第14話 古代の魔女と魔女の騎士

 ルルが意識を集中すると、マジックアイテムの眼鏡が妖しく発光。


 まるで手品みたいに眼鏡が消えて、ルルの瞳に赤い光が宿る。


 封印が解除されたので、魂の内側にアクセス。


 そこにはガンドラーム一族の女たちに代々宿り続ける古代の魔女が浮かんでいた。


 流星みたいに輝く銀色の髪。妖艶な狐みたいな顔つき。男を惑わせて魂を奪うためのレオタードを着ていて、その胸元は西瓜を詰めたみたいに膨らんでいて、あらゆる女より自己主張が激しかった。


 ルルとは正反対の雰囲気の持ち主だが、なんの因果か、ご先祖様である。


『子孫よ、久々じゃな。これが四度目の呼び出しとなるが、なかなかおもしろい状況のようじゃ』


『そう思うなら、いますぐ力を貸して』


『おぬしは歴代の子孫のなかでも、難儀な性格をしておる。他人と関わるのが心底めんどうだと思っておるし、腹の立つ人間なんて勝手に死ねばいいと思っておる。それなのに、なぜ無関係の人間を救おうとするのじゃ?』


 ルルは人見知りだし、けっして親切ではない。むしろ冷たい部類の人間だ。


 だが冷血ではないし、人並みに良心は持ち合わせていた。


 管制センターの人たちは真面目に仕事をしていたから、逃げ遅れてしまった。


 それなら助けてあげたい。


 もし管制センターの人たちが怠惰であり、なにかしらの悪事を働いたせいで逃げ遅れたのであれば、ご先祖様の封印は解かなかった。


 そうやって救うべき命を選別するのは、法の執行者としても間違っているし、正義の味方としても間違っている。


 だがガンドラーム一族の女たちは、誰もが自分の判断基準で力の行使を決めてきた。


 ルルだって、他人に判断基準をまかせるつもりはない。


 救いたいと思ったから、ご先祖様の力を使うのだ。


『ルル、本当にいいのかえ? おぬしの母親は、わらわの力を使いすぎて、四十歳で寿命が尽きたというのに』


 ご先祖様の力を使いすぎれば、強烈な反動がやってくる。


 肉体と魂が、ぼろぼろになるのだ。


 もしご先祖様の力を使い続けて、六十歳まで生き残れるなら、よっぽどタフな女である。


 だが母親は普通の女だったので、四十歳で亡くなった。


 親戚の女たちも、ほとんどが短命だった。例の戦闘狂みたいに魔女の力を使い続けた従姉妹は、二十代後半で亡くなった。


 自分は、どれぐらいのペースで魔女の力を使うんだろうか。


 従姉妹よりは使っていないが、母親と同じペースで使っている。


 もし母親と同じく四十歳で死ぬとしたら、それは早いんだろうか、遅いんだろうか。


 そうやって悩んでいたら、ご先祖様が悪い顔で語りかけてきた。


『わらわの力を行使するのが怖いなら、AMIの増援が到着するまで待機すればよい。その間に、管制センターの人間が溶かされたとしても、別にルルが悪いわけではないからなぁ』


 ご先祖様が言うように、AMIの増援と協力して、じっくり攻略すれば、古代の魔女の力を使わなくても、巨大化した融合モンスターを倒せるだろう。


 だがそれでは、管制センターの人たちを見捨てることになる。


 その場面を想像したら、なんだかカッコ悪いなぁと思った。


『たぶん私は、自分を命を惜しむあまり、救いたいと思った命を見捨てることを、カッコ悪いと思ってる』


 ルルは人見知りで冷たい人間だが、自分自身の直感を裏切ることに強烈な嫌悪感があった。


 すでに救うべき命の選別をしたんだから、あとは初志貫徹するのみであった。


 どうやらご先祖様は、子孫であるルルの返事に満足したらしい。


『相変わらず変わったやつじゃなぁ、ルルは。だからこそ、お前がどんな大人になって、どうやって朽ち果てていくのか楽しみじゃ』 


 ルルの全身から、古代の魔力の陽炎が吹きあがった。


 彼女の黒檀みたいな黒髪は、銀細工みたいな銀髪に変化。瞳はルビーのように燃え盛り、潤いたっぷりの唇に魔力のルージュが引かれる。


 衣服は物質ごと変換されて、ご先祖様とまったく同じデザインである魔女のレオタードになった。


 古代文字の塊が五つ浮かんでくると、衛星のように回転して、彼女の周囲を旋回する。


 ありふれた魔法の杖も進化して、古代魔女の杖になった。


 ルルは自分の姿を見て眉をひそめた。


『いつ見ても下品な格好』


 なにが魔女のレオタードか。こんな堂々と体型をさらすなんて冗談ではない。


 こんなこともあろうかと、リュックサックの中に予備のローブを入れてあったので、さっさと羽織った。


 その行動が気に食わなかったらしく、魂の内側でご先祖様が怒った。


『どこが下品なのか! これは魔女の正装であるぞ! さっさとローブを脱がんかい!』


『つまり魔女は下品』


『まったく、毎度毎度腹の立つ子孫じゃのぉ……もうよい、とにかく魔女の騎士に前衛を務めさせよ』


 ルルは、エーテルアーマーを装着したザーセクに、魔女の杖を当てた。


 去年の時点で結んであった魔女の騎士の契約が表面化。


 ザーセクは魔女の騎士に変異すると、ヒロインと魂が繋がった。


 本来無機物であるはずのエーテルアーマーが有機物と化して、まるで恐竜の皮膚みたいに呼吸を始める。新陳代謝が始まったので、軌道エレベーター内で損傷したパーツが回復。それどころか飛躍的に耐久力が向上した。


 最後に悪魔の翼と尻尾が生えてきて、ザーセクは人間としてはあるまじき再生能力を獲得した。


 彼は、魔女が呪文詠唱を完了させるまで、体を張って肉壁となる役割を背負ったのだ。


 この契約を結んだのは、コンビを組んでから、一か月後のことだった。


 山奥でAMIの仲間とはぐれてしまい、その際に強敵と遭遇した。


 二人とも生き残るには、この力を使うしかなかった。


 この惑星に住んでいる人間であれば、誰もが知っている力であった。


 勇者が魔王を倒したときだって、勇者パーティーには魔女の力を宿した一族の女が含まれていた。


 魔王が倒されてからも、人類には危機が幾度となく訪れて、その都度ガンドラーム一族の魔女たちが戦ってきた。


 だが彼女たちは、けっして正義の味方ではない。


 誰を救って、誰を攻撃するのかは、己の価値判断に委ねられている。


 だから大量虐殺を働いて、人類の敵になることもあった。


 ついさきほど運輸省の防衛部隊が、ガンドラーム一族に拒絶反応を示したが、あれはありふれた反応でもあった。


 ルルは人見知りなので、無関係の第三者に拒絶されてもまったく気にならない。


 だがAMIで働くとなれば、強敵と戦う機会があるため、魔女の騎士にふさわしい人物とコンビを組まなければならなかった。


 その点、ザーセクは、ルルの騎士にふさわしい人物であった。


 大いなる力の危険性を理解しているし、魔女の子孫であるルルを危険視していない。


 おしゃべり機関車であることは、ルルにとってはどうでもいいことだ。


 こちらは喋らないし、あちらは勝手に喋る。


 たとえ質問を無視しても不機嫌にならない。


 それでいて彼も結構食べるタイプなので、こちらの大食いに付き合ってくれる。


 同じ時間を共有する相手として、これほどふさわしい人物もいなかった。

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