五
順調にガキ大将に育っていったおれは、喧嘩もしたし、羽目を外した遊びもした。いつしかおれには取り巻きもでき、子分的な存在も生まれた。ガキで馬鹿だったおれは有頂天になり、子分に何かを命じたり、時には、木の上から飛び降りたり、自転車で崖のような場所を駆け下りたりと、危険なこともした。ピンポンダッシュをしたり、駄菓子屋やスーパーで万引きなどもした。
万引きは、最初はちょっとした好奇心からだったが、タダでジュースやお菓子を口にすることができ、尚且つ一日五十円の小遣いを使わなくてもよく、それを貯金するうちに、いつかお金が貯まって、そのお金でおかんを楽にできるのではないかと考えるようになった。だからおれは毎日万引きして胃を満たし、小遣いを貯金した。
馬鹿なガキだ。貯金をするために万引きという罪を犯すなんて、どうかしている。だが、馬鹿なおれは、小遣いを使わず、それを貯めるために万引きをして腹を満たしていた。
そんなことをして貯めた金でおかん孝行しても、おかんが喜ぶはずなどないというのに……。
そんな感じで、おれは毎日羽目を外して遊んでいた。当然、生傷が絶えず、骨折や脱臼することもあった。
最初こそ、おかんは、「痛い」と何度も繰り返すおれを心配し、色々と世話を焼いてくれたが、何度も同じことが繰り返されると、おかんは呆れ、相手をしてくれなくなった。
「生きてるから痛いんや!」
「コブができたら大丈夫や!」
「唾つけてたら治るわ!」
と、いつもの「おかんのことば」を放ってきて……。
骨折や脱臼をしたら、さすがに医者には連れて行ってくれたが、あとはほったらかしだった。
不思議なもので、かまってくれるとわかっていると、「痛い、痛い」と泣きつき、甘えるのだが、相手をしてくれないとわかると、泣き言を言わなくなるものだ。痛みさえあまり感じなくなる。というより、痛みに慣れてしまい、鈍感になっただけなのだと思うが……。
おかんが仕事で忙しかったということもあり、おれは少々の怪我や風邪くらいではおかんに報告しなくなっていった。
それでも、さすがに親だ。おかんは、怪我はもちろん、おれの体調の変化に敏感だった。風邪をひきかけていると思えば、レモンを丸齧りさせてくれた。ガキだから、何でも丸齧りするのが好きで、嬉しかった。それが結果的に風邪予防になったことを知ったのは最近だが……。
今でも風邪をひいたかと思えば、おれはレモンを丸齧りする。おかげで本格的な風邪をひいたことがない。
そのうち、少々のことでは怪我もしなくなり、病気などとは無縁な体になっていった。相変わらずガキ大将で、身長も伸び、小学三年の時には、春には一番前だった並び順が、秋には一番後ろになっていた。
ただ、勉強はからっきしだった。おかんは、一度たりとも勉強しろと言ったことがない。「好きなことしぃ」が口癖だった。そう言われると、少しくらい勉強しなくてはいけないと子供心に思い、机に向かってみるのだが、集中力が長続きせず、成績は一向に上がらなかった。勉強が好きではなかったからだろう。
つまり、おかんが言いたかったのはこういうことだ。勉強でも何でも、好きでなければ、いくらやっても身につかない。反対に、好きで続けることは力になる。
父親の血を引いたせいか、体育の評価は「5」だった。運動会や球技大会ではヒーローだった。好きだったからだと思う。
ガキ大将としての素質が一層開花され、毎日子分を従え、おれはますます有頂天になっていった。
そんなある日、子分たちといつものようにスーパーで万引きをし、戦利品のお菓子を公園で食べていると、制服警官が二人やってきた。スーパーの店員も一緒だった。おれは、やばいと思い、すぐに逃げようと思ったが、足の速いおれが逃げおおせても、子分たちが捕まると考え、おとなしくしていた。子分たちは逃げるどころか、緊張で体が強張っている。
「君ら、そのお菓子盗んだやろ? ちょっと来てもらおか」
おれたちは警官の迫力に反抗もできず、スーパーの事務室へ連れていかれた。そこでおれは正直に罪を認めた。おかんや学校に連絡されるのは嫌だったが、仕方ない。それに、正直に罪を認めた方が早く帰れると思ったのだ。
だが、甘かった。
子分たちが全員、おれに命令されて無理やり万引きさせられたと告白したのだ。
確かに最初こそ、おれの方から誘ったが、最近では、おれは万引きに飽きていて、子分たちが率先してやっていた。味をしめたというやつだ。それだけにおれは腹が立ち、子分たちを睨みつけた。だが、それが心証を悪くした。今にも子分たちに飛びかかりそうなおれを見た警官たちは、子分たちの言い分を信じた。おれに確認もせずに。そしてスーパーの店長らしき男も、体が大きなおれが万引きの指示をしていたようだと証言したのだ。
子分たちはその場で釈放された。親に連絡されることもなく。おれだけが残された。仕事場から駆けつけたおかんを警官が責める。
「お宅は一体どういう教育を……」
だが、おかんは警官を無視し、おれに訊いてきた。
「あんた、ほんまに万引きしたんか?」
おれは頷いた。嘘をついたら怒られるからだ。
「友達にも万引きしろって命令したんか?」
おれは不服だったが、渋々頷いた。
次の瞬間、張り手が飛んできた。頭を打った時などに、目の前に星が飛ぶと言うが、本当に数え切れないほどの星が飛んだ。
「あんた、アホか! やるんやったら自分の責任で一人でやり! 一人でやって一人で捕まったらええ。他人様をまきこみな!」
そう怒鳴るや、またもや張り手が飛んできた。思わずよける。よけたことで怒りが増幅したおかんは、おれの首根っこを掴むと、往復ビンタを飛ばしてきた。
慌てて警官が止めに入る。
「まあまあ、おかあさん」
「何です? うちはこういう教育方針ですわ! 文句ありますか!」
と言った後、店長に向き直り、
「申し訳ありませんでした。この子が今まで盗んだ分につきましては、ここで下働きさせてもろて、お返しします」
さすがに店長は驚き、
「いや、それは……お母さんの教育方針もよくわかりましたし……今後はもうこんなことはないと思いますので、結構です」
「いや、それではわたしの気が収まりません。どうぞ使ってやってください」
「いえいえ、それは本当に……」
おかんと店長のやり取りは何往復も続いたが、やがて警官の、
「まあまあ、お母さん、息子さんはまだ小学生ですし、店長もこう言うてはるので……」
という一言で終結した。
おれは無事釈放された。
外に出ると、町はオレンジ色に染まっていた。季節はもう忘れたが、やけに夕焼けがきれいだったから、秋だったのだろうか。
帰り道、おかんは言った。
「痛かったやろ?」
「うん」
「ごめんな。でも、あそこでは、ああでもせんと話がややこしくなるやろ」
「……」
「なんや、不服そうやな」
「……せやかて、最初は確かにおれが万引きしようって誘ったけど、最近はあいつら子分たちが自分から……」
「なにが子分や、アホか! あんた何様や!」
「……」
「あんたな、最近は友達が自分たちから万引きしたって言うけどな、それはちゃうで」
「?」
「あんたの機嫌を損なわんために、あんたを気持ち良くするためにやってたんや」
「!」
「それはな、あんたが無理やりやらせたんと同じことや」
「……」
「あんた、それ以外にも、何か無理やりやらせたことないか?」
おれは正直に、危険な遊びをしていたと告白し、そして言い訳した。
「でも、それも、無理やりやらせたと言うより、おれも一緒にやってたから」
「アホ! だからそれは、あんたが怖いから、嫌々やってたんや」
「……」
「あんたのやってたことは、いじめや」
「!」
いじめと言われてショックだった。ついこの前まで、自分がいじめられていた。そのいじめという最低の行為を、今度は自分がしていた。
「あんた……その子らのこと、友達と思ってるか?」
「……まあ……一応」
「嘘やろ。子分としか見てなかったやろ」
「……それでも友達やと思ってた」
「……ほんなら、捕まった時、なんであんただけ悪者にしたんや?」
「……」
「友達やったら、たとえあんたに無理やりやらされてたとしても、ちょっとくらいはあんたのこと庇うやろ?」
「……うん」
「これからは、子分じゃなく、ほんまの友達できたらええな」
「うん」
「それで、なんで万引きしたんや?」
「お菓子が欲しかったから」
おかんが頭をはたく。
「嘘つけ! お菓子買うくらいの小遣い渡してるはずや!」
「……まあ」
「何が『まあ』や。あんた、ブタの貯金箱にせっせと小銭貯めてるみたいやけど、あれ何や?」
「……いや、別に」
「正直に言い!」
おかんに睨まれると隠し事はできない。
「お金貯めて、おかんに楽させたろと思って……」
「……アホ! そんな、万引きして貯めたお金で楽にしてもらいたないわ!」
おかんはまたおれの頭をはたいたが、その目は笑っていた。
もしかしたら、おかんは最初から全部知っていたのかもしれない。だが、何も言わなかった。おれが頭を打つまで待っていたのかもしれない。
「おかあちゃん、おれ、ブタの貯金箱のお金、スーパーに返すわ」
「うん、そやな」
おかんが満面の笑みを浮かべていた。
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