十
中学へ上がったおれは、一ヶ月後にはエースの座を手に入れていた。サッカー部に人材を取られ、二年生、三年生の部員が少ないということもあったが、誰にも負けないスピードボールで、おれは五人いるピッチャーの中で一番手に躍り出た。
有頂天だった。まだ中一なのに、早くもプロ野球の世界に想いを馳せていた。バカ野郎だ。まわりのレベルが低かっただけなのに……。
学校では一年狩りというものが流行っていたというか、恒例だった。上級生が生意気な一年を片っ端からリンチするのだ。そんな時代だった。クラスメートで目立っている奴らが次々に狩られていったが、おれだけは狩られなかった。坊主頭に剃り込みを入れ、かなり目立っていたのだが、野球部のエースということで、餌食にはならなかったのだ。
そんな感じだったから、中学生活は快適だった。
やがて夏休みがやってきた。中学での最初の夏休み。世間では、中一の夏休みに非行に走る生徒が多いと言われるが、おれの同級生たちも例外ではなく、まず服装が変わり、髪型が変わり、そして言葉遣いが変わった。彼らは帰宅部のため、夏休みは遊び放題だ。
おれは彼らが羨ましかった。
おれも自分のことを「おれ」と言うようになり、母親のことを「おかん」と呼ぶようになった。野球部のため坊主頭だったが、それが嫌で、おれは髪を伸ばした。顧問や先輩に注意されたが、「野球は髪型でするもんやない!」と反抗し、伸ばし続けた。顧問も先輩も、エースのおれにあまり口うるさく言って退部されたら困ると思ったのか、それ以上は言ってこなかった。
おかんはたった一言、「似合わんな」と言っただけだった。
その頃のおれは、今思うと反抗期だったのだろう、おかんの言うことに一々反応し、「うるさい!」と言うのが口癖になっていた。
「うるさかったら耳ふさぎ!」
おかんはそう返してくるのだが、そんな大阪独特の言葉のキャッチボールも鬱陶しく感じられるようになっていた。公園でのキャッチボールもしなくなっていた。あれほど、おかんとのキャッチボールができなくなるのが嫌で、地元の中学を選んだというのに……。
次第におれは、夏休みの練習を休むようになり、街へ出るようになった。驕りだ。練習なんてしなくても、おれはエースだという驕り。
そして好奇心。同級生たちは派手な格好をし、タバコを吸い、女の子をナンパし、楽しんでいる。そんな時に、炎天下で汗だくになり、しんどい練習なんてやってられないと思った。
小遣いをはたいてアロハシャツを買った。街に出る時のユニホームになった。それを見たおかんは、またまた「似合わんな」と笑い、「同じ買うんやったら、大きめ買い! どんどん体が大きくなる時期やのに、ピッタリのサイズ買ってどないするんや!」と言った。
おかんの言うことはもっともだ。正しい。だから余計に反発してしまう。おれは、
「うるさい!」
とやり返してしまう。
おかんに反発し、反抗しながらも、食事の用意から掃除、洗濯をしてもらい、小遣いまでせびるのだから情けないガキだった。
おかんは朝から晩まで仕事だ。おれが昼過ぎに目を覚ますと、テーブルには朝ごはんと昼の弁当、そして冷蔵庫には夕食のおかずが用意されていた。おれは朝ごはんと弁当を貪り食った後、街へ出るのが日課になっていった。街に行くと、誰かに会えた。
必ず同級生の誰かに会えたし、街で知り合って一緒に遊ぶようになった相手もいる。
遊ぶといっても、中学生だ。金はない。おれの小遣いは月二千円だ。だから、金持ちのボンボンにたかる。ボンボンの財布からは、まるで次から次へと溢れるように金、それも札が出てきた。
不思議な気分だった。
うちはおかんが朝から晩まで働いて、それでも毎日の暮らしに四苦八苦している。だが、ボンボンに訊くと、「うちは、おとんが社長やから、おとんもおかんも毎日ゴルフ行ったり、ホテルでメシ食ったり、温泉行ったり、遊んで暮らしてるで」という答が返ってきた。
不思議な気分は、世の中の不公平・不平等さへの怒りに変わった。
おれには父親がいなくて、母親が朝から晩まで働いて、それでも貧乏で、しかし一方で、大金持ちの家に生まれたり、生まれながらにして将来を約束されている奴がいたり、男前や美人に生まれる者がいたり、チビやノッポ、運動神経が良い奴悪い奴、生まれながらにして両親がいない者、生まれてすぐ死んでしまう者など、様々だが、それは不公平・不平等ではないのか。人はみんな公平・平等と言うが、そんなものは綺麗事だ。
ガキながらにそんなことを思ったおれは、別に宗教に目覚めることも、政治的な活動をすることももちろんなく、それなら貧乏人は金持ちからたかればいいと考え、アホボンから搾取することにし、毎日アホボンの金でゲームセンターへ行ったり、ハンバーガーを食べたり、映画を観たりした。
毎日楽しかった。と、あの頃のおれは感じていた。貴重な時間を無駄に浪費していただけだというのに……。
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