第11話 避難民を守りきれ

 ザーセクは、ひたすら踊っていたし、雑談配信の練習も続けていた。


「もし本当にデッドスペースにモンスターの巣があるとしても、防衛部隊の戦力ならなんとかなるはずだ。俺たちの出番にならないのが一番の朗報ってわけ」


 ルルは観光パンフレットを読みつつ、魔力の網を軌道エレベーター全域に広げていた。


 だから融合モンスターが、デッドスペースにあるモンスターの巣から、軌道エレベータ―内部に移動したことに気づいた。


「…………魔力の網に反応あり」


「なんだって?」


 ザーセクは、通信の周波数を運輸省が使っているものに変えた。


『観光フロアに融合モンスター出現!』『避難誘導急げ!』『地下を調査中の防衛部隊は、巣の駆除を行うチームと、軌道エレベータ内の敵をせん滅するチームに分かれるんだ』


 どうやら本当に融合モンスターが軌道エレベータ内に出現したようだ。

 

「っていうか、やっぱりデッドスペースがモンスターの巣になってたのか。こんなところ日々の巡回じゃチェックしようがないからな。こういうミスはAMIにだって起こるだろうし、他人事だって笑ってる場合じゃないよな」


 生体チップを召喚モードに切り替えて、エーテルアーマーを呼び出した。


 すぐに装着して、戦闘準備を整える。軌道エレベータ内には逃げ遅れた避難民が大勢いるので、対モンスター用重機関銃は使えない。


 高周波ブレードのみ装備して、運輸省の防衛部隊に通信した。


『こちらAMIのザーセクとルル。そちらの部隊と連携したいんですが』


『余計なことをするな。ガンドラーム一族の魔女なんかと一緒に戦えるはずないだろうが』


 ザーセクは、かちんと来た。


『そんなこといってる場合じゃないだろうが! モンスターの迎撃とお客さんの避難誘導を同時にやらなきゃいけないんだぞ!』


『いいからそこを動くな! 部外者は現場に入るんじゃない!』


 ぷつんっと通信が切断されてしまった。


「くそっ、あいつら通信を切断しやがった! そんな意地になってルルを避ける必要はないだろうが!」


 ザーセクは怒りを我慢できなくて、応接間にある机を真っ二つに折ってしまった。


 ちなみにルルは、防衛部隊の失礼な態度なんて気にならないらしく、いつもの仏頂面で廊下の様子を確かめていた。


 すでに観光客と従業員の避難が始まっていて、まるでアリの巣を破壊したみたいに、わーっと人間の海が動いていた。


 ザーセクは、彼女の仕事熱心な姿を目の当たりにして、冷静さを取り戻した。


「そうだ、ルルが正しい。いまの俺たちにやれる仕事を探さないと」


 ザーセクは彼女を見習って、パンフレットの地図を広げた。


 軌道エレベータ内部は、縦に長い施設だ。下層階に降りるためには、必ず階段かエスカレータかエレベータを使わないとといけない。


 普段からこの施設で働いている従業員であれば、逃げ遅れは発生しないはずだ。


 だが観光客は違う。これだけの数が一斉に避難するとなれば、逃げ遅れるか、もしくは道に迷う人が出てくるはずだ。


「ルル、俺はこれから運輸省の指示を無視して、勝手に動いて逃げ遅れた人を探す。もし、まずい行動だと思ったら、ここに残ってていい」


 ザーセクは、運輸省のメンツに泥を塗ろうとしていた。


 もしこれが組織間の問題に発展したら、AMIの看板にも泥を塗ることになるだろう。


 だがルルは、いつもの仏頂面のまま、さっさと応接間を出た。


「目立つ道じゃなくて、目立たない道に迷い込んだ人がいるはず。とくに田舎から上京してきた人が」


 どうやらルルにとっては、運輸省のメンツも、AMIの看板も、まるで関係ないようだ。


 ザーセクは、相棒の勇気ある決断が嬉しくなった。


「ああ、そうだよな。複雑な道に慣れてない人は、思わぬルートで逃げるもんだ」


 ザーセクとルルは、観光パンフレットで避難ルートを確認しながら『もし観光フロアから避難するとして、誤ったルートに入り込むとしたらどこか』を検討した。


 すぐに結論が出た。


 観光フロアの上の階にある展望デッキだ。


 軌道エレベータから脱出するなら下層階に降りないといけないのだが、もし複雑な建物に慣れていなかったら、誤って上の階に逃げる可能性がありえるのだ。


 




 ザーセクとルルは、避難民の流れを逆走して、上り階段で展望デッキに到着した。


 全面ガラス張りのフロアであり、はるか真下にある地上を見下ろしながら食事を楽しむ空間だ。


 調理スタッフと食事中の客は避難が完了しているのだが、展望デッキのテラスエリアに一組の家族が迷い込んでいた。


 田舎から上京してきた一家である。


「こんなだから父ちゃんの指示なんて従いたくなかっただよ」「そ、そげなこといわれたって、都会の道なんてわかるはずなかろうもん」「ケンカしてる場合じゃなか、さっさと逃げないとモンスターに食われてまうど」


 ザーセクは、彼らに声をかけた。


「こっちだ! 一緒に逃げるぞ!」


 エーテルアーマーを見たことで、田舎の観光客たちは安堵した。


「よ、よかった、あんたら神様みてえだよ」


「安心するのはまだ早いぜ。自宅に到着するまでが旅行だからな」


 ザーセクは、高周波ブレードを構えながら、展望デッキの外を見た。


 下り階段も、エレベータ付近も、エスカレータ付近も、融合モンスターたちであふれかえっていた。


 しかも最悪なことに形状が変化している。


 アクアスライムとフレイムクラウドだけではなく、うねるような触手が増えているのだ。


「おいルル、なんか形が変化してるっていうか、種類が増えてねーか!?」


 ルルは初級の風魔法である【かまいたち】を発動。風属性の小さな刃を新手の融合モンスターにぶつけた。


 下半身のアクアスライム部分と、上半身のフレイムクラウド部分は消滅したのだが、全身から生えている触手だけは、風魔法を吸収して肥大化してしまった。


 それを見届けたルルは、こう結論した。


「ウインドフラワーも合体してる」


「三種類目ってことか。いったいどこから入り込んだんだ、ウインドフラワーは?」


 ザーセクは生体チップを起動して、レイドリン課長に報告した。


『こちらザーセクです。課長、現場の融合モンスターなんですけど、ウインドフラワーも合体して、より強力になってます』


『ウインドフラワーに関しては、運輸省の不手際だ。どうやらずいぶん前から、軌道エレベータのデッドスペースに、ウインドフラワーが群生していたらしいな』


『そんな前からウインドフラワーが群生してたのに、なんでこれまで事件化しなかったんでしょう?』


『ウインドフラワーは繁殖する際に種の姿で移動するから、デッドスペースのわずかな穴から内部に入れた。それが軌道エレベータの膨大な電力で開花するから、これまでは外に出られなかった。しかしアクアスライムとフレイムクラウドが合流すれば、壁を溶かせるようになるから、デッドスペースの外に出られるようになった』


『ってことは、事件の始まりから、三種類揃ってたってことですか。でも奇妙ですね、工場で戦ったときは二種類だったのに』


『それに関しては、うちの科学捜査&錬金捜査班が解明した。時間経過だよ。アクアスライムとフレイムクラウドは液状と気体のモンスターだから、あっさり合体できた。しかしウインドフラワーは物質系のモンスターだから、融合まで時間が必要だったんだ』


『つまり三種類合体したのが最終形態ってことですか。それはそれとして、俺たちはこのまま運輸省の管轄で動き回っていいんですか?』


『もちろんだ。こちらで運輸省と交渉を進めておく。お前たちは逃げ遅れた人々を助けるんだ』


 通信を終わらせると、ザーセクは足元に残っていたウインドフラワーの触手部分を、高周波ブレードで切り裂いた。


「退路を切り開かないとな。要救助者を守りながら」


 ザーセクはエーテルアーマーの突進力を有効活用すると、融合モンスターの群れに切り込んだ。


 前方の一体を切り倒して、隙間を作ったら、背後に控えているルルが氷系の魔法を打ち込んだ。


 ザーセクの左右にいたモンスターたちは、まるで壁のように凍結してしまった。


 右と左に氷の彫像と化した融合モンスターを置いた状態で、そのど真ん中をザーセクたちが進んでいく。


 田舎の観光客たちは、すぐ近くに氷漬けになったモンスターがいることに、震えあがっていた。


「都会は恐ろしいところだ、こんなにモンスターがいるなんて……」


 ザーセクは前方の敵を切り裂きながら、きっちりツッコミを入れた。


「いや、都会より田舎の方がモンスターの数は多いし強いだろうよ」


 モンスターの強さは、野生動物の強さと比例している。


 都市部ほど弱くなって、辺境の地になるほど強くなるのだ。


 だからザーセクとルルみたいな若手は、都会のAMIに勤務している。


 将来技術が向上して、優れた隊員になったら、辺境の地に転属となる。


 とくに極寒地帯や砂漠地帯みたいな人間が住むのに適していない土地ほどモンスターが強いため、エリート中のエリートが集まっているのだ。


「たしかに田舎のモンスターは強いけんどよ、こんなわけのわからない見た目をしておらんし、一か所にこんな固まって出ることもないで」


 田舎の観光客の漏らした素直な感想は、錬金事故を起こした融合モンスターが異様であることの証明であった。


「錬金事故のせいで、いまこの瞬間だけ、都会が田舎より恐ろしい環境になったってことかもしれないな」


 そう漏らしながら、ザーセクはひたすら融合モンスターを切り伏せていく。


 これだけ大規模なモンスター災害に発展すれば、避難民には逃げ遅れて犠牲になった人たちもいた。


 コンビニ店員の制服を着た中年女性が真っ二つに引き裂かれていて、その隣には観光客らしき若い男性が溶けていた。


 ザーセクは胸を痛めた。せっかく展望デッキで田舎の観光客を助けられたのに、すべての避難民を助けられるわけではない。


 憧れのAMIに入ったはずなのに、なんでこんなに無力なんだろうか。


 ホムンクルス強化手術を受けてエーテルアーマーを装着したのは、彼らみたいな無辜の犠牲者を守るためではなかったのか。


 悔しい。もっと自分に力があれば。


 とザーセクが悩んでいたら、エーテルアーマーのお尻パーツにガツンっと衝撃が走る。


 ルルが全力で蹴ったのだ。


「前だけを見て」


 彼女の言う通りだった。


 どれだけザーセクが嘆いたところで、犠牲者は復活しない。だからこそ、いま生き残っている人たちを逃がすことに全力を尽くさないといけない。


「ルルの言う通りだ。俺は甘いやつだったぜ」


 迷う心に気合を入れなおしたところで、乗客用のエレベータが一つ空いていることに気づいた。


 というか、他の生き残った避難民たちは、すでに軌道エレベータの外に脱出しているため、ザーセクとルルと田舎の観光客たちがラストなのである。


「エレベータホールまで走ろう。あいつを使えば、すばやく一階にたどりつける」

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