第5話 新商品の製造工場を調べてみよう

 ザーセクはエーテルアーマーを脱いだ。召喚魔法の応用で、エーテルアーマーは整備ルームに転送されていく。


 整備ルームでは、転送されてきたエーテルアーマーを、整備スタッフたちが回収して、メンテナンスコーナーに移動した。


 その間に、整備済みのエーテルアーマーを運んできて、ザーセク用の転送装置にセットしておく。これで次の呼び出しがあったとき、ザーセクは素早く装着できるわけだ。


 あくまでエーテルアーマーは兵器なので、メンテナンスから運用までシステム化されていた。


 そうやって裏方の人々が自分たちの仕事をしているとき、ザーセクはパトカーを運転して移動を開始していた。


「ようやくエーテルアーマー外せたぜ。さて、なに食べようかな。といっても、AMIの規則で移動中はパトカーでの食事が原則で、店内に着席して食べるのは禁止なんだよな。ってわけだから、弁当にするか、弁当。やっぱ労働中の唯一の楽しみは昼飯だぜ」


 ルルは後部座席に座って、ふんふんと鼻歌でリズムを取りながら、お弁当屋のチラシを吟味していた。


「お弁当♪ お弁当♪ お弁当♪」


 いつも無口な彼女も、食べ物のことになると、もはや別人だ。


「せっかくだから時間を優先して、ドライブスルーの弁当屋入るわ。俺は魚食いたいから焼魚弁当にした。ルルはどうする?」


「むふっー! 全種類食べる! 全部大盛り!」


 さすがフードファイター、どんなときでも大食いであった。


 さっそくドライブルスルーの弁当屋に寄り道して、全種類注文した。


 すべての商品を受け取ったら、食事しながらの移動になった。


「うめー! やっぱ焼魚最高!」


 ザーセクは焼魚が好きであった。豚や牛より脂がすっきりしているからだ。とくにレモンをかけて食べるのが好きであり、まるでレモン汁の湖ができたように浸していた。


 ルルは、もはや周囲のすべてを忘れたかのように、全種類の弁当を後部座席に並べてガツガツ食べていた。こうなった彼女はもう誰にも止められない。


 ザーセクは、弁当を食べながらパトカーを運転していると、学生時代の昼休みを思い出した。


「俺さー、学生時代は放送部だったんだよ。お昼休みに雑談配信のノリで一人喋りラジオをやったら好評だったんだけど、いざAMIに入ったらそんなノリは歓迎されなかったよ。いまでも俺のしゃべりは通用すると思うんだけど、まぁモンスターと戦う仕事にそんなノリは求められてないかもな」


 と、まさに一人喋りラジオのノリで、ずっと喋っている。


 ルルはまるで関心がないので、ザーセクの一人喋りを完全に無視して、ひたすら弁当を食べていた。


 ザーセクも相棒にリアクションを期待していないので、ずっと喋り続けた。


「しゃべりの世界にも上があってさ、俺が個人でやってる雑談配信は平均して二百人ぐらいしかこないんだ。まぁ集まってるほうかもしれないが、それでも千人とか一万人集められるやつと比べたら、ぜんぜんだからな」


 仕事の話ではなく、趣味の話なので、ますますルルは一人喋りを無視した。すでに全種類のお弁当を食べ終わっていて、食後のデザートである二リットルのバケツプリンを食べている。とんでもない食欲だ。


「っていうか、バケツプリンうまそうだな。仕事帰りに洋菓子店に寄り道して、そこで俺も同じやつを買うかなぁ」


「むふーっ! 洋菓子店なら駅前にあるプランツ・デルトがいい!」


 一人喋りはずっと無視していたのに、食べ物の話題になると即答である。やはり彼女の鼓膜と好奇心は食いしん坊に特化していた。




 二人は、お菓子会社の製造工場にたどりついた。


 都市の郊外に設置された食品系の工場だ。外装も設備も一定の水準を上回っていて、いかにも大手企業の工場らしい面構えである。


 かなり広い駐車場には、職員たちの自家用車と業者のトラックが停まっていた。

 

 ザーセクとルルは、ウエットティッシュで手と口を拭いてから、工場の事務室を訪問した。


「AMIのザーセクとルルです。午前中に発生した事件のことで、お聞きしたいことがあるんですが」


 事務室の奥から顔を出したのは、新商品の会場にもいた女性の担当者であった。


 どうやらお菓子会社の偉い人だったらしく、首から吊り下げた社員カードには『常務・セザリナ』と書いてあった。


 セザリナ常務は、ザーセクとルルを一瞥すると、すぐそばにあった防護スーツを指さした。


「まずは衛生管理プログラムに従って、そこの防護スーツを着てください。話はそれからです」


 ザーセクとルルは、AMIの制服の上に、防護スーツを装着した。


 完全滅菌された防護スーツを使えば、工場の食品製造ラインに雑菌が混入することを防げるわけだ。


 さすがに大手企業だけあって、管理が徹底していた。


 だがザーセクは、なんか胡散臭いなぁと思った。なぜならここは事務室だからである。


 もし工場内を調べさせてほしいと頼んでいるなら、防護スーツを着ることにも納得だが、そうではないだろう。


 まるでザーセクの疑り深い視線を避けるように、セザリナ常務も防護スーツを装着した。


「あなたと会うのは、これが二度目ですね。見事モンスターは退治したみたいですが、うちの工場でなにを調べようというのです?」


「新商品の会場を襲ったモンスターたちは、例の新食感のクッキーが狙いだったわけですよ。となれば、俺たちはなんであのモンスターたちが新商品を狙ったのか調べることになりました。なにか心当たりはありませんか?」


「きっと新商品があまりにもおいしかったので、モンスターも夢中になったのでは?」


 食べ物のことになれば、鬼になるのがルルである。彼女はまるで試食会でクレームをつける研究者のように、舌鋒鋭く追及した。


「食感だけが新しくて、味は従来品と同じだった。でも流動食みたいに溶けるのは完全アウトで、まるで昆虫を食べているような感覚に陥った。あんなひどいお菓子にモンスターが夢中になるなら、従来のお菓子にだって夢中になったはず」


 ザーセクは、ぎょっとした。いくらルルが食べ物の鬼とはいえ、まさか商品を発売した会社の常務に、こんなカウンターパンチを打ち込むとは思わなかったのだ。


 実際、セザリナ常務は、矢じりのように目を吊り上げて、ルルに反論した。


「昆虫みたいな食感ですって!? あれはわが社の化学栄養班が誠心誠意を込めて作った新商品なんですから、そんなネガキャン許しませんよ!?」


 新商品の会場でもそうだったが、セザリナ常務はどうもネガティブキャンペーンにこだりすぎている。


 たしかにネガキャンによって新商品の売り上げが悪くなることだってあるだろうが、大手メーカーのお菓子であれば一定の売り上げは見込めるはずだ。


 ザーセクは、なんだかこの人、怪しいなぁと思った。


「セザリナ常務、あなたの口調、お客さんを騙すバナナの叩き売りみたいに感じるんですけど、いったいなにを隠してるんです?」


 セザリナ常務は、ほんの一瞬だけ眉をぴくっと動かしてから、すぐに元の表情に戻った。


「隠すことなんてなにもありませんよ。そろそろおやつの時間ですし、お若い二人はわが社の定番商品をお持ち帰りになって、AMIのオフィスで食べればいいと思いますね」


 どうやらお土産を持たせて追い払いたいらしい。だがそれでは相手の思うつぼである。


 ザーセクはおしゃべり機関車の本領を発揮した。


「おやつは気にしないでください。さきほどお昼を食べたばかりで満腹なんですよ。ところで製造ラインになにか怪しい影があるような……?」


「そ、そんなバカな!?」


 セザリナ常務は血相を変えると、事務室の窓に走り寄って、工場内の様子をチェックした。


 あきらかに怪しい反応だったので、ザーセクはニヤリと笑った。


「怪しい影なんて真っ赤な嘘だぜ。でもあんたの驚き方からして、やっぱなんか隠してるな?」


 セザリナ常務の顎から、つーっと一滴の汗がこぼれ落ちていく。


 こんな簡単なブラフに引っかかったということは、やはりセザリナ常務は大事な情報を隠しているわけだ。


 ルルもなにか怪しい気配を感じ取ったらしく、魔力の網を工場内に広げ始めた。


 ならばザーセクの役割は、おしゃべりによる時間稼ぎだ。


「セザリナ常務、いくつか質問があるんだが、お菓子の原材料を運ぶトラックがモンスターに襲撃されたことはあるかい?」


「ないです。というか、そんな市街地に堂々とモンスターが侵入しているようなら、あななたちAMIの責任問題になっているでしょう」


「おもしろい。たしかにそんな事態になってたら、俺たちAMIは政府のお偉いさんにも怒られてるさ。だがそんな話はないんだし、やっぱりこの工場に秘密があるわけだよな。たとえば製造ラインとか?」


「あなたは役人なのに馴れ馴れしいんですよ。こちとら政府の作ったわけのわからない法律に食品製造を制限される立場だっていうのに」


「俺みたいな高卒に難しいことはわからんがね、どうやら食品製造の制約っていうのはね、モンスターを寄せつけないためにやってるらしいぜ」


「大卒である私にもわからない制約なんですから、きっと意味のない制約だったんですよ」


「おいおい、まさか制約を無視して工場を稼働してないだろうな?」


「ご冗談を。すべて守っていますよ。うちみたいな大手企業の生産ラインが法律を破るはずないでしょう」


 ルルが、ぼそりと小さな声でいった。


「上がそう思っているだけで、下は無視しているかもしれない」


 どうやらルルは、魔法の網でなにかを発見したらしい。


 ザーセクは、セザリナ常務に迫った。


「うちの相棒が、この工場で怪しいところを発見したみたいだぜ。そこまで案内してもらおうか」


「そんなはずありません! 私たちが日々どれだけ労働法と製造法に気を使っていると思うんですか!? これ以上質問をしたいなら、きちんと捜査令状を取ってからにしてください」


 どかんっと工場内で大きな爆発が発生した。


 どうやら製造ラインが弾け飛んだらしい。


 続けてスタッフの悲鳴も聞こえてくる。


「モンスターが湧いてきたぞ!」

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