第12話 阿吽の呼吸と新たな脅威

 ザーセクたちは、群がってくる融合モンスターを退けながら、エレベーターに向かって走った。


「敵の数が増えたっていうより、俺たちのところに集中するようになってきたな」


 他のエリアから避難民が消えたことで、敵の残存勢力がザーセクたちに集中しやすくなっているのだ。


 ただし最激戦地ではない。もっとも激しい交戦地帯は、新商品のイベント販売を行う予定だった観光フロアだ。


 そこには山積みの新商品がセットしてあるので、融合モンスターたちは栄養を求めて結集していた。


 運輸省の防衛部隊も粘っているのだが、戦況は芳しくない。すでに二名の隊員が殉職していて、撤退も視野に入っていた。


 つまり軌道エレベーターはモンスターに占拠されつつあるわけだ。


 そんな逆境で、ザーセクとルルは田舎の観光客を逃がしていた。


「おいどうした、まだエレベーターホールまで距離があるぞ!?」


 ザーセクは、田舎の観光客たちの走るスピードが鈍ったことに気づいた。


「す、すまねぇだ、最近の畑仕事は自動化してるから、若いころみたいに走れなくて」


 田舎の観光客は、父親も母親も息子も、ひぃひぃと息が上がっていた。


 彼らは、ザーセクやルルみたいな日常的に飛んだり跳ねたりしていないので、緊急避難においてはスタミナ不足であった。


 もしAMIが小隊単位で動いているなら、隊員の誰かが彼らを担げばいいのだが、ザーセクとルルしかないので、そんなことをする余裕がない。


 このままでは彼らを守りきれない。なにか革新的なアイデアが必要であった。


 閃いたのは、ルルであった。


「ザーセク、力技でエレベーターの扉を開けて」


 たったそれだけの言葉で、彼女がなにをやりたいのか、ザーセクは理解した。


 無口な彼女と組んで二年目である。これだけ喋ってくれるなら、なにをやりたいのか簡単に読み取れるのだ。


「タイミングはそっちで合わせてくれよ。俺は前に突っ走ることに全力を尽くすからな」


 ザーセクは敵からダメージを受けることを覚悟して、全力疾走でモンスターの群れに突っ込んだ。


 高周波ブレードを盾みたいに構えると、がしんがしんと鋼鉄の足音を鳴らしながら、体当たり気味に融合モンスターを跳ね飛ばしていく。


 だが敵に包囲される行為でもあるので、前後左右から炎のブレスと触手攻撃が飛んでくる。エーテルアーマーの装甲に亀裂が走って、背中のサブカメラが破損。視界の後ろ半分がぼやけてしまい、戦況を把握するのが難しくなる。


 それでもルルの作戦を信じて、エレベーターホールに突入すると、エレベータの開閉ボタンを押し込んだ。


 ぐいんっと扉が開いて、エレベーターカーゴの姿が露わになる。


 その瞬間、ルルが魔法を発動。飛行魔法を応用して、田舎の観光客たちを投射した。


 田舎の観光客は、飛行の力で山なりに押し出されて、まるで遠投のハンドボールみたいにエレベーターカーゴの中に転がり込んだ。


 間髪入れず、ザーセクもエレベータカーゴに入って、すぐに下降ボタンを押した。


 ルルをホールに残したまま、カーゴの扉が閉まると、田舎の観光客の父親が驚いた。


「まさか、あの魔法使いの女の子を見捨てるのけ!?」


 ザーセクは、エーテルアーマーの損害状況をチェックしながら答えた。


「ルルは魔法で飛べるから、貨物用エレベータの吹き抜けを真っすぐ降りてくるんだよ」


 ルルは飛行の魔法で浮かび上がると、融合モンスターの群れから離脱。軌道エレベータの中央部を通っている貨物用エレベータの吹き抜けに移動。そこを伝って、悠々と下降した。


 ここまでの流れは、すべてザーセクとルルの作戦通りであり、まさに阿吽の呼吸であった。


 田舎の観光客の父親が、へなへなと尻もちをついた。


「な、なんだい、驚かせないでくれや……とにかくこれで助かるけども、なんか罪悪感があるでな。おらたちは助かったが、逃げ切れなかった人たちもおるで……」


 さきほど通過した通路にも犠牲者がいたし、他のルートにも融合モンスターに殺された観光客がいる。


 なんなら観光フロアでは、運輸省の防衛部隊から殉職者も出ていた。


 ようやく助かったというのに、なんとも後味の悪い結末になっていた。


「あんたらはなにも悪くないよ。もし悪いやつがいるとしたら、この街で手抜きしたやつらさ」


 お菓子会社の常務はパワハラで調整弁を外させて、運輸省は軌道エレベータのデッドスペースを長期間チェックしなかった。


 ザーセクが所属するAMIだって、今回たまたまミスをしていないだけで、他の案件であれば、手抜きをしていたことが原因で悲劇が起きるわけだ。


「神様ってのは残酷だべ。真面目に生きてきた人でも、容赦なくモンスターが殺しちまう。それなのに悪いやつにかぎって、ふんぞり返って生きてるんだ」


 田舎の観光客が漏らした感想は、まるで人生訓のようにザーセクの心に染み込んだ。


 モンスターには人類みたいな意思がない。かつての魔王みたいな野心だってない。


 モンスターが人類を襲うのは、野生動物の襲撃と同じように、必然性と偶然性の合間にあるわけだ。


 だからモンスターが人里で暴れることは、自然災害をなぞらえて、モンスター災害と呼ばれている。


 そんなモンスター災害と、人類はどう向き合えばいいんだろうか?


「人類はひたすら備えるしかないんだ。モンスターは自然発生するんだから」


 古典的な言葉に、備えあれば憂いなし、というものがある。


 モンスター災害はいつ起きるかわからないのだから、人類は万全の態勢を整えておくことが肝要なのだ。


 ザーセクはAMIの隊員なんだから、常日頃から心身を鍛えて、いつでもモンスターと戦えるように準備しておく必要があった。


「がんばってくれよ、AMIのお兄さん。おらたち普通の人間は、逃げることしかできないんでさ」


「ああ、がんばるよ。そのためにAMIに入ったんだから」


 ようやくエレベータは一階にたどり着いた。


 ルルは、すでに一階に着陸していて、エントランスホールに融合モンスターが近寄ってこないように警戒していた。


 どうやら安全みたいなので、ザーセクは田舎の観光客たちを軌道エレベーターの外に連れ出した。


 夕暮れになっていた。外の空気はじっとりと冷えていて、遠くに見える市街地のネオンをやけに明るく感じた。


 ひとまず作戦完了だ。すべての避難民を助けられたわけではないが、自分のやれることは全部やった。


 あとは運輸省の防衛部隊が、軌道エレベータ内部の融合モンスターたちを一掃するのを待つだけだ。


 ただし依然として戦況は芳しくない。


 軌道エレベーターの内部で発生する銃撃と魔法の音が、だんだんと下の階に近づいてきた。


 彼らは撤退しているのだ。どうやら融合モンスターの群体に負けてしまったらしい。


 やがて防衛部隊の生き残りは、一階にある非常口から脱出してきた。


「全員軌道エレベーターから離れろ! バカでかいモンスターだ!」


 ぬめりという湿っぽい音が響くと、軌道エレベータ―の壁一面に融合モンスターが生えてきた。


 もし一般的な家屋の壁にモンスターがへばりついているだけなら、それほど驚く必要はないだろう。


 だが軌道エレベータは、惑星の地表から衛星軌道上まで届く超巨大建築物である。


 そんな建物の壁一面を覆いつくせるということは、融合モンスターは怪獣サイズまで拡大したのだ。


「あいつら増殖しすぎて、怪獣サイズの塊になったのかよ!?」


 ザーセクが呆然と衛星軌道上を見上げたとき、レイドリン課長から現場の人間全員に緊急連絡が入った。


『総員に告ぐ。軌道エレベータが占拠されたことにより、モンスターの巣はAクラス判定になった。これにより現場の権限は大統領府が一括管理することになった。もはやAMIと運輸省で管轄争いしている場合ではない。各自協力して、この問題に対処するぞ』


 モンスターの巣がAクラス判定になったということは、台風や洪水と同じ規模で被害が発生すると判断されたわけだ。


 ザーセクたちの危機は、あらたな局面を迎えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る