十四
中学校の最後の大会も、〇対一で負け、おれの中学野球は終わった。
いくつか私立の高校から誘いはあったが、おれは家から一番近い公立高校を選んだ。通学に時間を取られるのは無駄だと思ったし、家から一番近いその高校は、不良の溜まり場のような学校だったが、一応野球部があったからだ。
野球は野球。名門校であれ、弱小チームであれ、野球にかわりはない。
だが、予定通り野球部に入ったものの、内情はひどいものだった。監督は野球経験のないオタクのような化学教師で、練習に顔を出すことはなかった。部は三年生の天下だった。その日の気まぐれで、練習は一転シゴキに変わる。いや、イジメだ。
まず三年が二年をいじめる。代表的なものが、ピッチングマシーンから投じられる百五十キロの球を全身で受けるというものだ。その距離約五メートル。だが、これは腹に力を入れていれば大した怪我にはならないから楽なものだ。
それが終わると、今度は二年が一年をいたぶる番だ。三年にやられた怒りを一年にぶつけてくる。至近距離からノックをする。三メートルの距離だ。捕れるわけもなく、一年の顔や体は腫れ、痣だらけ、血まみれになる。中には視力が落ちたり、鼻の骨が折れた者もいる。おれも打球を喉に受け、一時は声が出なくなった。
教師たちは見て見ぬフリだった。ケツバットは挨拶がわりで、意味もなく殴られるのは日常茶飯事だった。
毎日痣だらけになって帰宅するおれを見て、おかんは野球部の実態に気づいていたはずだ。だが、何も言わなかった。それまでと同じように、キャッチボールに付き合ってくれた。マッサージもしてくれた。シゴキや殴られた傷が原因で、投げられない時もあった。その時は一緒に公園の外周を走ってくれた。体中が腫れあがっている時は、マッサージではなく全身をさすってくれた。
今思うと、おかんはよく付き合ってくれたものだとつくづく感じる。仕事をし、家事をし、母親をし、そして野球のトレーニングに付き合ってくれた。幼児虐待や育児放棄する馬鹿な母親が多い中、おかんはまさに古き良き時代の母親だった。
毎日毎日殴られ、傷つけられるだけのクラブ活動。だが、おれはやめなかった。野球が好きだったからだ。
「嫌いになったんやったらやめたらええ」
中学の時におかんに言われた言葉が頭にあったからだ。おれは、高校の野球部は嫌いだったが、野球は嫌いではなかった。だからおれは我慢した。
だが、おれの我慢も無駄になる日がやってくる。
夏の予選で敗れ、三年は引退したのだが、その引退の日の夜、彼らはミナミで酒を飲んで暴れ、暴力沙汰を起こしたのだ。よくある陳腐なストーリーだが、それが原因で、野球部は無期限活動休止に追いやられた。事実上の廃部だ。
おれは学校側に処分の撤回を直談判したが、世間体を気にした学校側に却下された。というより、学校の恥と言っても過言ではない野球部の活動を合法的に停止することができて、ホッとしているようだった。
おれは荒れた。
荒れたおれは、今までのシゴキが脳裏を駆け、無駄になった我慢が怒りに変わり、衝動的な行動に走った。
停学中の三年の溜まり場へ行き、シンナーでラリッたキャプテンをボコボコにした。呆気なかった。大将がノックアウトされたことで、皆ビビってしまい、誰も手を出してこなかった。そんなものだ。三年生が一年生を相手にするという絶対的優位性の中でシゴキが行われていたため、一年は黙ってやられていたが、人間が本気になれば力の差なんてない。相手も同じ人間なのだ。
その足で二年の校舎へ行き、二年生部員にも今までの借りを返した。不意打ちのようなかたちだったが、これもやはり二年のボスを最初にボコボコにした。あとは簡単だった。ボスがやられたことで腰が引けた先輩たちは呆気なく地べたに這いつくばってくれた。
そんなことをしても何の意味もないとわかってはいたが、野球ができない悔しさや怒りをぶつけないと気が狂いそうだった。
それと、おれは奴らに野球を冒涜されたと思っていたのだ。
おれは、彼らへの暴力が原因で二週間の停学を申し渡された。その日の帰り道、三年たちが待ち伏せしていた。おれは取り囲まれ、集団でフクロにされた。リンチにあいながらも、右手、右腕を庇っていた。
翌日、おれは剣道部の部室からくすねた木刀を持ち、仕返しに向かった。さすがに三年たちは驚き、呆気に取られていた。その隙をつき、おれは暴れ、全員をボコボコにした。
その次の日、おれは相手が仕返しに来る前に、溜まり場であるゲームセンターへ向かった。奴らはいた。いたが、おれに気づいた瞬間、奴らは目を逸らした。おれは唾を吐き、踵を返した。
二週間後、学校に復帰した。二年から仕返しされるかと思ったが、三年を屈服させたことが耳に入っていたようで、おれの身には何も起こらなかった。一年は一年で、おれに怖れをなし、話しかけてくる者すらいなかった。居心地が良いような悪いような状況だったが、学校生活が楽しくないのは事実だった。おれは孤独だった。
思えば、おれの学校生活は常にそんな感じだった。友達らしい友達もできず、親友なんていなかった。
ふと、ハルカのことを思い出した。今までで唯一、友達になれそうな相手がハルカだったからだ。
ハルカとは何度か手紙のやり取りをしていた。ハルカが転校した後、野球を再開したことも伝えていた。高校へ行ったら甲子園に出るから応援しろよと手紙に書いたこともある。ハルカはハルカで元気にやっているようだった。
おれたちは文通するように近況を報告しあっていたが、高校に入る直前から急に返事が来なくなった。おかしいなと思っていたら、おれが送った手紙が数通、封も切られずに送り返されてきた。同封されてあった紙切れには、「ハルカさんはもう施設にはいません。手紙を送ってもらっても困ります」とだけ書かれてあった。
わけがわからず、おれは、ハルカの居場所を教えてくれという手紙を送った。だが、返事は来なかった。
ハルカのことを、友達というより、同志のように想っていただけに、裏切られたような気分になった。もしかしたら、ハルカ本人がおれと文通するのが嫌になり、拒否しているのではないかとも考えた。一度そう考え出すと、それが真実だと思えるようになった。もしかしたら向こうで恋人でもできたのかもしれないとも思った。もしそうなら、これ以上しつこくするのは迷惑だろうと思い、おれは手紙を出すのをやめたのだった。
しかし、なぜか久しぶりにハルカのことを思い出した。一度思い出すと、気になって仕方なかった。
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