第10話 軌道エレベーターの調査
ザーセクとルルは、課長に一報入れてから、軌道エレベーターにやってきた。
惑星の地表から衛星軌道上まで届く運搬用の超大型エレベーターである。
月面基地への接続に使われているし、宇宙空間上の貴重な鉱物資源の収集にも使われているし、観光スポットでもあった。
これだけ規模の大きな施設になれば、仕事中のスタッフが大勢いるし、それ以上に観光客で埋めつくされていた。
だが今回の事件において、もっとも重要な点は【軌道エレベータ―の宇宙に突き出た部分に、太陽光を直接利用して発電するシステムがあること】だった。
「高エネルギー施設でもあるんだよな、軌道エレベーターは」
ザーセクは不安に感じていた。もし軌道エレベーターにモンスターの巣が出来ているとしたら、膨大な電力を餌にして繁殖しているのではないか、と。
飲食街の噂によれば、電力パイプに謎の振動が伝わっているらしい。
それがモンスターの胎動だとしたら、事態は深刻であった。
「衛星軌道ステーキと月面パフェを十個ずつ」
ルルは観光エリアにあるフードコートで名産品を注文していた。
「もし軌道エレベータにモンスターの巣があるとしたら、観光客が入れないところだろうな」
軌道エレベータは、物流と発電だけではなく、戦略施設でもあるんだから、観光客向けに開放されたエリアを除いて、全エリア立ち入り禁止だ。
警備を担当しているのは、運輸省の防衛部隊だ。
モンスター戦も想定しているから、エーテルアーマーと魔法使いの組み合わせである。ただしAMIと違って、対人間に特化しているため、火力より精度を求められる部署だった。
ザーセクとルルは、衛星軌道ステーキと月面パフェを食べながら、運輸省の防衛部隊に接触した。
「AMIのザーセクとルルです。軌道エレベータの防衛部隊にたずねたいことがあります」
防衛部隊は、ルルの顔を見るなり、すーっと遠ざかってしまう。
「あのマジックアイテムの眼鏡、間違いない、ガンドラーム一族の女だ」「気をつけろ、恐ろしい魔女だ」「怒らせたら消し炭にされるかもしれない」
眼鏡というアイテムは、時代によって意味合いが変わってくる。
ホムンクルス強化手術が生まれるぐらいの技術水準だと、先天性の疾患はすべて治療できるようになっていた。
つまり生まれつき目が悪い人間は遺伝子治療によって治せるのだ。
そんな時代で眼鏡をかけているやつは、二種類しかいない。
おしゃれ目当ての伊達眼鏡と、特殊な用途のマジックアイテムである。
ルルの場合、後者だった。
しかもガンドラーム一族の女たちは、良くも悪くも有名なので、すでに顔が知れ渡っている。
どうやら運輸省の防衛部隊は、初対面のルルのことを悪人のように感じているらしい。
ザーセクは、防衛部隊に抗議した。
「俺の相棒を偏見で判断しないでください。彼女はちゃんと力を制御できています」
だが防衛部隊は、取り付く島もなく、恐れをなして逃げていった。
「いきなり逃げないでさ、せめて言葉のやりとりぐらいしてもいいじゃないか」
と、ザーセクは残念に思った。
だが防衛部隊の懸念も理解はできる。
ガンドラーム一族の女が、真の力を開放すると、災い一歩手前の破壊をもたらすことになるからだ。
ただし、その強大な力が暴走するかどうかは、個人の資質で変化する。
ルルは暴れん坊ではない。ただの無口な食いしん坊だ。
「…………」
ルルは防衛部隊に拒絶されたことを気にしていないらしく、衛星軌道ステーキをバクバク食べていた。ちなみに月面パフェはすでに完食していた。
「相変わらずメンタル強いなぁ」
ザーセクが褒めると、ルルはぼそりと返した。
「むしろ都合がいい」
人見知りを極めると、むしろ他人に避けられることを好ましく感じるわけだ。
ある意味でメンタル強者だし、自分にはとても真似できないな、とザーセクは感心した。
それはさておき、自分たちの目的は、軌道エレベータでモンスターの巣を探すことである。
防衛部隊には拒絶されてしまったから、軌道エレベーターを管理する所長に面談を申し込んだ。
「AMIのザーセクとルルです。軌道エレベータにモンスターの巣があるかもしれないので、調査をさせてほしいんですが」
だがアポなしの訪問になってしまったので、いきなり会うことはできず、応接間で待機することになった。
応接間は、軌道エレベータの中腹にあった。
観光関連やテナント関連の交渉でも使うため、商売人が好みそうな内装になっていた。
人間工学に基づいた椅子と、油圧で高さが上下するテーブルだ。観葉植物や芸術品は最低限しか置いていなくて、それ以上に使いやすさを重視していた。
そんな部屋の片隅で、ザーセクは生体チップを起動すると、レイドリン課長に連絡した。
『課長、なんで軌道エレベータのお偉いさんは、俺たちと会ってくれないんですか?』
『メンツだよ。警察管轄のAMIの助言でモンスターの巣を探すことになったら、運輸省は自分たちの不手際を認めることになるだろう』
『あー、たしかに。日常的な巡回で見落としてたことになりますもんね。でもそうやって自分たちのプライドを優先した結果、本当にモンスターの巣があったら大惨事じゃないですか?』
『その通り。だからお前らを応接間に隔離しておいて、その間に自分たちでモンスターの巣を探してるんだ』
『なるほど! あくまで俺たちと会わないのはメンツを守るためで、ちゃんとモンスターの巣の調査はやってるんですね。なら、しばらく応接間で暇つぶししてますよ』
『そうしておけ』
通信を終わらせると、本当に暇になってしまった。
「暇になったなぁ。この仕事やってて、暇になるってめったにないから、いざ暇になると困るなぁ。とりあえず踊るか」
ザーセクは、なんとなく踊り出した。別にダンスが好きなわけではなくて、時間を持て余しているからだ。
さらに個人でやっている雑談配信の練習まで始める。
「こんばんわ、雑談放送の時間だ。この配信をやるようになって、もう七年目になるんだけど、どうしても同時接続二百人台の壁を突破できないんだよな。夢の三百人台を目指してるんだけど、なんで集まらないんだろうか」
ザーセクが一人でしゃべり続けているとき、ルルは軌道エレベータの観光パンフレットを読んでいた。
軌道エレベータの施設内部の地図も書いてあった。
ただし立ち入り禁止エリアに関しては、大雑把な説明だけで、詳細は伏せられていた。
ザーセクは、くるくる回転しながら、パンフレットの地図を見た。
「もしモンスターの巣があるとしたら、どこなんだろうな」
ルルは、立ち入り禁止エリアである送電設備の真下を指さした。
そこは下水路に面したデッドスペースであった。
運輸省の防衛部隊は、軌道エレベータの地下送電設備を調べていた。
AMIのもたらした情報は、彼らのメンツを傷つけるものであった。
毎日巡回している戦略施設に、モンスターの巣が定着しているとしたら、それは防衛部隊の不手際なのだ。
防衛部隊の斥候が、なにかに気づいた。
「ここの床って、こんなに薄かったですか?」
エーテルアーマーのスキャン装置は、地下送電設備の床が劣化していることを示していた。
軌道エレベータの設計図によれば、そこは送電設備と下水路の間であるデッドスペースだった。
なぜデッドスペースになっているかというと、純粋に狭いからだ。猫や犬が歩けるぐらいの高さだし、ただひたすら横に長いだけの空間に、使い道などない。
そんな狭い空間の壁が、なぜか設計段階より薄くなっている。
防衛部隊に緊張が走った。もし融合モンスターのアクアスライム部分が壁を溶かしているとしたら、大惨事である。
防衛部隊の隊長が指示を出した。
「不幸中の幸いだ。こちらからありったけの攻撃を仕掛ければ、初手でモンスターの巣を半壊に追い込める。そうすれば、AMIの手を借りないでも対処可能だ」
隊長の判断は、この時点では正しかった。
だが運命の歯車は、ときに悪い方向に噛み合う。
情報の伝達にはタイムラグがある。
たとえ軌道エレベータが実現するほど技術が進歩した世界でも、ニュース番組で事件情報が報道されないことには、組織全体の動きがワンテンポ遅れることがあるのだ。
軌道エレベーターの観光フロアでは、当初の計画通りに、とあるイベントが始まってしまった。
お菓子会社の新商品【かじふわくん】の試食会。
イベント管理会社のスタッフたちは、事前に定められたスケジュールに従って働いているだけだ。
だから防衛部隊が先制攻撃を仕掛けようとしているときに、巣の内部に潜伏している融合モンスターたちをおびき寄せることになるとは思っていなかった。
もしあと五分後ろにイベント開催スケジュールが設定されていたら、防衛部隊の先制攻撃が間に合ったし、夕方の事件報道のおかげで新商品を一か所に集めることがいかに危険な行為か気づけたんだろう。
だが、そうはらなかった。
防衛部隊がデッドスペースを一斉攻撃したら、モンスターの巣はもぬけの殻になっていた。
そう、融合モンスターたちは新商品の匂いを嗅ぎつけて、軌道エレベーター内部の排管パイプを逆流すると、観光フロアに飛び出してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます