第6話 隠蔽と昇進と雪月花
セザリナ常務の顔は、スライムよりも青くなっていた。
「ど、どうして、モンスターの巣は駆除したはずなのに……!?」
緊急事態を前にした失言により、ザーセクはなぜ常務が防護スーツを着させたのか理解した。
工場内にモンスターの匂いが残っていたら、ザーセクとルルに気づかれるからだ。防護スーツは有毒ガスを防げるぐらい気密性が高いから、外部の匂いもシャットアウトできるから、その性能を利用して秘密を守ろうとしたのだ。
「あんた、やっぱり大事なことを隠してたじゃないか」
ザーセクは、AMIの仲間たちに緊急支援ビーコンを発信してから、脳内に埋め込んである生体チップを召喚モードにした。
召喚魔法の応用で、エーテルアーマーが呼び出されて、すぐ目の前に直立不動の姿勢で停止する。
背部パーツが開けっ放しになっているので、そこから内部に入る。
魔法金属のフレームに生体装甲が組み込んであって、動力源である深海生物のバッテリーが均一に並んでいた。
配線類は装甲の内側に隠してあるから、腕や足を通すのに引っかかりはない。
ちゃんと内部に入り込めたら、背部パーツを閉じて、装着完了だ。
ザーセクの体内に埋め込まれた動植物の因子が反応。全身がエーテルアーマーとリンクして、人間としての五感が外骨格と同等に拡張する。
手足の長さも、目線の高さも、すべてエーテルアーマーと重なった。
それだけなら人間の感覚を延長しただけだから、脳は拒絶反応を起こさない。
だが背部パーツや肩パーツにサブカメラがあって、それが全方位の視界を確保しているため、脳が軽い悲鳴をあげた。
初めてエーテルアーマーを装着したときは、背後まで視界があることに脳が拒絶反応を示して、ぐらぐらとめまいを起こした。
だが入隊してから三年目を迎えると、脳もすっかり慣れてきたので、すぐに背後の視界を受け入れた。
「セザリナ常務、モンスター法に違反した現行犯で逮捕だ」
ザーセクは、セザリナ常務の手首に手錠をかけた。
「不当逮捕でしょ!」
「どこが不当なんだよ。あんた隠蔽の連発じゃないか。詳しいことはモンスターをせん滅してから調べるから、事務室で待機してるんだ」
彼女の右足首にも手錠をかけて、もう一つの輪っかを排管パイプにつないだ。これで遠くに逃げられない。
「モンスターが出現した現場に拘束するなんて、こんなこと許されると思ってるの!?」
「この建物の構造から考えて、事務室が一番安全だ。それとも俺たちと一緒に製造ラインまで降りてモンスターとご対面したいのか?」
ようやくセザリナ常務が黙ったので、ザーセクとルルは製造ラインに降りた。
製造ラインには、高度な設計の機械がずらりと並んでいるのだが、非常事態になったことで緊急停止していた。
従業員たちは軽いパニックを起こしつつ、普段からやっている避難訓練に従って、非常口から次々と逃げていく。
そんな工場の一角に、モンスターの群れが集結していた。
新商品の会場にも出現した融合モンスターたちである。
あいつらは、工場内の出来上がったばかりの新商品に群がって、下半身の粘膜で吸収していた。
会場で戦ったときより、圧倒的に増殖スピードが速い。なぜなら工場内には完成したばかりの新商品が出荷を前にして山積みになっているからだ。
ザーセクは、手前のモンスターから高周波ブレードで切り裂いたのだが、増殖スピードが速すぎて焼け石に水だと思った。
「いくらなんでも増え方がハンパじゃないぞ。まるで水で戻した乾燥ワカメみたいに膨らんできやがる」
ルルは、マジックアイテムの眼鏡に指を当てて、むぅと唸った。
どうやらガンドラーム一族の封印を解除するかどうか迷っているらしい。
だがザーセクは速やかに引き止めた。
「そいつは最後の手段だ。他に解決方法がありそうだし、使わないほうがいい」
たしかにガンドラーム一族の真の力は、目の前にいる融合モンスターなんで一瞬で滅ぼせるぐらい強力だ。
しかし反動も大きいので、安易に使うべきではない。
どうやらルルも、ザーセクと同じ考えに至ったらしく、眼鏡から指を離すと、こくんとうなずいた。
となれば、解決方法は決まりだ。
ザーセクは、工場内の内線を利用して、避難中の従業員たちに指示を出した。
「これから特大の魔法を使う。従業員はすみやかに工場内から避難してくれ。外に出れば巻き添えはない」
事務室に拘束されているセザリナ常務が、製造ラインに呼びかけるためのマイクで反論した。
「特大の魔法!? そんなもの使ったら工場が壊れるでしょう!」
「工場内のモンスターも倒す、在庫の新商品も丸ごと潰す、生産ラインの奥深くに入り込んだアクアスライム部分も消す。まとめてやるには、特大の魔法しかないだろうが」
ザーセクは、AMIの本部に許可申請を出してから、召喚魔法の応用で対モンスター用重機関銃を呼び出した。
軽装甲の車両であれば貫ける大口径弾を使用しているため、街中で使用する際には本部の許可が必要なのだ。
工場の壁は分厚いし、従業員たちは建物の外に避難したので、第三者に被害は出ない。
そう判断したので、対モンスター用重機関銃を発砲した。
12・7mmの凶悪な弾丸が、まるでドラムを連打したような速度で射出されて、モンスターの群れを切り裂いていく。
たった一発の弾丸が直撃しただけで、無属性魔法の効力が縦横無尽に広がり、融合モンスターの組織が砕け散る。
そんな高威力の弾丸が、とんでもない速度で連打されるわけだから、あっという間に増殖した融合モンスターたちは千切れていった。
しかもモンスターを貫通した弾丸が、工場の生産ラインを破壊して、青紫の火花が散っていた。
これだけ破壊力が高いので、周囲に民間人がいるときは使えないのだ。だから新商品の会場で融合モンスターと交戦したときには使用禁止であった。
と、能書きを垂れていると、まるで対モンスター用重機関銃だけで倒せそうな気配が漂ってくるが、そうではない。
そもそも融合モンスターの数が多すぎるうえに、新商品の在庫で増殖しているせいで、まったく間に合っていないのだ。
「ルル、詠唱完了まで、あと何秒ぐらいだ?」
すでにルルは魔法の詠唱に入っていて、まばたきを素早く五回繰り返した。
あと五十秒で魔法の詠唱が完了するという合図だ。
「よし、五十秒だな。それまで囮になるぜ」
ザーセクは、重機関銃の発砲を継続しながら、融合モンスターを怒らせるために挑発的なダンスをした。
「やーい、お前の融合した体ブサイク! 匂いもめっちゃ臭い! 悔しかったら追いかけてこいよ!」
小学生の悪口みたいな挑発だが、融合モンスターは単純な知能しか持っていないので、きちんと有効であった。
彼らは怒ったらしく、体表を真っ赤に染めながら、ザーセクに突進した。
「よし、囮に引っかかったな。あとはあいつらを削りながら、逃げ回るだけだな」
命がけの鬼ごっこが始まった。ザーセクは重機関銃を撃ちながら、融合モンスターは最短距離で接近するために工場機械を破壊しながら、ひたすら走り続ける。
工場内は、ぐちゃぐちゃに壊れていて、もはや修復不能になっていた。
それをリアルタイムで見ていたセザリナ常務は、さめざめと泣いた。
「これだけ設備が破壊されたら、うちの工場、もう立ち直れない……!」
ザーセクは、鬼ごっこを続けながら、セザリナ常務に伝えた。
「あんたが隠し事をしてなければ、モンスター災害指定を受けられて、ちゃんと保証金が降りたんだよ。でももう手遅れだ」
「冗談じゃないわよ! モンスター災害指定を申請したら、工場の不手際を馬鹿正直に公開するようなものでしょう!?」
「なんで逆切れするんだよ!?」
「だって工場の地下になぜかモンスターの巣があって、なんでこんなことになったのか調べたら工場長の手抜きがあって、しょうがないからモンスターの巣も処分して、工場内のルールの再確認も終わったの! でも一連のドタバタのせいで工場内に混乱が起きて、新商品の味は最悪になったのよ! それを暴いたのはあなたたちじゃない!」
「むしろなんで隠し通せると思ったんだよ。新商品の味が最悪になった時点で詰んでただろうが」
「こんなこと他の役員たちに知られたら、このプロジェクトの責任者であるわたしがクビになっちゃうでしょうが!」
「ったく、金と地位に目がくらんだやつらって、どうしてこう自分勝手なんだ」
もうすぐルルの魔法詠唱が完了する。特大魔法が発動すれば、工場の三割から四割が吹き飛ぶだろう。
ザーセクは、対モンスター用重機関銃を背部パーツに懸架すると、生産エリアの階段を駆け上がって休憩室に戻った。
ここなら安全だ。巻き添え被害を喰らわない。
ルルの攻撃魔法が発動する直前、セザリナ常務が地団太を踏みながら叫んだ。
「この工場をこれだけ大きくするのに、あたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ! 他の役員に足を引っ張られたり、無能な部下に邪魔されたり、冗談じゃないわよ!」
「あんたが不手際起こしたせいでモンスター呼び寄せたんだし、まぁ自業自得ってことで」
「ちくしょおおおおおお」
ルルの攻撃魔法が発動した。名称は【氷嵐雪月花】といって、最上級の氷系魔法だ。
まるで真冬に竜巻が発生したみたいに、魔力を帯びた無数の氷弾が渦を形成して、増殖した融合モンスターたちを包み込んだ。
竜巻のサイズはぐんぐん拡大して、お菓子工場の天井を吹き飛ばして、地盤も貫通して、工場の一角を丸ごと削っていく。
氷の嵐の内部でミキサーされた地盤と工場機械とモンスターの破片が、まるで雪月花のように飛び散ることから、この名称となった。
魔法の嵐が消えたとき、工場は五割が消し飛んでいて、雪月花となった残骸がおやつどきの日差しを浴びてキラキラ輝いていた。
セザリナ常務は、しくしく泣いていた。
「終わった、わたしの昇進ルート、完全に消えた」
ザーセクは、エーテルアーマーの内側で呆れ果てていた。
「いや昇進を気にしてる場合かよ。あんた普通に隠蔽の罪で逮捕だよ」
「気楽に話しかけるんじゃないわよ! あんたらのせいで逮捕されるんだから!」
「ただの逆恨みじゃないか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます