第15話 無重力空間での戦い
ザーセクは魔女の騎士になったことを後悔していない。
AMIの仕事をこなすとなれば、必要な場面が出てくるからだ。
ただしルルの寿命を削ることになるため、可能なかぎり使わないほうがいいと思っていた。
今日は使う日になった。管制センターの人たちを助けるために。
いま一度、魔女の騎士になった注意点を振り返る。
古代の魔女と、魔女の騎士の組み合わせは、正義の味方ではない。
あくまで彼らの価値観で正しいと思うことをするだけなので、それが他人にとって邪悪に映ることもある。
ザーセクとルルの場合であれば、お互いを補完する形で成り立っている。
もしルルが怒りで我を失えばザーセクが引き止めるし、その逆もしかりだ。
おしゃべり機関車と無口な食いしん坊の組み合わせなので、魔女と騎士になっても関係性は変化しなかった。
どんな動機があるにせよ、魔女の騎士が戦闘中にこなす役割は変わらない。
再生能力を獲得した肉体を盾にして、魔女の詠唱時間を稼ぐことである。
だからこそ騎士に任命された時代によって、装備も職業も戦闘方法も違う。
槍で戦う魔法剣士もいたし、爪を使用する武道家もいたし、拳銃で武装した警察官もいたし、初期型のパワードスーツで戦う軍人だっていた。
ルルの母親が魔女の騎士に任命した相手は、同じ高校に通っている文学部の女の子だったそうだ。
なんで文学部の女の子が、魔女の騎士をやったんだろうかと思うのだが、それは彼女たちの間にあった信頼関係の問題なので、ザーセクには知る由がない。
過去の例はあくまで参考情報として考えるのみにして、いま現在の自分たちの力を使って、管制センターの人たちを救う術を考えることになった。
「最短時間で管制センターの人たちを救うとなれば、直接衛星軌道に出ることだろうな」
最短時間で解決することを念頭に置いておきたい。
ザーセクはホムンクルス強化手術を受けているおかげで、魔女の騎士の力を使ったところで、そう大した反動はやってこない。
だがルルは生身の人間のままだ。それなのに魔女化してしまえば、どんどん寿命が削れていく。
逆に考えれば、作戦時間を短くすることで、彼女の寿命を先延ばしにできる。
「魔法を使って、衛星軌道上まで上昇する。ついてきて」
ルルは魔女のホウキにまたがると、軌道エレベーターの外壁に沿って上昇していく。
いつもより彼女は舌が回っていた。魔女化している間は、ご先祖様である古代の魔女の影響を受けているからだ。
「衛星軌道上って酸素ないんだろ。俺は海中でも活動できるぐらい気密性の高いエーテルアーマーを装着してるから大丈夫だけど、ルルはそうじゃないだろ」
ザーセクは、エーテルアーマーの背中に生えた悪魔の翼で飛び上がると、ルルの後ろをついていく。
「酸素なんてない。全部魔法でなんとかする」
「オーケー、全部任せるよ。ルルのほうが賢いからな」
重力圏における垂直上昇というのは、ある程度の高度まで到達すると、魔法による重力の迂回路が必要になる。
もし普通の飛行物体として惑星の重力を引き剥がそうとしたら、時速換算で何万キロも必要になるからだ。
だが飛行系の魔法を応用すれば、重力の迂回路を作れる。
ルルは古代の魔女の強力な魔法により、重力の迂回路を形成すると、ぐんぐん上昇を続けて、ついに衛星軌道上に到達した。
すでに酸素はないし、無重力状態であった。環境音が消えていて、外気温はマイナス何百度だ。
ザーセクは初めての宇宙空間の感想を素直に語った。
『結構緊張するな。魔法で作られた壁の向こう側に空気がないってのは』
宇宙空間には空気がないので、普通に会話しても声が伝わらない。だから隣人と会話する際にも通信手段が必要だ。
ただし魔女の騎士になっているときにルルと対話したかったら、騎士契約における魂の繋がりを利用すればいい。
ザーセクの感想は、きちんとルルに伝わっていた。
『重力もないから、翼と尻尾で上昇の力を加え続けて。気を抜くと重力に引かれて大気圏に突入してしまう』
ルルは生身の人間なので、自分の周囲を旋回している古代文字で魔法を唱えて、空気の壁と酸素を作っていた。ちなみに魔女のホウキが生み出す推力は宇宙空間でも有効であり、安定した軌道で管制センターに向かっていた。
『やっぱり人間は地上に足をつけて歩く生き物だよ。無重力空間ってのは、生きてる心地がしない』
ザーセクは、無重力空間に四苦八苦していた。悪魔の翼と尻尾で推力を生み出して、まるで潜水艇みたいな動きで前進しているのだが、バランスを保つのが地味に難しい。
『ザーセクと視界を共有する。管制センターの脱出ポッドの継ぎ目を見てきて』
すでにルルは管制センターのすぐ近くまで移動していて、脱出ポッドを切り離す手段を思案していた。
『了解、視界を共有してから、管制センターに近づく。援護を頼む。敵から迎撃されるだろうからな』
ザーセクが翼と尻尾を動かして、一定の速度で管制センターに近づくと、壁にへばりついていた融合モンスターから触手が伸びてきた。
それを高周波ブレードで真っ二つに切り裂く。だがその切り裂くという動作で慣性が揺れ動くので、ぐるんっと一回転してしまった。
『ええい、こんなに面倒なのか、無重力空間ってのは』
そうやって慣性に翻弄されていると、無数の触手がザーセクに集中攻撃。
しかしルルが魔女専用の氷魔法【雪女の鎌】を発動。自由自在に動く氷の刃を生み出して、すべての触手を切り飛ばした。
魔女の恐ろしいところは、同時に使える魔法の数が飛躍的に増えることだ。
普段のルルでも二つか三つが限度なのに、魔女化すれば六つでも七つでも発動できるようになる。その秘密は彼女の周囲を回転している古代文字だ。あれが本体の代わりに魔法を唱えているのだ。
ザーセクはピンチを救ってくれた相棒にお礼を言った。
『ありがとなルル。おかげでようやく無重力空間に慣れてきたぜ』
ようやくまともに無重力の海を泳げるようになったので、まるで重力圏内の上空を飛ぶ感覚で、管制センターの壁に接近していく。
またもや融合モンスターの迎撃が始まるのだが、それらを高周波ブレードでいともたやすく撃退した。
こうして管制センターの壁に着陸すると、足元にへばりついた融合モンスターの一部分を高周波ブレードで除去手術。
着陸地点周辺の安全を確保してから、管制センターの周波数に通信した。
『こちらAMIのザーセク隊員。管制センターの壁に到達しました。みなさん、まだ生きてますか?』
『まだ生きてる! だが壁に亀裂が走り始めたんだ。このままだと脱出ポッドも機能しなくなる。早く助けてくれ!』
管制センターの壁に亀裂が走って、空気の流出が発生していた。不幸中の幸いは脱出ポッドが無傷なことだ。しかし壁の亀裂が大きくなれば、脱出ポッドもまとめて溶かされてしまうだろう。
さぁどうやって助けようと思ったら、ルルが魂の繋がりで指示を出してきた。
『彼らが宇宙服を持っているかどうか質問して』
すぐさまザーセクは要救助者たちに質問した。
『宇宙服ってあります?』
『ある! もう全員着てる!』
ザーセクは後ろを振り返ると、ルルと魂の繋がりで相談。
『で、俺はなにをすればいいんだ?』
『高周波ブレードを悪魔化させて、脱出ポッドを物理的に切り離して。その間のバックアップは私の魔法でやる』
『よし、今すぐやるぞ!』
ザーセクは高周波ブレードに悪魔の力を送り込んだ。
科学と錬金術で生み出された未来の兵器が、魔女の騎士の力により、工業製品では作りようがない高火力兵器に進化。刀身は三倍に拡大して、刃にどす黒いオーラがまとわりついた。
それを大きく振り上げると、管制センターの壁にへばりついた融合モンスターごと、脱出ポッドの接合部分を切断した。
本来なら爆発ボルトで強制的に離脱する部分が、悪魔の斬撃により、すぱっと綺麗に斬れていた。
脱出ポッドに移動していた生存者たちから歓声が上がった。
『やった! これで衛星軌道上に退避できる、お礼を言うAMI!』
ザーセクは悪魔化した高周波ブレードを構えながら管制センターから離脱した。
『さっさと現場から逃げてくれ。あいつら体の一部をぶった切られたことが気に食わなかったらしく、怒ってるんだよ』
融合モンスターは、まるで激怒したように肉体を真っ赤に染めると、三種の肉体を活かしてザーセクに集まってきた。
いやそれどころか本格的に怒ったらしく、軌道エレベータ全体を覆っていた肉体を衛星軌道上にかき集めて、鬱陶しいハエを叩き潰すことにしたらしい。
このままだとザーセクだけではなく、せっかく離脱できた脱出ポッドまで退路を断たれてしまう。
しかしルルがバックアップをこなしている。魔女専用の土系魔法【土蜘蛛の愛の巣】を発動。土の壁が蜘蛛の巣みたいに生えてきて、ミルフィーユみたいに重なりながら防衛と迎撃を同時にこなしていく。
脱出ポッドの退路を守りきると、管制センターに勤務していた人たちが拳を振り上げて感謝した。
『やっぱり魔女の魔法はすごいな! ありがとう、恩に着るよ!』
なおザーセクは悪魔化した高周波ブレードをぶんぶん風車みたいに振り回して、自力で身を守ったので、ちょっと疲れていた。
『無重力空間で戦ってわかったことがある。宇宙は俺たち人間に不利すぎる空間だ。脱出ポッドの離脱も確認できたんだし、さっさと地上に戻ったほうがいい』
もし地上で戦っていれば、そもそもルルのバックアップがなくても、ザーセクの力だけで脱出ポッドを守れた。
だが無重力空間というのは、動きに制約が生まれてしまうため、対応が後手に回りやすいのだ。
ルルは、ひらりとローブを翻すと、魔女のホウキの先端を惑星に向けた。
『大気圏に突入するために魔法を調整する。ザーセクがしんがりをつとめて』
『おうよ任せろ。一番危ないポジションを守り切るのが、魔女の騎士の役割だからな』
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