八
好きで始めた野球。そして野球を知れば知るほど、もっともっと好きになっていった。
だが、最初は一旦野球が嫌いになった。チームは小学生だけで形成されていたが、皆、小学校低学年から野球を始めていただけあり、おれより数段うまかった。おれは五年生なのに、球拾いをする日々が続いた。
当然のことながら、玉拾いは全く面白くなかった。
「おかあちゃん、野球もう辞めたいわ」
「なんでや?」
「毎日玉拾いばっかりやからな。玉拾いなんかしても、野球が上手になるとは思われへんねん」
「ふーん、まあ、そらそやわな。玉拾いばっかりしてプロ野球選手になった人なんて見たことも聞いたこともない」
「そやろ? だから辞めるわ」
「まあ、ほんまにあんたが辞めたいんやったら辞めたらええ。せやけど、おとうちゃんやおかあちゃんが大好きやった野球が嫌いになったわけやないやろ?」
「……うん」
「ほな、練習しよ」
「え?」
「練習や練習」
その日から、おかんは団地内の公園でキャッチボールの相手をしてくれるようになった。これが野球の基本だと言い、ひたすらキャッチボールを繰り返した。ほぼ毎日。チームでは球拾い、おかんとはキャッチボールのみ。おれはおかんに不満をぶつけたが、おかんはキャッチボールのみの練習を変えようとはしなかった。それどころか、キャッチボールの時間がどんどん長くなっていった。
玉拾いも嫌だったが、単調なキャッチボールも苦痛だった。おれは次第に野球が嫌になっていく。
「もう、しんどいわ、おかあちゃん」
キャッチボールの最中、音を上げるおれにおかんは、
「しんどないわ。ほんまにしんどい人間は、しんどいなんて言われへん」
と言い、ボールを投げ返してきた。
おかんの言うとおりだった。延々三時間続いたキャッチボールのあと、ヘトヘトになったおれは「しんどい」なんていうセリフを口にすることはできなかった。
おかんとのキャッチボールの成果はすぐに出た。
ある日、いつものように球拾いをしていたおれは、飛んできたボールを中継に投げ返した。軽く投げ返したつもりだったのに、それは中継の頭を大きく越え、ホームベース付近にまで飛んでいった。驚いたおれは、咄嗟にあやまったが、監督は怒ることなく、驚きとも喜びともつかぬ顔でおれを呼び、キャッチボールをするよう指示した。
おれは、おかんといつもしているように相手に向かってボールを投げた。五球投げただけで、監督は何度も頷いた。
野球経験者は、キャッチボールを見ただけで、その人間の野球の力量がわかると言う。
監督は相手に座るよう言った。おれがピッチャーになった瞬間だった。おれはキャッチャーめがけてボールを投げた。ピッチングフォームはメチャクチャで、ストライクなんて一球も入らなかったが、スピードだけはあったようで、監督はじめ、チームのみんなが驚いた。
おかんとのキャッチボールが、いつしかおれの地肩を強くしていたのだ。
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