当時のおれはそんな調子で、好きな時に学校に行っていたから、クラスの中でも浮いていた。

 おかんは小太りだったが、そんなに背は高くないから、死んだ親父に似たのだろう、中学へ入る頃からおれの身長は急激に伸び、長身の仲間入りをしたが、当時のおれは、クラスで一番のチビだった。ノッポも目立つが、チビもまた集団行動からはみ出せば目立つ。学校を休んだら休んだで目立つ。登校したらしたでまた目立つ。目立つイコール浮く。

 お決まりのコースで、おれはいじめられるようになった。

 チビのため、プロレス技の餌食になったり、上靴を隠されたり、教科書を隠されたり……七歳児の考えつく、程度の低いいじめだ。だが、同じ七歳児にとっては、それはこたえる。

 おれは学校へ行くのが嫌になった。また不登校。今度はいじめという明確な理由がある。おれはおかんに正直に話した。

 学校でいじめられていることを、その親は知らなかったというケースは多い。そして、それが手遅れの原因になり、いじめで命を落とす子供たちが出てくる。確かに、自分がいじめられているなんて、なかなか親には言えないものだろう。気持ちはわかる。だが、おれの場合はすぐに言った。言えた。嘘をついてはいけないというおかんの教えがあったからだ。だから、おれはすべてを話した。

 すべて話し終えた時、おれは泣いていた。話しているうちに悔しくなってきたのだ。最初はそうでもなかった。いじめられていることに対し、悲劇のヒーローを気取っていた部分があった。だが次第に、いじめに対し、何もできず、ただ逃げていることが悔しくなってきたのだ。悔し泣きだった。

 居合わせた叔母が憤り、学校へ怒鳴り込もうとしたが、おかんが止めた。おれはいつまでも泣いていることをおかんに叱られると思ったが、そんなことはなかった。

 おかんはまずおれを褒めた。隠さず正直に告白したことを。

 そして言った。

「泣いたらええ。どんどん泣いたらええ。今日も明日も明後日も、毎日泣いたらええ。でもな、カズ、泣いたら泣いた分だけ強くならなアカンで!」

「……」

 ガキだったから、おかんの言葉の意味をすべて理解したわけではなかったと思う。でも、おれは毎日泣いた。情けなくて、悔しくて涙が自然に溢れてきた。泣き続けた。

 そうこうするうち、いつまでも泣いていてはいけないと子供心に思い始めた。徐々に泣く回数は減っていった。いや、ただ単に泣くことに飽きただけだったのかもしれない。人間、いつまでも泣き続けられないものだ。もしかしたらおかんも、それがわかっていて、どんどん泣けと言ったのかもしれない。

 泣かなくなったおれは、強くなったかどうかはわからなかったが、不思議なことに心がスッキリとしていた。そして、おかんの言葉のように、泣いた分だけ強くならなければと思った。

 おれは再び学校へ行き始めた。

 早速いじめっ子がやってきて、プロレス技をしかけてこようとした。その瞬間、おれの方から彼らに向かっていった。いじめに対し、何もできない自分が嫌だったのだ。いつも技をかけられていたから、かけ方はよくわかっていた。だが、多勢に無勢、おまけにおれはチビだったから、すぐに逆襲された。それまでのように、ボロボロにされた。しかし、いじめられているという気持ちはなかった。

 次の日も、そのまた次の日も、おれは自ら彼らにプロレス技をしかけにいった。同じようにボロボロにされたが、おれ自身、それまではプロレスの技によるいじめという意識だったが、そこからはプロレスごっこという認識に変わった。だから苦痛ではなかった。プロレスごっこは日に日に白熱していった。

 おれは、彼らが拒んでも挑み続けた。卑怯なことはせず、正面から向かっていった。喧嘩ではなく、あくまでプロレスごっこだったが、おれにとっては戦いだった。

 彼らは明らかに及び腰になっていた。おれはそれでも挑み続けた。次第におれの方が優勢になっていった。彼らの方が先に音を上げた。

 明らかにいじめだった時には見て見ぬフリをしていた担任が、プロレスごっこでおれが優勢になった途端、止めに入ってきた。

 馬鹿らしくなったおれは、プロレスごっこをやめた。いじめはなくなったが、おれは変わり者という目で見られた。それでもおれは学校を休まなかった。そして、今までと違う意味で目立つようになっていった。

 おれは、勉強はからきしだったが、運動神経だけはよかった。足も速かった。ガキの頃は、足が速い奴がもてる。

 こんなことを言うとおかんに怒られるだろうが、おれはおかんに似て十人並みの顔だ。目や鼻など、パーツがどれも大ぶりで、決して男前ではない。だが、足が速かったから、人気が出てきた。

 それから、大阪でもてる一番の要素はおもしろいこと。この点に関しても負けなしだった。二歳の頃から、スナックを経営する叔母やその客に笑いを叩き込まれ、また、吉本や松竹などの劇場によく連れて行ってもらった経験は伊達ではなかった。

 おれがめきめき頭角(?)を現し始めると、一目置かれる存在になっていった。

 涙は決して無駄ではなかったのだ。

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