第16話 大気圏突入

 ザーセクとルルは大気圏突入を開始した。


 ルルが先頭で、ザーセクはしんがりだ。


 いくら通常飛行ではなく、魔法による移動を行っていても、周囲に空気層があるせいで、断熱圧縮が発生。


 ルルの正面側は真っ赤に灼熱した。しかし彼女は魔法の壁を分厚く展開しているので、熱によるダメージは受けていない。だが突入角度のコントロールが難しいらしく、険しい顔で魔女のホウキを制御していた。


 そんなルルを盾にして高温から逃れているのが、しんがりを務めるザーセクだ。


『俺の周囲は温度が上がってないが、ルルの正面温度は灼熱状態だ。つまり俺はルルを盾にして大気圏突入してるわけか。なんか立場が逆になってないか?』


 本来、魔女の騎士は、契約した魔女を守るために肉体を盾にする。だが大気圏突入では立場が逆転していた。


 もしザーセクのポジションが、ルルが断熱圧縮をカバーしている範囲から外れたら、衝撃で遠くに弾き飛ばされてしまう。


 そうなったら高熱をモロに浴びることになって、いくら魔女の騎士になっていても、再生能力が間に合わなくて焼け死ぬかもしれない。


 そんな極限状態であっても敵が追撃してくるなんて、やっぱり人間は宇宙で暮らす生き物ではないな、とザーセクは思った。


『油断しないでザーセク。敵はこちらが自由に動けないときでも襲ってくる』


 ルルの指摘通り、二人は大気圏突入中なので、行動範囲が狭まっていて、自由に動けない。


 そんなときにかぎって、怒り心頭の敵がすぐ近くに迫っていた。


 融合モンスターは、軌道エレベータに張り付いた肉体を最大限に伸ばして、しんがりのザーセクに攻撃を開始した。


 フレイムクラウドの高熱ガスと、ウインドフラワーの触手攻撃である。


 もしこの二つが直撃したら、ルルは魔法のホウキによる大気圏突入を妨害されることになり、進入角度を誤るかもしれない。


『なるほど、たしかに大気圏突入のときは、しんがりのほうが大変だ』


 ザーセクは、対モンスター用重機関銃に悪魔の力を送り込んだ。科学と錬金術で生み出された機関銃が、禍々しい砲撃兵器に進化。砲身に黒い蛇が絡みついて、誘導補正つきの高速弾頭を射出した。


 たった一発の弾丸が、高熱ガスと触手攻撃に触れると、それらを打ち消した。


 運動エネルギーをぶつけたのではなく、無属性魔法による対消滅が発生したのだ。


 そんな相手の防御力を無視する砲撃が、誘導補正付きで敵に襲いかかる。


 まるで消しゴムを使って、書き損じた場所を消すように、接近してくる融合モンスターを削っていく。


 だが敵を倒した感覚がまったくなかった。


 魔女の騎士の力によって、間違いなく火力は高くなっているのだが、それ以上に巨大化した融合モンスターの体積が大きすぎるせいで、焼け石に水なのだ。


『あくまで敵の接近を防げるだけで、まったく本体を削れてないな。あいつらもしかして、いまもずっと増殖を続けてるのか?』


 ザーセクが砲撃を繰り返しながらぼやくと、ルルが敵の破片を片手で拾って増殖状態を分析した。


『軌道エレベータの電力まで餌にしてる。元々ウインドフラワー部分が、地下のデッドスペースで電力を食べてたから、その影響』


『つまり二種類のときは新商品のクッキーしか餌にできなかったが、三種類になってから餌が増えたわけか……ってことは、あいつを倒すためには軌道エレベータの発電を停めなきゃいけないんだな。それこそ課長たちにやってもらえないもんかね』


 ちょうど生体チップの通信で、レイドリン課長から連絡が入った。


『お前たちが衛星軌道上で戦ってる間に、軌道エレベータの地下にある巣は駆除した。あとは巨大化した本体を倒すだけだ』


 ザーセクは機関銃の弾倉ボックスを交換しながら、レイドリン課長に大事な情報を伝えた。


『課長、あいつら三種類に増えてから、電力が餌になってるんですよ。軌道エレベータの発電を停めてください』


『発電制御は管制センターでやっていたんだが、すでに職員が脱出してしまった。だから直接動力を停めるしかないんだが、当然そこは融合モンスターが守ってる。かといって、我々の戦力で動力部に突入するのは難しい。なにか対策が必要だ』


『そんな回りくどいことしないで、モンスターごと動力を壊せばいいじゃないですか。AMIには魔法使いだってたくさんいるんですし』


『バカいえ! そんなことしたら動力だけじゃなくて、軌道エレベータの他の機能まで巻き添えで壊れるじゃないか。あれがいくらすると思ってるんだ!?』


『えっ? 修理費用を気にしなきゃいけなかったんですか? 俺、ついさっき管制センターをぶった斬ったばかりですけど……』


『管制センターをぶった斬っただと!? ……うわっ、本当だ! 軌道エレベータの先端部分が完全に消えてる……お前、なんでそんなことをしたんだ!?』


『なんでって、職員の人たち助けるためですよ。実際助かったじゃないですか。課長だって脱出ポッドが離脱するのを確認したでしょう?』


『ああもう、これだからお前らには安心して仕事を任せられないんだ。とにかくこれ以上軌道エレベータを傷つけるなよ。あれは高価なものなんだ』


 AMIの課長という立場だと、いくら人命救助のためとはいえ、軌道エレベータを破壊してはいけないわけだ。


 だがザーセクの価値観だと、人命救助が優先だと思った。


『約束はできませんね、通信終了』


『あっ、こらザーセク、勝手に通信を切るな……』


 ぷつりと通信を切断したとき、ルルが大気圏突入の状況を報告した。


『もうすぐ大気圏内に戻る。そうなったら融合モンスターも動きが活性化する。気をつけて』


 ザーセクは背中とお尻に引力を感じたことで、地上が近づいたことを実感した。


『課長は、動力を壊すなっていってる。だが融合モンスターの増殖スピードを考えると、市街地にまで被害が拡大するんじゃないのか?』


 いくらザーセクが砲撃を繰り返しても、敵の増殖スピードのほうが圧倒的に早い。


 すでに融合モンスターの体積は軌道エレベーターを上回っていて、体の一部が道路や線路を浸食していた。


『ザーセクは、課長の仕事を信頼してないの?』


 ルルが質問してくるなんて珍しいので、ザーセクはちょっと戸惑った。


 だが彼女の質問内容は、とても重要な点であった。


 もしかしたらレイドリン課長率いるAMIの仲間たちが、なにかしらの手段で迂回路を発見して、動力を安全に停止するかもしれない。


 だが彼らの仕事が間に合わなければ、市街地の被害は拡大していくだろう。


 それが街並みの破壊に留まるのであれば、じっと待っていてもいいんだろうが、もしかしたら民間人に犠牲者が出るかもしれない。


 いやそれ以上に見落とせないポイントがあった。


『モタモタしてたら、ルルの寿命がどんどん削れるだろうが』


 そう、ルルは魔女化している時間が長くなるほど寿命を削ることになる。


 すでに魔女の力は使っているんだから、さっさと決着をつけたほうがいい。


 それがザーセクの結論であった。


 ではルルの結論はどうかといえば、ちょっと角度が変わっていた。


『動力を壊さずに、モンスターを再生能力ごと消滅させる魔法ならある。ただし軌道エレベータの大事な機能のみを守れて、その他の機能は壊れることになるけど』


 彼女と魂が繋がっているので、どんな魔法なのかは伝わってきた。


 たしかにこの魔法を使えば、彼女の言ったとおりの結果になるだろう。


 だがそれはレイドリン課長の仕事を否定することになる。


 上司は、これ以上軌道エレベータを破壊するな、と命令してきたんだから、たとえ大事な機能を守れたとしても、オーダーは守れていないことになる。


 それは組織で働く人間として正しくないはずだ。


 それなら自分たちはどう動くのが正解なんだろうか。もしAMIの仲間たちを信じるなら、魔女化を解除して、同僚と一緒に戦えばいい。


 当初の目的である管制センターの人たちは助けたんだから、無理に魔女の力を使う必要はないはずだ。


 だがもし、レイドリン課長が有効な打開策を生み出せなかったら、犠牲者はさらに増えることになるだろう。

 

 そうなったら、ルルがもう一度魔女化して対処することになるかもしれない。


 もしくはルル以外のガンドラーム一族の女が派遣されてきて、その女性が魔女化して対処するかもしれない。


 状況がさらに悪化すれば、軍隊が投入されて、とんでもない火力で軌道エレベータごと破壊するかもしれない。


 もし本当にそこまで事態が悪化するなら、いまの段階で動力ごと破壊したほうがいい。そのほうがトータルで損害が軽くなるんだし。


 だがそんな決断をする権限は、下っ端であるザーセクにはない。


 こんなに選択肢があるんだから、もはや正しい答えを選ぶなんて無理ではないのか。


 ザーセクはあまりにも悩みすぎて、おしゃべり機関車なのに黙りこくってしまった。


 ルルは、人間として成長している最中のザーセクを急かさないように、魔女化したご先祖様の影響を意識的にシャットアウトして、いつも以上に無言を貫いた。


 こうして二人とも無言のまま大気圏突入を継続して、ついに大気圏内に戻ってきた。






 大気圏内に戻れば、重力と酸素が平常値に戻った。


 魔法の一部が解除されて、惑星の重力に合わせて悪魔の翼で飛べるようになる。


 空気も自然のものを使えるので、エーテルアーマーの気密性を気にする必要はなくなった。


 だが、いますぐ魔女の魔法で解決するべきなのかは、わからなかった。


 そんな迷い続ける二人を決断させる出来事は、敵である融合モンスターが大気圏内に集中したことで発生した。


 さきほどルルは、自分たちだけではなく、敵も大気圏に戻ったら活発化すると予測した。


 あれは完全に正しかった。


 巨大化した融合モンスターは、行動を邪魔してくるザーセクとルルに怒っていた。だから体のほとんどを衛星軌道上に集めて、若者二人の追撃にリソースを使い続けていた。

 

 この衛星軌道上に集めていた肉体の大部分が、大気圏内に戻るとなにが起きるのか?


 増殖スピードまで活発化して、まるで台風で大雨が降るような勢いで肉体が拡張を始めたのだ。


 そのせいで融合モンスターの肉体が、すぐ近くにある市街地に到達してしまい、住民は避難を始めていた。


 すべての人間が順調に逃げられるわけではない。病人、子供、お年寄りは逃げ遅れる可能性が高い。


 そしてなによりも、軌道エレベータの地下で作戦を練っていたAMIの部隊がピンチになっていた。


 レイドリン課長が、現場の部下たちに指示を出した。


『総員退避! 現場から離れろ! 急げ、とにかく急げ!』


 まるで津波のようにアクアスライム部分が伸びてくる。彼らは精鋭部隊だからなんとか耐えているが、もしこれ以上融合スライムが拡張するようであれば、あっさり飲み込まれてしまうだろう。


 こうなってしまったら、組織の命令も、レイドリン課長を信じるかどうかも、すべて後回しだ。


 ザーセクは、街の人たちと仲間たちを救うために、ルルにお願いした。


「ルル、頼む。みんなを助けたいんだ」


 ルルは、すでに魔女専用の攻撃魔法を練り始めていた。


「三分時間を稼いで」


 彼女が膨大な魔力を溜め始めると、融合モンスターたちが脅威に気づいた。


 彼らには鋭い野性があるので、このまま彼女を放置したら、自分たちが滅ぼされることをわかっているのだ。


 アクアスライムの溶解液と、フレイムクラウドの高熱ガスと、ウインドフラワーの触手を使って、ルルの詠唱を潰そうとする。


 彼女を守らないといけない。それが魔女の騎士に役割である。


「俺とルルにとっての正念場だ。絶対に魔法を成功させて、民間人も仲間たちも守り切るんだ」

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