第8話 レイドリン課長の取り調べ

 レイドリン課長は、部下の運転するパトカーに乗って、半壊したお菓子工場の駐車場にやってきた。


 ルルの攻撃魔法によって、お菓子工場は半分消えていた。


 さすがにガンドラーム一族の魔女である。真の力を開放していなくても、これだけの火力を生み出せるのだから。


 だからこそ力のコントロールが課題になってくる。


 ザーセクというおしゃべり機関車は、無口な魔女と相性がよかった。それは不幸中の幸いというか、偶然の産物であった。


 ザーセクの無限に続く一人喋りに、AMIの誰もがついていけなかったのに、ルルは完全無視で適応した。


 そのルルも社交性が壊滅していたので、AMIの誰もがコンビを組みたがらなかったのだが、ザーセクは一人喋りの聞き役として歓迎した。


 マイナスとマイナスをかけあわせたら、プラスになったようなものだ。


 ザーセクの明るい一人喋りは、ルルが身勝手な理由で真の力を開放しない理由になっていた。


 ただの偶然であっても、上司としては感謝するしかない。


 とはいえ彼らは精神的に未熟な若者だから、甘やかしてもいけないわけだ。


 そのためにも、課長にふさわしい仕事ぶりを見せていかないといけない。


 レイドリン課長は、現場のたたき上げだからこそ、自分の立場を忘れて甘い仕事をしたら、部下に舐められてしまうことをよく理解していた。


 そんな引き締まった心構えで、レイドリン課長は取り調べを開始した。


 駐車場に停車してあるAMIの大型装甲車に、セザリナ常務と工場長を連行してきた。


 まずは実行犯である工場長に、なぜ調整弁を外したのか聞くことにした。


「工場長、なぜあんたは調整弁を外したんだ?」


 工場長は、ゾンビみたいな疲れた顔で自白した。


「セザリナ常務に毎日怒鳴られていました。もっと利益を出せと。それで疲れ果てまして、調整弁を外したんです」


 レイドリン課長は、お菓子工場の帳簿を確認した。


「お菓子の製造で、電子部品みたいな利益を出せるはずがないだろう。こんな数字を販売目標にするだなんて、常務はよっぽどのバカだな」


 セザリナ常務は、キーっと金切り声を上げた。


「わたしがバカのはずないでしょ!」


「バカじゃないということは、お菓子ではこの利益を出せないと理解していたわけだ。つまりお前が首謀者で、工場長にパワハラすることで、不正をやるように仕向けたと認めたわけだ」


「ぐっ、しまった…………」


「だが、なんで常務まで昇進したのに、法に触れるようなことをしてまで利益を出そうとしたんだ?」


「社長になりたいからに決まってるでしょう!」


「バカバカしい。法律を守れないやつが社長になったら、その企業は潰れるだろうが」


「そんなのやってみなきゃわからないでしょ!」


 こんな勢いだけのバカが昇進してしまうのも、資本主義の弱点の一つかもしれない、とレイドリン課長は思った。


 だがAMIの上層部にも、コネとおべっかで紛れ込んだ無能がいる。


 もしかしたら人類には、大きな組織を形成すると、一定数のバカがお偉いさんになってしまうバグがあるのかもしれない。


「それはさておき、お前は工場の地下にモンスターの巣があったことを認識していたはずだ。モンスターの巣が発生した経緯と、駆除した過程を教えてくれ」


「モンスターの巣は、いつのまにか出来ていて、あとは民間の業者に駆除を依頼しただけ。それ以上のことは知らないわ」


 モンスターの巣については、現場を調査中である科学捜査&錬金捜査班のほうが詳しくなっていた。


「課長、モンスターの巣ですが、たしかに駆除済みでした。しかし巣の残骸を調べてわかったことがありまして、あいつらは工場から入り込んだんですよ」


「工場から侵入したのか? 下水路じゃなくて?」


「はい、工場のタンクに原材料を補充する段階で、モンスターが混入したんです。従業員が過労状態ですから、きっと過酷な条件で働かせたことで、混入チェックが疎かになったんでしょう」


 レイドリン課長は、セザリナ常務を厳しく追及した。


「あんたな、労災のオンパレードじゃないか。よくこんな状態で社長を目指そうだなんて戯言をいえたな」


「あたしは悪くない。利益を出せない従業員が悪い」


 悪辣で無責任な言い草に、レイドリン課長は怒りを感じた。


 だがすでに彼女は逮捕されているし、あとは余罪を追及するだけなので、冷静に取り調べを進めようと思った。


「次の質問だ。アクアスライムとフレイムクラウドが融合した原因はわかるか?」


「知らないわ。あいつらが工場の地下にいたときは、二種類のモンスターがいただけで、くっついてなかったし」


「それならモンスターの巣を駆除した民間の業者について教えてくれ」


「五番街に店を構えてるノゲイラって男」


 ノゲイラは、元軍人の魔法使いで、企業から依頼を受けるパターンが多い。口が堅いことで有名だが、さすがに依頼人が逮捕されているとなれば、条件付きで協力してくれるはずだ。


 レイドリン課長は、脳内の生体チップを起動すると、ノゲイラの個人事務所に連絡した。


『こちらAMIのレイドリン課長だ。ノゲイラに聞きたいことがある。いまニュースを賑わせてる食品工場についてだ』


 ノゲイラは、淡々とした口調で答えた。


『あくまでこちらはお菓子会社の違法性を知らないで依頼されたことを保証してくれ。そうしたら全部喋る』


『いいだろう。いまは都市で繁殖した融合モンスターに対処する方が優先だ』


『さすがに話のわかるやつだな、レイドリン課長。さてこちらが依頼を実行したとき、すでにモンスターの巣はCクラスまで拡大していた。このままだとBクラスまで拡大しそうだったから、早急に駆除した』


 Cクラスは、民間業者でも対応できるレベル。Bクラスになると、警察や軍隊みたいなまとまった戦力が必要になるレベルだ。


 ちなみにAクラスになると、自然災害規模の被害に拡大するので、都市の危機となる。


『ノゲイラのことだから、巣にいたやつらは、一匹残らず退治したんだろう。そのときあいつらは融合してたか?』


『いや、融合してなかったよ。だから対処は簡単だったんだ。まぁ融合してしまったら、それこそAMIみたいな大規模組織のまとまった火力が必要だろう。がんばれよ』


『他人事だな、自分の暮らしている町の危機なのに』


『民間業者には民間業者の仕事がある。あんたらにはあんたらの仕事がある。それだけだ』

 

 腕利きではあるのだが、ドライな男であった。


『もう一つ教えてくれ。お前がモンスターの巣を完璧に駆除したとしたら、我々が交戦したモンスターたちは、いったいどこからやってきたんだ?』


『こちらが駆除する前に繁殖したやつらが、別ルートにも巣を作ったんだろうさ。よくあるんだよ、工業製品が事件の裏側に関わってるときは。だって工業廃水に、モンスターの栄養になりそうなものがたっぷり含まれているんだから』


 ノゲイラの予測は、科学捜査&錬金捜査班の分析が裏付けてくれた。


「課長、モンスターが融合した原因がわかりました。お菓子工場の廃水に含まれていた錬金増幅剤と、食用に使う重曹と、下水に流れている成分が混ざった結果、ただの偶然でモンスターを融合させる効果を生み出しました。再現性はないので、同じことは二度と起きないでしょうが、すでに増殖した巣については、早急に対処する必要があります」


 レイドリン課長は、まるで渋柿を食べたみたいに渋い顔になった。


「やっぱり錬金事故の一種だったな。というわけで、我々は都市のどこかに分離したモンスターの巣を探すことになる。またチームを分けるぞ」

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