった。


 モノというのは、望めば望むほど手に入らなくなり、時すでに遅しときに遅れて手に入る。

 あの事件大厄災が起こってからそうやって自覚させられた。


 それでも、俺はあの頃の景色を、生活を、ただ夢見ている。


 また笑って話がしたい。会話に花を咲かせようじゃないか。

 また共に困難を乗り越えたい。超えられない壁なんて無かったはずだ。

 また満点の星夜空の下で食事がしたい。あのとき「次は俺の奢り」って約束したから。 


 幸福だった頃の記憶が、もう一度あの感覚を渇望している。


 だけど、彼女は死んだ。確かに死んだ。だから、そんな願いなんて叶わない。

 叶わないと分かっている。それでも、期待してしまう。これは夢で、ずっと覚めてないんだと。

 そうやって、ただ期待しかしてない。


 これはある種の現実逃避であり、空気のように既に形のないモノにただ縋っているだけ。


 欲しいものは後から手に入るとしっていたから、簡単にちからを手に入れた。でも俺はそれを努力して入手したことにして、あの頃の自分と、彼女に言い訳をした。

 そうすることで、救ってやれなかった罪悪感が消えると思ったから。

 ……でも違った。

 ソレ《・・》から目を逸らしたくなって、でも目を逸らすと不安になった。だから、耐えられなくなってソレと関係近い所に居続けた。

 その結果がコレだ。

 どうしようもなく中途半端でしょうもない。

 追いかけっこで全力で逃げるわけでもなく、開き直って諦めるわけでもない。

 チラチラと、後ろを見ながら走って集中できない真の弱者。

 俺の人生はそんなモノだ。



 こんな俺でも、いつの日か開放されて笑える時がやってくるのだろうか。

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湖底の沈澱物、そして被写体に推理を添えて。 焼迷路(やきめいろ) @yaki-meiro

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