第13話 衛星軌道上にある管制センター
ザーセクは、脱出してきたばかりの防衛部隊に質問した。
「現時点で、軌道エレベータに逃げ遅れた人はいないですね?」
防衛部隊のリーダーが、ぼろぼろに破損したエーテルアーマーを脱ぎつつ、疲れた顔で答えた。
「いないはずだが……いや、待ってくれ。宇宙空間にある管制センターの人たちだ。彼らは非常事態になったら、脱出ポッドを使って衛星軌道上に逃げる手はずだが、まだなにも確認してないんだ」
防衛部隊のリーダーは、生体チップを起動すると、管制センターに連絡した。
『こちら防衛部隊。管制センターは脱出しましたか?』
『こちら管制センター、脱出ポッドが機能しない。巨大なスライムに張り付かれたせいで、爆発ボルトによる離脱がうまくいかなかったんだ』
巨大化した融合モンスターは、軌道エレベータを完全に覆ってしまったので、アクアスライムの部分が管制センターと癒着していた。
これぐらいぴったりと張り付いていたら、爆発ボルト程度の衝撃では、融合モンスターを引き剥がせないだろう。
しかもアクアスライムは、捕獲した獲物を溶かして食べる性質を持っているので、管制センターの外壁を少しずつ溶かしていた。
このままだと管制センターの人たちは、融合モンスターに食べられてしまうか、酸素の流出で窒息してしまうだろう。
ザーセクは焦りを感じながら、防衛部隊のリーダーにたずねた。
「軌道エレベータ運営の緊急対策マニュアルだと、どうやって助けることになってるんです?」
防衛部隊のリーダーは、爪を噛みながら悔しそうに答えた。
「……マニュアルにはないな。巨大な怪獣と交戦するパターンなんて」
「ってことは、俺たちAMIが戦っても問題ないですね。ああいう手に負えない怪物が専門なんですから」
ついさきほどまで、AMIと運輸省の間で管轄争いがあった。
だがモンスターの巣がクラスAと判定されたので、現場は大統領府が直轄することになった。
指揮系統だけで考えれば、管轄争いは解消されたのだが、現場を管理する防衛部隊としては気持ちの面で解消されていない。
だからザーセクは、わざわざ相手側に確認を取っていた。
防衛部隊のリーダーは、己の胸に手を当てながら、ガンドラーム一族の女であるルルを見た。
しばしなにかを考えるように短い呼吸を繰り返してから、まるで胃の底からひねり出すように結論を答えた。
「……そうだな。どうせ大統領府の直轄になるんだから、君たちが主役になったほうがいい。そうすれば我々は、ガンドラーム一族の魔女と一緒に戦わないですむわけだ」
「なんでそんなにガンドラーム一族を疑ってるんです? いくら古代の魔女を宿していても、ルルとは初対面でしょう?」
「五年前。我々の部隊は、魔女の攻撃魔法の巻き添えになったんだ。そのせいで殉職した隊員だっている。とてもではないが、彼女たちは信用できない」
五年前の記事に、詳細が載っていた。ガンドラーム一族の魔女が、軌道エレベータでモンスターと交戦して、特大の攻撃魔法を撃った。そのせいで防衛部隊に巻き添え被害が発生して、殉職者も出ていた。
それなのに魔女は処分されなかった。あくまで戦闘中の流れ弾という判定になって、不問となったのだ。
そんな結末であれば、殉職者を出した防衛部隊としてはたまったものではないだろう。彼らがガンドラーム一族の魔女を恨んで当然であった。
ルルは、五年前の記事を読んで、こういった。
「従姉妹は戦闘狂だった。だから二十代後半で死んだ」
戦闘狂なんて恐ろしい気質であれば、周囲の被害なんて考えずに強力な攻撃魔法を行使するだろう。
だがルルは違う。彼女は無口で食いしん坊で、そこまで仕事に情熱を持っていない。しかもなんだかんだで周囲の状況も見えているから、攻撃魔法による流れ弾の被害だって考慮できる。
だからザーセクは、防衛部隊のリーダーを説得できると思った。
「ルルは違うんです。ちゃんと力を制御できます。だから信じてください」
防衛部隊のリーダーは、それほど迷うことなく、がっくりと肩を落とした。
「君は間違いなく正論をいってる。実際、展望デッキに取り残された観光客を助けたものな。だが我々は、融合モンスターとの戦いで三名もの殉職者を出してしまった。もはや自信喪失状態だ。バックアップに回らせてくれ」
彼らは対人戦のプロであって、対モンスター戦はおまけである。だから融合モンスターとの戦いで、うまく力を発揮できなかった。
そのことを嘆いているし、もしAMIと共同戦線を張っても足を引っ張ると感じたらしい。
「わかりました。あとは俺たちにまかせてください」
こうして運輸省の防衛部隊は、補給物資の輸送や現場周辺の警備を担当することになり、AMIが融合モンスターと戦いながら、管制センターの人たちを救出することになった。
防衛部隊と和解したのは良いことだが、事件が解決したわけではない。
ザーセクは、エーテルアーマーの機能で、立体マップを地面に投影すると、管制センターが存在する衛星軌道上を確認した。
「もし融合モンスターを倒すだけなら、課長たちの到着を待ったほうがいい。だがもたもたしていたら、管制センターの外壁が溶ける。そうなれば、逃げ遅れた人たちも溶けるし、その前に空気がなくなって窒息死だ」
AMIの被害を最小限にして、確実に巨大モンスターを倒すのであれば、増援の到着を待ったほうがいい。ただしこの選択をした場合、管制センターの外壁が持つかどうかは運まかせになる。
管制センターの人たちを確実に救いたいのであれば、いますぐ最上階に突入したほうがいい。こちらの選択をした場合、仲間たちの到着を待たずに、ザーセクとルルだけで攻略するわけだが、かなりの危険を伴うだろう。
さてどちらの作戦を選んだものか、とザーセクは通常の手順で悩んだ。
だがルルは、第三の提案をした。
「私が封印を解除する。あなたも魔女の騎士になる。それで全部解決」
やっぱりそれが出てくるか、とザーセクはため息をついた。
たしかに強力な手段だ。管制センターの人たちを助けやすくなるし、それどころか巨大化した融合モンスターだって倒せるかもしれない。
しかしリスクが大きすぎる。
「ルル、他に手段はないのか?」
「ない」
彼女はザーセクの十倍賢い。そんな子が、ほかに手段がないというのだから、やるしかなさそうだった。
「わかった、その方法でいこう。だが忘れないでくれ。魔女化は危険だ。ルルの寿命を削って戦うことになるんだからな」
「百も承知」
ルルは、マジックアイテムの眼鏡に意識を集中して、封印解除の儀式を開始した。
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