四十五
投げ続けた。おれは、いつもの公園で、いつものように投げ続けた。信心のないおれが、野球の神様に祈るように投げ続けた。
いや、おれは信じていた。おれのピッチングが、おかんを蘇生させることを……。
百球。
二百球。
三百球。
あっという間に一時間が過ぎる。真冬だというのにすでに汗だくだ。ベンチに置いた携帯に目が行く。鳴らない。何か変化があれば島田がかけてきてくれるはずだ。
おれは投げ続けた。四百球。五百球。携帯は鳴らない。おかんの容態に変化がないということだ。ということは、おかんは少しずつ天に向かっているということだ。少しずつ血圧が下がり、脈拍が弱くなり……。
おれは、そんな悪い予感を振り払うように投げ続けた。
おかんは必ず戻ってくる。おれが投げ続けることでおかんを戻してみせる。おれは心でそう念じながら投げ続けた。
千球を超える。今まで何度も何度も投げ込みをしてきた球数だ。だが、ここからは未知の球数。それでもおれは投げ続けた。
四時間が過ぎ、五時間を超えた。陽が沈み、公園の外灯に明かりが灯った。
意識が朦朧としてくる。もう何球投げたかわからない。いつからか雪が降っていた。
「おかん……初雪やぞ……おかん、雪が好きやったな……雪が積もると、子供のようにはしゃいでたな……自分そっくりな雪だるま作ったこともあったな……おかん、初雪や。ぼちぼち目を覚まして雪でも見たらどうや……なあ、おかん……」
投げる。疲労のため、フォームはバラバラだ。それでも力のあるボールが行っている。昔から地肩は強かった。ただ、肩はもう限界にきていた。
何球投げただろう。プロでも、いや、プロならなおさらこんな投げ込みはしないだろう。
本来、プロになる決意を胸に秘めているおれも、こんな無茶な投げ込みはするべきではないはずだ。肩が、肘が壊れてしまう。一生使いものにならなくなるかもしれない。だが、やめられなかった。やめたくはなかった。おれが投げることをやめれば、おかんはどこかへ行ってしまう、おれはそう信じ込んでいた。ただ、そうは言っても、おれの肩は、いや、肩だけでなく全身が悲鳴を上げていた。
「おかん……早く目を覚ませ……早く戻ってこい……おれのピッチング見てくれ……そして、アドバイスしてくれ……叱ってくれ……褒めてくれ……おかん……」
振りかぶる。投げる。ボールが跳ね返ってくる。だが、カマボコ板のプレートのはるか手前でそれは止まった。
ボールを拾うために、一歩、二歩と近づく。足もガクガクだった。ボールを拾い上げる。
「!」
ボロボロだった。いや、もはや原型を留めていなかった。革が剥がれ、ひと回り小さくなっている。縫い目もない。もうとっくに、こんな状態になっていたはずだ。だが、今の今まで気づかなかった。
なんとなく胸騒ぎがする。嫌な予感と言ってもいいだろう。それを振り切るように、カマボコ板のプレートへ向かう。だが、足に力が入らず、思うように前へ進めず、思わず膝をついてしまった。意識も朦朧とする。
と、その時、近づいてくる人影が目に入った。息を弾ませている。吐く息が白く、それが顔を覆っている。
「……おかん……」
おかんが来てくれた。
祈りが通じた。
おかんが意識を取り戻し、ここまで来てくれた。おれの無茶な投げ込みを止めるため、意識を取り戻し、来てくれた!
「おかん……」
立ち上がる。
「何してんの!」
「……」
おかん……何をそんなに怒ってるんや? あ、そうか、おれが無茶な投げ込みをしたからやな。
でもな、おかん、信心のないおれが、野球の神様に祈ってまでおかんの回復願ったんやで。
それが通じたんやろ?
いや、おれの体が壊れないように、意識を取り戻して、止めにきてくれたんか?
なあ、おかん……。
「アホ! 何回も電話かけたのに! おばちゃん、意識取り戻したで!」
「!」
ハルカ……。ハルカなのか?
何回も電話かけたって……途中まで電話を気にかけていたが、途中から意識が朦朧としたこともあり、気付かなかったのだ。
「おまえ……何で?」
「島田先生から連絡受けて帰ってきたんや。病院に駆けつけたらあんた居てないし……とにかく早く、早く病院へ!」
「わかった!」
言うやいなや、おれは駆け出していた。今の今まで足がガクガクしていたのが嘘のように、おれの足は力強くアスファルトを蹴り続けた。
おかんが意識を取り戻した!
バカなおれを気遣ってくれたのか、目を覚ましてくれた!
おかん……今から行くからな!
おれは病院までの道のりを、全力に近いスピードで走り続けた。心臓が悲鳴を上げたが関係なかった。今、全力で走らないと一生後悔するような気がしていた。
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